第87話 頭が高い!

 え? 本物?


 それが僕の正直な気持ちだった。

 しかし立っているだけで感じる高貴な雰囲気。

 如何にも自信に満ちた顔。

 僕を睨み付ける瞳の強さ。


 どこをどう取っても、ムスタリフ王国王女エイリナ・ゾル・ムスタリフだった。


「本物ですよね?」


「何を言ってんのよ? ちゃんと足はある――――って、勝手に殺さないでくれる!?」


 あ、このうるさい感じ、エイリナ姫だ。


「もう……。本当に第2層にいた。そろそろ第4層に到達して、私のことが恋しいと思っている頃だと思ってたのに」


「ま、まあ……。色々ありまして」


「そのようね」


 エイリナ姫の声音が変わる。

 やばい。

 めっちゃ怒ってる時のトーンだ。


 すると、エイリナ姫は僕ではなく、近くにいたシュバイセルの方に顔を向ける。

 シュバイセルはしばし呆然としていたが、姫に睨み付けられると、慌てて目を細め、睨み合いに応じた。


「答えろ! お前は何者だ?」


「やれやれ……。宮廷の子役人程度でも、私のことぐらい知っててほしいものだわ。“小臣ことど”のシュバイセル・ミグロス」


「知らん。外の国のもののようだが、ここはカリビア神王国だ。オレに無礼を働くというなら、お前もここで逮捕するぞ」


「あっそ……。するならしてみなさいよ。後で、あんたが泣き崩れながら、許しを請うても私は知らないから」


「なんだと?」


「外交特権って言葉をあなた知っているかしら。他国の外交官、または大臣以上およびその家族・家臣は、その国の刑事裁判権を免除されるという特権よ」


「それぐらい知っている。なら、お前は何者だ!?」


「エイリナ・ゾル・ムスタリフ……」


 エイリナ姫の声は、暗い闇を引き裂く光の剣のようだった。


 そして、それは見事シュバイセルに命中したらしい。

 濁った緑色の瞳は、大きく見開かれる。


「む、ムスタリフ……」


「わかったでしょ? ムスタリフ王国の姫君よ。確かうちと友好条約を結んだ時、この国では私たちムスタリフ王族は、“大臣おとど”以上の身分が保証されるとあったはずよね」


「ぐっ!」


 シュバイセルは言い返さなかった。

 ただ奥歯をぐっと噛みしめる。

 先ほどまでの余裕はない。

 笑みすら消えて、恨みがましく睨み返すのが精一杯だった。


 しかし、そんな態度をされても、エイリナ姫は容赦がない。


「随分と頭が高いわね。確か“小臣ことど”であっても、“大臣おとど”の身分のものに対し、立礼が基本だと私は学んだんだけど……。そうやって負け犬のように睨むのが、この国の礼儀なのかしら」


「ぐっ…………ぐっ………………ぐぐ…………」


 ただくぐもった声が聞こえてくるだけだ。


 そのシュバイセルの視線が僕に向く。

 あるいはアストリアに向いた。

 見るな、と警告されているようだ。

 しかし、僕たちは目を離さなかった。


 まるで太陽が地平の彼方に没す姿を眺めるように、シュバイセルの一挙手一投足を見つめる。


「くそ…………」


「くそ? 随分な言葉を吐くのね、カリビアの官吏は。“大臣おとど”に対して、そんな態度を取ってもいいのかしら。外交経由で抗議してもいいわ。勿論、お父様の名前でね。仮にも一国の王の言葉よ。あなたぐらいの“小臣ことど”なんて、首を切るぐらい簡単でしょ?」


「や、やめ…………」


「やめてほしいなら、礼儀を取りなさい! 子どもでもできることよ」


 やがてシュバイセルは観念した。


 立ったままエイリナ姫に頭を下げる。


「失礼しました、エイリナ姫」


 そう言って、シュバイセルは頭を上げようとした。

 だが、それを阻んだのもエイリナ姫だ。


 シュバイセルの頭を押さえ付けたのだ。


「何を?」


「頭を上げる前に訊いておきたいことがあるの。事と次第によっては、あなたはもっと頭を下げることになると思うから」


「ど、どういうことですかな、エイリナ姫?」


「あんた、ギルドに圧力をかけて、ユーリとアストリアの第3層への許可を出させなかったでしょ?」


「な、何のことかわかりかねますが……」


「へぇ~。白を切るつもり? 悪いけど、ギルド側には言質を取れてるのよ。あなた以上に、ギルドの知り合いは多いからね。だから簡単に面が割れたわ。シュバイセル――あんたの名前が……。ギルドも裁判では真実を証言してくれると約束してくれたわ」


「そ、それはギルドが勝手にやったことで……。私は与り知らぬ」


「真実を話した方がいいわよ。あんたたちエルフは、魔法に明るくないようだけど、その力を使って、真実証言するなんて簡単にできるんだから」


「や、やめろ……」


「やめろ? あんた、何様のつもり? “大臣おとど”で、ムスタリフ王国王族に命令するつもりかしら」


「ち、違う! そういうことではありません」


「身分に胡座をかいているから、肝心なところで襤褸が出るのよ、シュバイセル。全く……よくもやってくれたわね、あんた。この2人がどんな人間か、知らないでしょ?」


「は、はあ??」


「この2人は英雄よ。……ムスタリフ王国の英雄を、あなたはつまらない意地と、権力欲で押さえつけてしまった。それがどんなことか今ならわかるでしょ? そう。今、私があんたにやっていることよ」


 エイリナ姫は手を掲げる。

 そこに現れたのは、手に収まるぐらいの砲杖だ。

 黒鉄の砲杖の口を、シュバイセルの首元に宛う。


 匂い立つような殺気に、見ていた僕ですら冷や汗を掻いた。


「ここで首を落としてあげましょうか?」


「ひっ……。お、お許しを、姫君」


「なら、ギルドに対する圧力を撤回なさい。あなたの口からね。それにうちの国に人間に対して、同じようなことをしたら、今度こそ許さないわ」



 ……今、国同士の戦争を避けたいでしょ?



「――――ッ!! わ、わかりました! だから、命だけはご勘弁を!?」


 ついにエイリナ姫は砲杖を収めた。

 シュバイセルは顔を上げない。

 その代わり、前に倒れるように突っ伏す。

 荒い息を吐きながら、頭から滴った冷たい汗を拭った。


「さっ! とっとと出ていって? それとも今のを聞いても、ユーリを逮捕する気?」


「……ぐっ」


 シュバイセルは何も言わない。

 立ち上がり、服装を正す。

 1度、僕たちを強く睨み付けた後、衛兵を連れて出ていった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


まだ生かしておいてやろう……。


ここまで読んでいかがだったでしょうか?

☆☆☆のレビューで教えていただけると幸いです。

よろしくお願いします。

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