第107話 生還

一昨日と昨日、たくさんの方に読んでいただき感謝申し上げます!


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 気が付いた時には、第2層特有の天井があった。


 落ち着いた木の香りと、鼻腔を抜けていく涼やかな畳の臭い。


 綿の入った布団からお日様の匂いがして気持ちがいい。


 そこがアストリアの家であることはすぐにわかったけど、どうして僕がここにいるかはさっぱりわからない。


 ちょっと額を押さえながら、考えてみる。


 魔獣王ガルヴェニに対して鍵魔法を使ったことまで覚えているのだけど、その後のことは断片的で覚えていない。


 どうやらガルヴェニは僕が倒したらしい。


 後、覚えているのは、僕が以前捕まえたオークを再度【閉めろロック】したことぐらいだろうか。


 なんか気持ち悪いぐらい記憶が繋がらない。まるで自分の記憶ではないように思える。


 だが、僕がこうしてグーデルレイシ家の布団に、ゆっくりと寝ていられることができるということは、すべてが終わったということだろう。


「すべて、か…………」


 いや、終わったというのは早計か。


 多分、ここから始まるんだ。


 魔獣王ガルヴェニを“しん”と崇めていた国が、どっちの方向へと歩いて行くかは……。


 それを決めるのは、僕ではない。


 カリビア神王国に住むエルフや獣人たちだ。


 それが誰もが望む未来になるかどうかわからない。それでもきっかけになってくれるはず。そう願わずにはいられなかった。


「やりましたよ、フィーネルさん」


 僕は天井に向かって手を掲げながら、まだ見ぬ王女に話しかけた。


 アストリアたちと見ていた彼女は、魔獣王ガルヴェニだ。


 けれど、彼女が子どもたちに向けていた笑顔は本物だった。僕たちを油断させるため、自分の予想する未来に近づけるための演技だったとしても、魔獣王にできる表情ではない。


 きっとあれは、生前のフィーネルさんを精巧に模したものなのだろう。


「――――ッ!」


 不意に涙が出てきた。


 できれば、彼女を救いたかった。


 例えあれが、魔獣王の演技だとしても、あそこにはいたのはフィーネル王女だ。神王国のためにガルヴェニと戦ったという姿をそのままに再現されたというのであれば、彼女の姿と意志は、本物だったのだと思う。


 ならば、僕は見て欲しかった。


 彼女こそ見るべきなんだ、この変わりゆくカリビア神王国を……。


 しかし、それは絶望的に断たれてしまった。


 パサッ!!


 突然、僕は抱きつかれた。


 鼻をくすぐる銀髪に、思わずフィーネル王女を連想したけど、そうじゃない。


 頭に浮かんだのは、「なつかしい」という言葉だった。


 ずっと吸い込んでいたくなる優しい香り。


 しっかりと筋肉がついた中でも、柔らかな弾力を感じる肌。


 そして、その目に込めれた意志同様に、力強く打ち鳴らされる拍動。


 僕がよく知る大事な人だった。


「アストリア……」


「ばか……。ユーリの馬鹿……」


「え?」


「起きたばかりで泣くヤツがいるか? 我々は生き抜いた。そして、お前の力はこの国にあった神王国の闇を払った。そして――――」



 私の下に、ちゃんと帰ってきてくれた……。



 アストリアは顔を上げる。


 笑みを浮かべながらも、その緑色の瞳からは涙を浮かべていた。


「君だって泣いているじゃないか……」


 アストリアの瞳に、笑った僕の顔が浮かんでいた。


 僕はそっと彼女の頬を撫でる。赤く上気した肌は温かく、彼女もまた僕の手に持たれるように目を細める。


 どんどん、僕たちの顔は近づいていく。


 気が付けば、僕はアストリアの唇に口づけをしていた。


 自分でも驚くほどの大胆さだったけど、それでもアストリアの唇は甘く、何も考えられなくなるほど感動的だった。


 ただ触れ合うだけでは飽き足らず、自分たちが苦しくなるまで互いの唇を貪る。


「……はあ」


 最初に弱音を吐いたのは、アストリアだった。


 顔を真っ赤にした彼女は綺麗だ。けれど、鋭い眼光もまたアストリアだった。


「き、君がこんなにも大胆だった、とは……」


「ご、ごめん。つい――――」


「謝るな。……まるで悪いことをしたみたいじゃないか」


「いや、でも……その…………」


 ここはそのアストリアの家で……。


 僕たちはまだ、その……。


「何だと言うんだ? わ、私だってその…………君が寝込んでいる時に……」


 ま、まあね。


「それにな! 今のは私のファースト――――!」


 え? それって初めてってこと……。


 はわわわわわわわ……。


 ど、どどどど、どうしよう。


 僕、アストリアの初めて奪ってしまった。


「ご――――」


 謝ろうとした瞬間、アストリアは僕の口を塞ぐ。


「だから、謝ろうとするな。それに………………」



 君で良かった……。



 …………。


 ……か、


 かわいい……。


 やばい。猛烈に顔が赤い。


 何だったらキスをしていた時以上に、心臓がバクバクする。


 僕、今こんな可愛い人とキスをしたのか。


 信じられない。


「じ~~~~~~~~~~~~~~~~……」


 はっ!


 なんか視線を感じる。


 僕とアストリアは振り返った。


 そこにサリア、さらにオルロさんまでこちらを向いていた。


 ちょっ――――。


 サリアはともかく、捕まったオルロさんまでなんでいるの?


「“おおきみ”から恩赦をもらい、無事に家に帰ってきてみれば」


「ほうほう……。なかなかの大胆さよな。お前達」


「だが、アストリアよ。女子おなごが無理矢理というのは感心せんな。まあ、わしはありだが」


 今、僕たちがどういうことになっているかというと……。


 アストリアが僕のお腹に乗っかり、さらに僕の口に手を置いていた。


 まるで僕が逆に夜這いされてるみたいになっていた。


「ち、ちち、父上! これは違う!」



 違うんですぅぅぅぅうううううううう!!



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お前ら、とりあえず爆発しろ!


拙作『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』ですが、2月25日に「水曜日のシリウス」にてコミカライズされます。

そちらも面白いので、是非よろしくお願いします。

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