第108話 祝言

 僕は5日ほど眠っていたらしい。


 サリア曰く、僕の魔力消費量は人間の1日使える限度を軽くオーバーしていたようだ。


 生きているのが不思議というのが、魔王の見解だった。


 それ故のアストリアの喜びだったようだ。


 僕が眠っていた間に、かなりの事が起こったらしい。


 魔獣王ガルヴェニは討伐され、“しん”による統治政策は崩壊した。同時に悪法冠位十二階グランド・トゥエルブも、その日の内に“おおきみ”ユーハーン王の宣言によって破棄された。


 宮中近衛隊の奮戦のおかげで、多くの“大臣おとど”と“小臣ことど”が残ることになったが、その中でも中立派を気取っていた兵武省の統括グラリオン・ラバラケルと、見回り組局長で僕たちとは因縁浅からぬシュバイセル・ミグロスは死亡。


 しかも、事故ではなく、反乱を起こし、“おおきみ”に槍を向けたということで、反逆者として処罰され、家の取り潰しも命じられたという。


 さらにラバラケルの反乱に荷担した“大臣おとど”や“小臣ことど”、さらにシュバイセルに火薬を横流ししていたということで、数名の官吏も捕まり、宮廷には一気に人材がいなくなってしまった。


 そこで白羽の矢が立ったのが……。


「え? オルロさんが兵武省統括に?」


 思わず声を上げてしまった。


 目の前には僕の快復祝い、オルロさんの出所祝いに、ロザリナさんが腕によりをかけて作ったご馳走が並べられている。


 さすがに5日ぶりに起きた僕はがっつくことはできず、鮎の塩焼きを摘まみ、吸い物をゆっくりとお腹に流し込んでいた。


 僕の代わりに食べていたのは、サリアだ。


 その存在が明るみになってしまった彼女は、僕の影から出でて、膳を貪っている。


 とうに僕の分は食べられていて、多めに炊いていたという御飯釜が空になるという始末だった。


 サリア……。もうちょっと抑えてくれないかな。


 一応、人の家だし。


「おめでとうございます、父上」


「うむ。まさか牢屋にいたわしが、兵武省統括とは驚いた。しかも、2階級特進とは……」


 そう。兵武省統括ということは、自動的に“大臣おとど”になるということだ。


 それはつまり、“つかさ”からの大出世ということになる。


「もっとも“おおきみ”は、冠位十二階グランド・トゥエルブの解体を宣言された。今後、カリビア神王国がどうなるか、わしにもわからん」


「きっといい国になると思います」


 僕はつい口に吐いた言葉で即答していた。


 反射的に言ってしまったけど、間違いない。これは確信だ。


 色々な人が、今のカリビヤ神王国に不満を抱いていた。だから、この変わろうとする国を歓迎する声の方が大きいはず。


 そういう人が集まって、これからの未来を決められばいい。


 もう神様1人で決める国ではなくなったのだから……。


「問題は人材だな。今の幹部連中はわしの言うことなんぞ聞かぬだろう。それに神仙術が使えなくなってしまったしな」


 そう言えば、忘れていた。


 ガルヴェニを倒したことで、神仙術が使えなくなってしまったんだ。今後のエルフの戦力は大幅ダウンすることになる。


「どう国の自衛能力を再編させるつもりですか?」


「わしは獣人を雇おうと思う」


「獣人を?」


「差し当たって、お前たちが出会ったという反政府組織を誘おうとな」


「れ、レジスタンスを雇うんですか?」


「いきなりわしが獣人に言って、給料も寝床も出すから国の守り手になってくれと言われても、すんなりと頭を下げるとは思わぬ。それならば、まず反政府組織の者たちに頭を下げて、その者たちの目でスカウトしてもらおうとな」


 いい案だと思う。


 獣人は力も強く、五感能力も優れている。


 ただ心情の問題が付きまとう。果たして、ロクセルさんたちが「うん」というだろうか。


「実は、今の案は“おおきみ”――ユーハーン王の提案なのだ」


「陛下の?」


 アストリアは目を丸くする。


「陛下はこう言われた――――」



『エルフと獣人――両者の間にあるのは、恐怖という深い谷が存在する。それを払拭することは難しい。だから、その谷に橋を架ける勇者が必要だ。それがオルロ――お前と、ロクセルとリッピーという獣人2人だと思っている』



 あの“おおきみ”がそんなことを……。


 そうか。“おおきみ”も僕と同じことを考えていたんだ。両者にあるのは、ただただ恐れ……。それを払拭することが、まず急務であると。


「あなたも大変な役目を受けましたね」


 ロザリナさんが調理場から戻ってくる。


 お湯に浸かったアツアツの酒を、オルロさんが掲げた小さな酒杯に注いだ。


 さらにサリアには山盛りの白米を渡した。


「こんな時だからこそだ。ロザリナ、お前にも働いてもらうぞ。わしの手足となって働いてくれる人材が、1人でもほしいのだ」


「まあ……。家のことだけではなく、さらに私を働かせるのですか?」


「良いだろう? もう子どもも巣立ったことだしな」


 ロザリナさんはふっと息を吐く。


 やれやれ、と思いながらも、その顔は少し嬉しそうだった。


「アストリア、ユーリくん。お前達は、引き続き下層を目指すのだな」


 オルロさんの質問に、僕たちは強く頷いた。


「はい」

「そのつもりです」


「わかった。ならば下層へ行く前に、1つ我らの頼みを聞いてほしい」


「何でしょうか?」


 僕が前のめりになって尋ねる。


 オルロさんは、少しもったい付けるように咳払いをした後、こう言った。



 祝言をせぬか?




 ◆◇◆◇◆



 オルロさんの頼みは、最初こそ断った。


 祝言とはつまり結婚だ。


 勿論、僕はアストリアが好きだし、その気持ちに揺るぎはない。


 それはアストリアも一緒らしい。


 でも、1つだけ僕たちに共通していたのは、今下層でアストリアさんの仲間が救助を待っているのに、そんなことをしてもいいのだろうか、という思いだった。


 祝言を挙げるなら、下層で【円卓】の仲間たちを助けてから。


 それは実質、婚約みたいなものだったのだけど、さすがに祝言となると気が引けた。


 けれど、オルロさんは――――。


「ならば練習と思えばいい……。わしら両親に、娘の白無垢姿を見せてくれぬか?」


 僕たちは絶対に戻ってくると心に誓っている。


 けれど、親としてはたならなく心配なのだろう。信じたいけど、信じられない。だからこそ、ここでオルロさんも、ロザリナさんも娘の晴れ姿を見たい。


 そう思っているのだと気付いた時、僕とアストリアは祝言の話を受けた。


 カリビア神王国で、袴という服に着替え、オルロと道場で待っていると、ようやくアストリアが現れる。


「――――ッ!」


 立っていたのは、柔らかな綿雪を被ったような少女だった。


 頭から足先まで、すっぽりと白い着物を着たアストリアは、やや遠慮がちに頭を上げる。


 睫毛が上を向き、少し上目遣いで見つめる彼女を見た時、僕の頭がクラクラした。


 本当に、こんなに可愛い人を自分のお嫁さんにしていいのだろうか。


 一周回って疑念が浮かぶ。


 そして、僕は顔を赤らめたまま何も考えられず、固まる。


「ほら! 何か言ってやれ、ユーリくん」


 その僕の背中を叩いたのは、オルロさんだった。


 半ば強制的に前に出た僕は、アストリアと目が合う。


「ど、どうかな、ユーリ」


「……きき、きで――――」


 うう……。噛んだ。


 落ち着け、僕……。


 僕は肺がパンパンに膨らむまで、息を吸い込む。


 感情を少し落ち着かせ、今1度アストリアを見つめた。


 ああ……。やっぱり可愛い。


 白い肌、一番星のように力強く光る緑眼。


 手は思ったよりも小さく。着物のおかげか、壊れそうなほど身体の線が細くみえる。


 見違えるようだけど、これもまたアストリアの姿なのだと思うと、いつも以上に愛おしく思えてしまった。


「とても綺麗です、アストリア」


「……あ、ありがとう」


 アストリアは顔を伏せる。


 確認はできなかったけど、エルフ耳を真っ赤にした彼女を容易に想像できた。


「にぃにぃ!!」


 ちぱぱぱぱぱぱぱぱ、と道場を横切ってきたのは、小さな幼女だった。


「ふ、フリル!」


 僕の妹だ。


 フリルは僕の方に飛びつくと、そのまま胸の中にポスッと収まった。


「にぃにぃ! にぃにぃ! にぃにぃ!」


 目を輝かせて、「にぃにぃ」と連呼する。


 久しぶりの再会で興奮しているのだろう。完全に語彙力を失っていた。


「来たわよー、ユーリ」


 やって来たのは、僕の母さんだ。


 第1層から第2層まで、割と冒険だったはずなのに、2人とも元気そうだ。


「よく来て下さいました」


 オルロさん、ロザリナさんが頭を下げる。


 祝言を挙げるなら、僕の家族も呼ぶべきだといって、早馬の手配までしてくれたのだ。


 母さんとフリルが加わったことによって、道場は騒がしくなる。


 生憎とこれで全員で、小さな祝言だったけど、十分賑やかだった。


 そのまま祝詞を上げ、祝言の練習は続く。


 最後に絵描きを呼び、家族全員で絵画に収まった。


 不思議な感じだ。


 ついさっきまでお互いの顔も知らなかった家族が、絵の中に収まっているのである。


 人間ってこんなことができるのだな、と僕は思わず感心してしまった。


 絵は2つ描かれ、1つはキーデンス家に、もう1つはグーデルレイシ家に飾られることになった。


 そして僕たちはようやく第3層へと旅立つのだった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


第二部、残りあと2話です。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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