第105話 人食い

 突如、現れた巨大な影は、ラバラケルとユーハーン王を隠すように覆い包む。


 初めに気付いたのはラバラケルだ。


 握っていた剣を取り落とす。カランと乾いた音を立てて、剣が地面に落ちた。


 その音に反応し、大きな眼光がラバラケルを射貫く。


「な、何故だ! 何故動いて…………いや、なんでここに――――」


 ラバラケルは絶句する。


 それはシュバイセルと、後ろに控えていた兵士も動揺を隠せない。


『こぉぉぉぉおおおお……』


 低いうなり声が倉庫に響く。


 その時になってユーハーン王はようやく後ろを振り返った。


 アストリアとエイリナ姫も目を剥き驚いている。


 レキとレニを抑えたロクセルとリッピーも同じく、その巨大さに戦いていた。



 オークだ……。それも巨大オーク!



「あれは! 確かユーリが捕まえて、シュバイセルに没収された」


 アストリアはすぐ気付く。今いる中で、あのオークとダンジョンで一戦を交えたことのあるのは、ユーリを除けば彼女の1人だ。


 まさか、まだ生きて、宮廷に残されていたとは思わなかった。


 オークにかかった鍵魔法は、その期限が切れたらしい。


 膝立ちになりながら、天井を覆い隠すと、その太い幹のような腕を伸ばす。


「ひゃあああああああああああああ!!」


 ラバラケルは情けない悲鳴を上げる。


 先ほどまでユーハーン王を前にして、弁を打っていたエルフとは別人だ。


 今にもお漏らしそうな青い顔をしながら、オークに背中を向ける。


 足をもつれさせながら必死に逃げるものの、その鈍足を捕まえることは、オークにしてみれば容易いことであった。


 がっちりと手でホールドする。


 ぐぅぅぅぅぅうるるるるるるるる……。


 それはオークの吠声でない。腹音だ。


 当然といえば、当然であろう。


 オークはここに至るまで、何の栄養も取っていない。


 強いて挙げるとするならば、実験のために大量の雷に打ち据えられた時ぐらいだ。


 平たく言えば、お腹がペコペコだった。


 故にオークが最初にやったことは単純明快――捕食である。


 ゆっくりとラバラケルの巨体が、オークの口内へと近づいていく。


 その獣臭にラバラケルは顔をしかめつつ、汗と涙と涎を垂らしながら、無様に哀願した。


「やめろ! やめろ!!」



 やめろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!



 絶叫が響き渡る。


 その瞬間、ラバラケルの半身が食いちぎられた。


 聞いたこともない気味の悪い咀嚼音が響く。


 続けざまにオークは食べると、たった2口でラバラケルを平らげてしまった。


「ら、ら、ラバラケルさまぁぁぁぁぁああああああ!!」


 シュバイセルは叫ぶ。


 決して良い上司ではなかった。


 しかし、忠義心がなかったわけではない。


 シュバイセルはオークの目の前に踊り出る。


 手をかざした。



 【神雷じんらい】!



 詠唱する。


 瞬間、巨大なら落雷がオークに襲いかかる――はずだった。


「なんだ? 神仙術が……」


 シュバイセルは固まる。


 直後思い出した。神仙術は魔獣王ガルヴェニの力を借り受けたものだ。


 そのガルヴェニはユーリによって倒されてしまった。


 故に神仙術そのものが、消滅してしまったのである。


「し、しまった――――はっ!」


 気付いた時には手遅れだ。


 シュバイセルは判断を誤った。最初から逃げるべきだったのだ。


 ずっとシュバイセルに虐げられていたのは、獣人だけではない。何とか自分を殺そうと、口の中に爆薬まで仕掛けた憎っくき“小臣エルフ”を狙っていたのは、今目の前にいるオーク自身であった。


 声を覚えていたのだろう。


 捕食というよりは、それは復讐するための一撃であった。


 まるで蠅でも弾くように手を振り下ろす。


「ぎゃあ!!」


 短い悲鳴が倉庫に響いた。


 シュバイセルはオークの手の下敷きになる。


 その時点で全身の骨がバラバラになるような痛みが走る。


 あちこちの臓器に骨が刺さり、機能不全を起こして、口から大量の血を吐いた。


 不運であったのは、シュバイセルがそれで死ななかったことだろう。


 さらに言えば、意識まで存在した。


 視界はぼやけていたが、生憎とオークはすべてにおいて大きい。


 自分の身体がゆっくりとオークの手に包まれ、大きな顎門へと向かっていく様を確認できてしまっていた。


「やめ――――!」


 シュバイセルもまた哀願する。


 身体を動かそうに、返ってくるのは死ぬほど痛い苦痛だ。


 そしてシュバイセルは1度見ている。


 オークに人が食われる姿を……。


 人間を2口で食われた恐ろしい光景を……。


「ぎゃあああああああああああああ!! やめろ! やめて!! 頼む!! 頼むよ!」



 死にたくない……。死にたくないんだよ……。



 髪はほつれ、あるいは抜け落ちる。みるみるその表情は年老いていき、ただひたすら「死にたくない」と呟き続けた。


 しかし、それを許さなかったのは、オークだけではない。


 その哀願を何度も聞きながら、許さず、理不尽に獣人を縄をかけ、殺してきたのは、シュバイセル自身であった。



「いぃぃぃぃぃぃいいいいやぁぁぁあああああああだぁぁあああああ――――――」



 絶叫は途中で途切れる。


 シュバイセルの身体は、ラバラケルと同じく2つに切断され、そして暗い口内へと飲み込まれていくのだった。



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