第90話 鍵師の企み

 僕、アストリア、エイリナ姫、さらにロクセルとリッピー、ミーキャを連れて、アパートメントに戻る。


 一旦鍵魔法を解き、野原の家へと向かう。

 鍵魔法は1度設定すると、オンオフは自在だ。

 再設定の際、いちいち僕が頭を抱えることはない。


 その道中、アストリアは何度か振り返る。

 家に1人残してきたロザリナさんが心配なのだろう。


「アストリア……」


「皆まで言うな、ユーリ。君の言いたいことはわかる。しかし、母上は強い。きっと乗り越えられるはずだ」


「でも、1番オルロさんがいなくなって悲しんでいるのは」


「母上であろうな」


 そう。

 ロザリナさんは、それをおくびにも出さなかったけど……。


「ああ見えて、不器用なのだ、母上は。私がいては、泣くこともできないだろう」


 そうか。

 だから、あえて1人にしたのか。


「アストリアにもそういう時がある?」


「たぶん……あると思う」


「じゃあ、その時はそう言って。僕がお邪魔なら」


「ば、バカ……!」


「え? ええ?」


 なんで僕、罵られたの?


「仮に1人で泣きたい時があるとするなら、それは――――」



 たぶん、きっとユーリきみが側にいない時だと思うから……。



「ん? なんか言った?」


「なななななんでもない! 今のは忘れてくれ!」


「全く……。相変わらずのバカップルぶりね、あんたたち。割とシリアスな状況なのわかってるのかしら」


 やれやれ、とエイリナ姫は肩を竦める。


 そのリアクションを見て、ぷぷぷと笑ったのは、リッピーさんだ。


「あらあら……。もしかして、エイリナ姫って。ユーリ君の元カノやったりするん?」


 ずばり、と指摘する。

 直後、エイリナ姫の顔がみるみる赤くなっていった。


「そそそそそそ……そんなわけないでしょ!! なんで私が! そもそも私は一国王女なの! 軽々しく彼女とか言ってほしくないわ」


 唇をむずむずさせながら、明後日の方を向く。


 リッピーさんには、その反応が実に奇異に映ったらしい。

 さらに目を輝かせて追及する。


「あ~~ら~~、ごめんね。で~~も~~、元カレのピンチに颯爽と現れるあたり、まだ諦め切れないところがあるようですね」


「おい! こら! そこの白猫! その軽そうな頭に穴を開けて、さらに軽量化してあげましょうか?」


 エイリナ姫が砲杖キャスト・ライフルを作り出す。

 その細い砲身をリッピーの頭にかざした。


「ひぃ! ひぃいぃいぃいぃいぃいぃい!!」


「リッピー、それぐらいにしておけ。この姫さん、マジだぞ」


 ロクセルさんがやれやれとため息を吐いた。


 そんな大人たちのやりとりを、純真な眼で見ていたミーキャは質問した。


「ロクセル、バカップルって何?」


「仲のいい恋人同士ってことだ」


「じゃあ、ロクセルとリッピーもそうだね」


 …………。


 え? なんで沈黙?


「ち、ちげーわ!」


「そ、そうよ、ミーキャ! こいつとは腐れ縁で!!」


 慌てて弁解する。


「何よ、あんたたち。人のこと言えないじゃないの?」


 2人の様子を見て、にしししとエイリナ姫は笑う。

 だが、その姫の裾を引っ張ったのは、ミーキャだった。


「お姉ちゃん、1人だけ。バカップルじゃないね」


「え? そ、そうね」


「じゃあ、ミーキャと仲良しになって、バカップルになろう」


「え? えええええ? ……そ、それは光栄だわ」


 エイリナ姫は苦笑いを浮かべる。

 対して、ミーキャは満面の笑みで、エイリナ姫に抱きついていた。

 エルフのアストリアは怖がっていたけど、どうやらエイリナ姫にはすっかり懐いてしまったらしい。


 単純にエルフが嫌いなのかな、ミーキャって。


 横でちょっとショックを受けてるアストリアを励ましつつ、僕たちはフィーネルさんの所に急いだ。





 心配だったけど、フィーネルさんは無事だ。

 同じく迎えてくれた子どもたちも、快復したミーキャを優しく出迎えていた。

 フィーネルさんもホッとしたらしい。


「まあ、面識があったんですね」


 反神王国同盟のロクセルさんたちと知り合いだったと話すと、フィーネルさんは驚いていた。


 全く世界は狭い。

 第10層も世界があるのにね。


「子どもたちはここから逃がすとして、これからどうする?」


 まず“おおきみ”によって封印されている“しん”を解放する。

 革新派の暴走を止めなければ、“おおきみ”の思うがままの政治がまかり通ってしまう。


 まずは国を元の形に戻すのが先決だ。


「宮廷に入るんやったら、協力するのもやぶさかやない。あてもあるしな。けど、これは宮廷内の内輪もめや。わいらにはメリットがない」


 ロクセルさんは断言する。


「フィーネルはんにはとても世話になってる。けど、これとそれは別や。仮にあんたが“神和かんなぎ”に返り咲いたとして、この国は変わるんか? 今までの神王国が続くなら、リスクを冒してまですることちゃうんや、わいらは」


「それは…………確約、できません」


「なんやて?」


「わたくしは“神和かんなぎ”です。あくまで“しん”に仕え、その声を聞くことができるエルフにすぎません。封印を解かれた“しん”がどのような神託をするのか、わたくしにはわかりません。ですが――――」


 そう言って、フィーネルさんは僕たちの方を見た。


「わたくしが見た神王国の明るい未来……。エルフも、獣人も笑っている世界の中で、はっきりとわたくしは、ユーリさんとアストリアさんの姿を見ました。わたくしは、その未来を信じます」


 力強い言葉で、フィーネルさんは結んだ。


 だが、ロクセルさんには届かない。

 チッと舌打ちした後、背を向けた。


「ロクセルさん……!」


「吠えるな、坊主。わいらかてあの宮廷のいけ好かないヤツらに1発かましたい。けど、うちらの理念は神王国の打倒とエルフへの復権や。それが確約できんのやったら、ここで退くのは当然の選択肢や」


「でも……」


「ユーリくん。それ以上言うたら、うちも怒るで。ロクセルの言うことは何1つ間違ってない。命あっての物種や」


 リッピーさんも目を細めた。


「せやから、協力はせえへん。ただアドバイスはしたる」


「アドバイス?」


 するとロクセルさんは、僕の方を向いた。


「せや。宮廷に入る方法や。しかも、ほぼノーリスク。これで堪忍せぇ」


 僕はホッと胸を撫で下ろす。


 なんだかんだと言いながら、手伝ってはくれるらしい。


「十分です。ねっ! アストリア!」


「ああ……」


 アストリアは頷く。


「そもそも反神王国同盟ってあなたたち2人なんでしょ? たかだか2人増えたところで、戦力は変わらないわよ」


「な、なんやて!」


「異国のお姫様は随分と口が悪いんやな。そんなことだから、フラれるのよ」


「なんか言った!?」


 先ほどの焼き増しだ。

 エイリナ姫とリッピーは睨み合う。

 再び第二ラウンド始めようとしていた。


 その2人をよそに、アストリアは腕を組み、思案する。


「問題は戦力が少なすぎることだな。これでは陽動も無理だ」


「ミーキャ、てつだう?」


 ミーキャが首を傾げる。


「いや、いいよ。ミーキャは安全なところにいて」


「だが、人手が圧倒的に足りない。まさに猫の手も借りたいぐらいだ」


「ねぇ、アストリア。シュバイセルと再会して、1つ考えたことがあるんだ」


「シュバイセル?」


「うん。うまくいけば…………」



 宮廷を大混乱に落とし入られるはずだよ。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


悪い顔してるぜ、ユーリ。


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