第96話 小臣のミス

 宮廷の西側で爆発。

 宮中近衛隊は、前回の教訓を活かし、万全の準備をしていたとはいえ、エイリナ王女の歓迎式に出席していた者たちには、関係のないことだった。


 爆発音を聞くや、忽ち式騒然となる。

 “大臣おとど”や“小臣ことど”、その家族たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。


 警備を任されていた近衛は静粛を求めるが、危険に慣れていないエルフたちが耳を傾けることはなかった。


「しずまれぇぇぇぇええええええええ!!」


 その胴間声は歓迎式の空気を一変させる。

 まさに式典に生じた爆発音のように大気を振るわせた。


 たったそれだけで、慌てていた“大臣おとど”たちの動きが止まる。


 ラバラケルだ。

 先ほど引っ込んだのに、騒ぎを聞いて戻ってきたのだろう。

 こほん、と咳払いすると、周りを睨み付けた。


「皆様、落ち着いていただきたい。すでに近衛が動いておる。なーに、すぐに賊は見つかりますとも」


 頼もしい言葉を響かせた。

 意外にも効果はあったらしく、観衆たちは一旦落ち着きをみせる。


 一方、ラバラケルは面白くなさそうに鼻息を荒くした。

 宮中近衛と兵武省はあまり仲が良くない。

 ライバルを持ち上げるなど、あまりしたくはなかった。


「ラバラケル様、ご無事ですか?」


 そこに意識を取り戻したシュバイセルがやってくる。

 まだ頭がクラクラするのか。

 何度も目を瞬いていた。


「俺のことよりも、“おおきみ”は?」


「ご安心を。宮殿の奥にいて今のところ無事でしょう」


 ラバラケルは顔を上げると、御簾の方を向いて、目を細めた。


「全く……。宮中近衛のヤツらは何をしておるのだ。立て続けではないか」


 ラバラケルは憤慨する。

 さらに鼻息を吐いた。


「仰る通りかと」


「シュバイセル様……」


 凜とした声が聞こえる。

 見ると、そこに立っていたのはエイリナ姫だった。


 シュバイセルは一瞬顔を顰める。

 だが、数日前自分を罵倒した人間とは思えないほど、エイリナ姫は涼やかな顔をしていた。


「我々も宮殿へひとまず退避してもよろしいですか?」


「そうですな」


 顎を撫でたのは、ラバラケルだ。

 如何にも好色そうな目で、鮮やかな着物を纏った少女を値踏みする。

 エルフは美男美女が多いが、エイリナ姫の見目麗しい姿は、ラバラケルの肥えた目を以てしても、目を引くものらしい。


「エイリナ姫は国賓ですからな。宮殿へと避難していただこう」


「しかし、“おおきみ”に外部の方を入れるのは……」


「シュバイセル、貴様まだ姫を疑っておるのか?!」


 ラバラケルは部下を睨む。


 一瞬にして顔を青くしたシュバイセルは、顔を伏せ、膝を突いた。


「そのようなことは……。先ほどは失礼した、エイリナ姫」


 謝罪を付け加える。


「謝罪を受け入れましょう。それよりも――――」


「うむ。誰か――――」


 警備に当たっていた近衛を呼ぶ。


 フェイスガードを下げた近衛がこちらに近づいてきた。


「この方たちは宮殿に案内しろ。丁重にな!」


「はっ!」


 近衛は敬礼する。

 こちらへ、とエイリナ姫とお供の兵士を連れていった。


「ひとまず要人の避難は終わったか」


 ラバラケルがホッと息を吐いたのもつかの間だった。



 ぎゃああああああああああああああ!!



 悲鳴が上がる。

 それは“大臣おとど”ではない。

 1人の近衛だった。

 そして、その前にいたのは、1匹のオークだった。


 シュバイセルが連れてきた巨大オークと比べると随分小ぶりだが、それでも人の背丈よりも遥かに高い。


 だが、1番驚いたのは、そのオークが動いていることだ。

 檻の中で暴れ回り、格子を突き破らんと頭突きを食らわせていた。


「何故、オークが動いているのだ!?」


「まさか――――」


 シュバイセルは周りを見た。


 あちこちから悲鳴が上がっている。

 同じく檻の中で、魔物が蠢いていた。

 オークと同じく、檻の中で暴れ、脱出を試みようとしている。


「お、落ち着け! 魔物は格子の中だ。出てくることは――――」


 そう言った時、シュバイセルの前にホブゴブリンが立っていた。


 長身のシュバイセルを見下ろすと、大きく口を開けて吠声を上げる。


 シュバイセルは手をかざした。



 【神雷じんらい



 反射的に神仙術を使う。

 たちまちホブゴブリンは真っ黒焦げになった。


「はあ……。はあ……」


 荒い息をしながら、シュバイセルはなかなか気を静められない。

 たっぷり10秒使って、息を整えた。


 再び悲鳴が聞こえる。


 格子から出たオークが、近衛たちを吹き飛ばしていた。

 他の魔物もそうだ。

 何故か、格子から出て、近衛と対峙している。


「ど、どういうことだ……」


 シュバイセルは原因を探る。

 だが、それは簡単な事だ。

 檻の鍵が開けられていたからだ。


「馬鹿な!! いつの間に!!」


 檻の鍵を開けているところなんて、否が応でも目につく。


 すぐにわかるはずだ。


 なのに、気付かなかった。


「はっ!」


 シュバイセルは息を飲む。


 檻の鍵。


 鍵といえば……。


 そう。鍵師だ。


 今、その時になってシュバイセルの思考は繋がった。


「あの小僧か!!」


 シュバイセルは辺りを見渡す。

 その姿はどこにも見当たらない。

 そもそも近衛や逃げ遅れた“大臣おとど”や“小臣ことど”がいて、式典は混沌としていた。


「近衛……」


 シュバイセルは気付く。

 自分が大いなるミスをしてしまったことを。


「あいつかぁぁぁぁああああああああああああ!!」


 シュバイセルは絶叫するのだった。



 ◆◇◆◇◆



「うまくいったわね」


 宮殿の中へと入り、廊下を走っていたエイリナ姫は笑う。


 すると、後ろに控えたお供の兵と、前を走っていた近衛が兜を脱ぐ。


 現れたのは美しい銀髪、そして僕の黒い髪だった。


「ふふ……。あのシュバイセルの悔しそうな顔が目に浮かぶようだわ」


 エイリナ姫は悪戯っぽく笑う。


 僕もアストリアも苦笑で返した。

 その中で1人真剣だったのは、軍装姿のフィーネルだ。


「みなさん、こちらです! 案内します」


 前へと出て、僕たちを社へと導くのだった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


シュバイセルくん、ちょっとしっかりしてくれたまえよ(ゲス顔)


カクヨムコン6に応募しております。

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