第95話 潜入

「どうやらお仲間はうまくやったみたいね」


 そう言ったのは、野兎族の女性だった。

 人間らしい姿に耳と尻尾を持つ亜人種の彼女は、耳をピクピクと動かし、宮廷の中の様子を窺っている。

 野兎族の耳は、もはや説明するまでもなく高性能だ。

 宮廷の奥の方の声まで聞こえるらしい。


 だが、1番驚いたのは、その彼女が僕もアストリアもよく知る女性だったことだ。


「あなたが反神王国同盟に参加しているとは思いませんでした、マーブさん」


「わたしも驚いているわ。まさかレジスタンスの真似事なんてやるなんてね。もちろん、あなたたちと再会することも」


 マーブさんは軽くウィンクする。


 前に会った時は、何か影がある人だった。

 反政府組織に入って、逆に垢抜けたのだろうか。

 なんか生き生きしているように見える。


「んじゃ、おっぱじめるか。いいな、坊主」


 ロクセルさんが自前で作った手投げ弾を持ち上げる。


「勿論です。お願いします」


「よーし! どうなっても知らねぇからな!」


「いくにゃー!」


 ロクセルさんは宮廷の塀の向こうに向かって投げる。

 さらに側にいたリッピーさんが続いた。


 獣人の力は強い。

 通りを挟んでも、ぐんぐんと爆弾は飛距離を伸ばしていく。

 ついに塀の中へと消えると……。



 ドォン!! ドドドドドオオオンンンンン!!



 空気が震えた。

 轟音とともに煙が上がる。

 門兵たちが跳び上がるのが見えた。


 にわかに騒がしくなる。


「シャッ!」

「ざまーみろ!」


 ロクセルさんとリッピーさんは手を叩く。


 これで衛兵たちが、爆心地に集中するはずだ。


「お2人ともありがとうございます」


「ああ。お前もしっかりやれよ」


「はい!」


 僕は返事をする。


「ユーリさん、こっちですよ」


 マーブさんはあらかじめ掘ってあった穴の中から手招きする。

 ここから宮廷へと侵入するのだ。


 僕は遅れて滑り込むと、直後、近くを見回っていた衛兵にロクセルさんとリッピーさんが見つかった。


「貴様ら、何をしている?」


「見つかった」

「へっへーん! こっちまでおいで!!」


 リッピーさんは尻尾を振って挑発する。


「ロクセルさん、リッピーさん!」


「アホ! お前は早くいかんかい!」


「……すみません」


「謝るな。作戦通りやろ。それよりも、王様か神様か知らんけど。わいらの代わりにかましてくるんやで!」


 ロクセルさんは親指を立てる。


「わかりました。お2人ともどうかご無事で」


「アホ。あんな衛兵にわいらが捕まるかい」

「そうそう。心配いらないよ、ユーリくん」


 僕は頷き、穴の中に入る。

 直後、ロクセルさんによって穴がふさがれた。


 それから僕は振り返らず、マーブさんとともに穴の中を移動する。

 赤ちゃんのように、ハイハイ歩きでだ。

 それほど狭い穴だった。


「2人なら大丈夫よ。他の場所ならともかく、この神都であの2人捕まえることはできないわ」


 先導するマーブさんが声をかける。

 2人と別れ、押し黙ってしまった僕に気を遣ったらしい。


「そうですね。……ところで、この穴はいつ?」


「この前、爆発騒ぎがあったでしょ? あの時の騒ぎに乗じて作ったのよ。私がね」


「マーブさんが掘ったんですか!?」


 意外の一言だ。


「兎は穴を掘るのが、得意なのよ」


 マーブさんは淡々と語る。


 程なくして穴が徐々に上を向いた。

 やがて穴を出る。そこは建物の床下だった。

 蜘蛛の巣や鼠の死体がある。

 虫もいっぱいだ。


 なるほど。こんなところ、率先して探すことはないよな。


「わたしもここまでよ」


「はい。ありがとうございます、マーブさん」


「お礼を言うのは、こっちの方なんだけどね」


「??」


「こっちの話よ。さ! がんばって! あなたが作りたい国を見せて!」


 マーブさんは背中を押す。

 僕は頷き、床下から出た。


「見つけたぞ、小僧!」


 聞き覚えのある声に、僕は振り返った。

 そこにいたのは、宮中近衛隊の隊長だ。

 してやったりとばかりに、にやついている。


「くはははは! バカめ! 陽動作戦などそう何度も通じるか!」


 陽動作戦の概要はこうだ。

 東側で爆発騒ぎを起こし、僕は西側から潜入する。

 安直だが、効果的な作戦だと考えた。


 でも、さすがにお見通しだったらしい。


 爆発があって、待ち構えていたのだろう。

 マーブさんの耳にも、聞こえなかったようだ。


「ユーリさん、一旦穴へ! 仕切り直しましょう!!」


 そのマーブさんが気付いて、床下から叫ぶ。


「いえ。マーブさんは今すぐ逃げて下さい。僕なら大丈夫ですから」


「え? 何を言って……」


 陽動作戦を見通していたとはいえ、宮中近衛隊の数はアパートメントを囲んだ時の比じゃない。


 精々30人ほどか。

 僕をぐるりと綺麗に囲んでいる。

 皆、武装をしていた。


 これぐらいの人数ならどうにかなりそうだ。


「まずはその武器から下ろしてもらいましょうか」


「貴様、何を言って――――」


「武器――――」



 【禁止ロック】!



 瞬間、その場にいた近衛全員が武器を取り落とす。


「ど、どういうことだ! これは!!」


 武器を再び握ろうとするが、1度落とした武器は地面から剥がれない。

 腰に下げた剣も、鞘から抜けなかった。


「ど、どういうこと――――」



 ゴンッ!!



 その瞬間、隊長の顎が上を向いた。

 僕が放ったアッパーが綺麗に当たる。

 ちょっと浮いた後、隊長はどぉと倒れ、意識を失う。


「た、隊長!」

「おのれ!」

「皆、飛びかかれ!!」

「隊長の仇だ!!」


 物量に物を言わせて、他の近衛たちが飛びかかってくる。

 僕は最初は躱していたが、ついには囲まれた。

 まるで押しくら饅頭のようになり、僕は拘束されそうになる。


「ユーリさん!」


 マーブさんの声が聞こえる。


 ご心配なく。

 大丈夫ですよ。


「いいんですか。そんなに僕に接近して」


 僕はニヤリと笑った。


「全身――――」



 【閉めろロック】!



 近衛たちは一瞬にして固まった。


 僕は拘束から這い出てくる。

 だが、まだ近衛たちは残っていた。

 僕の奇妙な魔法を見て、勇敢にも襲いかかってくる。


 また押しくら饅頭みたいになると、僕は【閉めろロック】をかけた。


「こんなものかな……」


 パンパンと手を叩く。

 ついに僕は30人の衛兵たちを無力化した。


 概念の【閉めろロック】は、結構広範囲に及ぼすけど、どうも人体組織を固着させるのには、途端に有効距離が狭まってしまう。


 もっと簡単な方法を研究しないと。

 さすがに何度も押しくら饅頭されてもね。


「ゆ、ユーリさん……。すごい人だったんですね、あなた」


 穴から顔を出したマーブさんが、目を点にしている。


「そんなことはありませんよ」


 僕は鼻の頭を掻いて照れを隠すのだった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


さらっと、近衛隊の隊長におしおき……。

もちろん、シュバイセルはこんなもんじゃないですけどねw


カクヨムコン6に参加しております。

気に入っていただけましたら、★レビューを入れていただけると嬉しいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る