第89話 300年前

「お前たち、母上を!」


 アストリアは烈火の如く猛る。

 1度鞘に収めていたショートソードに手をかけた。


 それを見て、ロクセルさんとリッピーさんは慌てて手を振る。


「待て待て。不可抗力や」


「そやそや。うちらは仲間を取り戻しにきただけ」


 仲間?


「もしかして、ミーキャのことを知っているんですか?」


「知ってるも何も、この子はうちの知り合いの娘や」


「え?」


 僕は言葉を失う。


 ちょうどその時、ミーキャは目を覚ました。

 今気付いたけど、だいぶ容態が安定したようだ。

 顔の赤みはすっかりと抜けて、息も安定している。


 パチッと開いた赤い瞳で、ロクセルさんを見ると、みるみる表情が明るくなっていった。


「ロクセル!」


「よう。ミーキャ、元気だったか?」


 ミーキャはギュッとロクセルをギュッと抱きしめる。

 横でリッピーもいることに気付くと、さらにキャッキャッと喜んだ。


 どうやら嘘ではないらしい。


「う、うう……」


 目を覚ましたロザリムさんを、アストリアが介抱する。

 こちらも打ち身を食らっただけで、目立った外傷はないようだ。


「仲間を取り戻しにきたら、急にそのお姉さんが飛び出して、つい――な」


「堪忍してな、ホンマ。ロクセルは女と見ると見境なく――」


「やめーや! オレが変なプレイボーイにすな」


 また夫婦漫才を始めた。


 相変わらずの仲のようだ。


「ミーキャと知り合いってことは、他の獣人の子どもたちも知り合い? もしかして、フィーネルさんとも面識があるんですか?」


「なんやフィーネルはんから聞いてないんか?」


「あんたらも、うちらのことを探してたんちゃうの?」


 探して……。


 あっ!


 まさか――――。


「お前たち、反神王国同盟の者たちか!」


 アストリアが驚く。

 当然、横にいた僕も驚いていた。


 まさかカーリンの屋敷で出会った泥棒が、僕たちが探していた反神王国同盟――つまり、【森宮】テネグにいるレジスタンスなんて。


「泥棒がレジスタンス? あまり感心せんな」


「うちらは少数精鋭なんやからしょうがないやん。あれも立派な反政府活動の一環や」


 リッピーさんは声高らかに訴える。

 盗っ人猛々しいとは、このことだ。


「少数って一体、何人なんですか?」


「何人って、そんなん言えるわけないやろ。一応秘密結社やし」


 ぷいっとロクセルさんは右を向く。

 同じくリッピーさんは顔を背けた。


 だが、子どもは正直だ。


「あのね! はんしんおうこくどうめいは、ロクセルとリッピーだけなんだよ、すごいでしょ!!」


「ふ、2人だけ???」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


 ロクセルさんは慌ててミーキャの口を塞ごうとしたが遅い。

 横にリッピーさんも観念したように頭を抱えた。


「本当なのか?」


「本当や。せやかて、昔はようさんおったそうやで。わいらも知らんけど。なんせ300年前ぐらいの話やからな。その間、何回も反乱を起こしたけど、全部エルフに潰されてしもた。そうして戦争世代がぽつりぽつりと亡くなっていって、反政府の声も少なくなってきてしもうたんや」


「え? でも、フィーネルさんのところにはたくさんの獣人の子どもたちがいましたよ。あの子たちは全員、反神王国同盟の関係者の子どもたちじゃないんですか?」


「フィーネルはんも、全員とは言ってないはずや。あそこにオレの妹と、リッピーの弟がいるさかい。間違ったことは言っとらん。他のは孤児や捨て子や」


 神都では“亜獣あじゅう”や“しもべ”といった獣人たちが、働いている。

 だが、神都の中で働けるからといって、決して生活が楽かといえばそうではない。

 “亜獣あじゅう”の仕事は限られたものだし、給金も安い。

 “しもべ”に関しては、住み込みで働いているのがほとんだ。


 そのため子どもを産んでも手放す人が多いらしい。


 神都の中には孤児院はあるが、エルフのためであって、獣人の子どもは対象にしていない。

 見回り組に掴まれば、即刻神都外へ放り出される。

 神都の周りは、大きな神樹のせいで魔力溜まりが起きやすい。

 そのためダンジョンだけではなく、魔物も多いと話す。


 いくら獣人とはいえ、牙を研いでいない子ども1人では過酷な環境なのだそうだ。


「うちでも問題になってるのよね、エルフの国から流れてきた難民をどうするかは……」


 複雑な顔を浮かべたのは、エイリナ姫だった。


「そっちの姉ちゃんは新顔やな」


「あの……『姉ちゃん』なんて気安く呼ばないで下さい。こちらの方はムスタリフ王国の姫でエイリナ様という方で」


「おお! こっちは第1層のお姫様かいな!」


「うちらすごくない! 知り合いにお姫様が2人もいるなんて」


「知り合いになったつもりはないんだけど」


 エイリナ姫は口端をピクピクと動かす。

 まあまあ、と僕は苦笑いを浮かべた。


「それで? 何故、ここに来た?」


 アストリアが話を戻した。


「フィーネルはんにはとても世話なってる。そのお方がピンチや聞いてな。行ってみたら、アパートメントは宮中近衛隊に囲まれた後や。こら、あかんと思って――――」


「宮中に爆弾を投げ入れて、あいつらを撤退させたんやで」


 あ、あれって、ロクセルさんたちがやったのか。

 近衛隊がこっちに来ているとはいえ、随分と大胆なことをやったな。

 無関係な人が巻き込まれてなきゃいいけど。


「しゃーない。こっちにはこっちの事情がある」


「そうそう。多勢に無勢なんだから。少々の被害はうちらも覚悟の上や」


「それにわいらがやったのは、1度目だけや。あとは知らん」


 う、うん……。そりゃあ知らないだろうね。


 僕はそっと自分の影の中で大人しくしているサリアを睨む。


 これは黙っておくか。


「宮中近衛隊が撤退した後、すぐアパートメントに戻ったけど、なんや不思議な力で中に入られへんやんか」


「仕方なく、連れ出されたミーキャの匂いを辿って来てみたら、あんたらがおったちゅうわけや」


「でも、こんな再会をするとはわいらも思わんかったわ」


 ロクセルさんはやや芝居がかった動きで、やれやれと首を竦めた。


「それはこっちも同じだ」


 アストリアは憤然としている。

 ロザリナさんのことを、まだ怒っているのだろう。

 連行されたオルロのこともある。


 まだ色々と整理ができていないのかもしれない。


「ともかくや! わいらをアパートメントに入れてくれへんか?」


「どうする気ですか?」


「宮中近衛隊が帰ってくる前に、子どもたちを逃がす」


「あてはあるのか?」


「うちらが何年、神都に潜伏してると思ってんの? 隠れ家ならあそこのアパートメントを含めて、他にもある」


 なるほど。

 確かにアパートメントいれば安全だけど、敵に場所が割れている分、他の所に移った方が良さそうだ。


 僕は目でアストリアと話をする。

 どうやら向こうも同じ考えらしい。


「わかりました」


 僕たちは同意し、1度アパートメントに戻ることにした。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


歴史的な背景がかたまったので、やっと300年という年が出たのだけど、

これまでのところで昔の戦争がいつ合ったか書いてる描写があったら、

教えていただけると幸いです。


こちらカクヨムコン6に応募しております。

明後日で読者選考期間が終わりますので、もし良かったら★レビューなどで応援いただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

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