第75話 神への宣戦

 フィーネルという人の最後の言葉で、横のアストリアの警戒心が深まる。


 僕の疑念も積もるばかりだ。

 「お待ちしていた」って、最初から僕たちが来るのを待っていたみたいじゃないか。

 ということは、これは罠?

 ミーキャはその囮だったってこと?


 すると、フィーネルは笑う。

 困惑する僕たちの頭を覗き見するかのようにだ。


「失礼……。お2人に危害を加えるつもりはありません。ただあなた方来ることは、最初からわかっておりました」


「最初から……?」


「神仙術か?」


「え? 神仙術ってそういうこともできるの?」


 つまり未来予知ってことか。

 僕が知る限り、魔法体系においてそういう類の奇跡はない。

 魔法学校で習うこと以外は――だけど。


「ご明察の通りです」


「え? だったら、ミーキャが衛兵に捕まることも予見できていたということでは?」


 フィーネルは少しだけ顔を曇らせる。


「はい。その通りです。ですが、そうしなければあなたたちがここに来る未来はありませんでした」


「悪いが、フィーネル殿。私はあなたをまだ信用できていない。あなたの言葉はまるで自分の都合のいい未来のために、ミーキャを利用したという風に聞こえるぞ」


「そう。取っていただいても構いません」


 そして次の言葉は、何かフィーネルさんの決意表明のように僕には聞こえた。


「ここからがわたくしの正念場なので……!」


 最初に反応したのは、アストリアだった。

 銀髪を揺らし、振り返る。

 遅れて僕にもわかった。

 人の気配だ。


 周囲を警戒する。

 よく見ると、周囲アパートメントで何かがチラチラと輝いていた。

 同時に弓弦を引く音が微かに聞こえる。


「まずい」


「囲まれているぞ」


 よく見ると、エルフの衛兵だ。

 しかも普通の衛兵ではない。

 見慣れない真っ黒な装束を着ている。

 顔を隠し、かろうじて目元だけが出ていて、エルフ特有の緑系の瞳が見えた。


 僕は一瞬、フィーネルさんの方を見た。

 ギュッと側のミーキャを抱きしめている。

 ただ自分にはそうするしかないようにだ……。


 おそらくフィーネルさんの仕業じゃない。

 そもそも鏃の先は僕たちではなく、フィーネルさんの周りの子どもたちを狙っているように見えた。


 嘘だろ?

 ここにいる人たちが一体何をした。

 いや、そもそもこの子たちは皆子どもだ。

 国の根幹を揺るがすようなことをしでかすなんてできない。


 それなのに、大人が総出で弓を射掛ける必要なんてどこにある。


 冠位十二階グランド・トゥエルブ

 身分?

 外民げみんだから?

 そんなことで死ぬのか?


 だからって、小さな命を断っていいのか?


「やめろぉぉぉぉおぉおおおぉおぉぉぉおぉおお!!」


 僕は叫んだ。

 しかし、それも虚しく矢は放たれる。

 1本だけではない。

 その数は無数。

 四方取り囲むアパートメントから、一斉に放たれた。


 ダメだ!

 完全に間に合わない。

 アストリアが助けに向かうが、1歩遅い。

 聖剣の力を解放するための魔力を練る時間もなかった。


 そう――。


 すべてにおいて時間がなかったヽヽヽヽヽヽヽ


「時間――――」



 【停止ロック】!



 僕は鍵魔法をかける。

 静止した時の中で、僕は事をヽヽ済ませると、時間を【開けリリース】した。


 しかし、時が動いても、やってきたのは時が止まったような静寂だけだった。


「全く手こずらせてくれるわ」


 柱の影から現れたのは、黒い装束を付けた男だった。

 周りにいるエルフと比べて恰幅がいい。

 偉そうな口髭をさすり、頭巾を脱いで苔色の瞳を光らせた。


「まさかこんなところに、外民げみんを匿った施設があろうとはな。度々目的情報があったから張っていたが……。くくく、シュバイセル様もさぞお喜びになるだろう」


「誰が喜ぶと……?」


 その声は男の耳朶を打つ。

 ハッと腰のナイフを抜いた時には遅い。

 何故なら、その人は風よりも早く動くことができるからだ。


 ショートソードを喉元に突き付ける。

 男が視線を動かした先にいたのは、怒りに満ちたアストリアだった。


「貴様……! エルフであるのに、“外民げみん”を庇うのか? そいつは違反者だぞ」


「違反者だからといって、問答無用で殺すなんて法律はどこにもなかったはずだが……? 我らエルフの『しん』が嘆くとは思わないのか」


「それはエルフの法律だ! こいつらは獣人で、“外民げみん”だぞ。我らの法に従わせるなどおこがましいにも程がある」


「だからって、殺す必要なんてない!!」


 僕は叫んだ。


 同時に男は信じられないものを見ることになる。


 その苔色の瞳に映っていたのは、生きている獣人たちの顔。

 さらに束ねた矢を持った僕の姿だった。


「バカな!! あの一瞬でどうやって!!」


「うるさい! 黙れ!!」


 柄にもなく、今日は叫ぶことが多い日だ。

 頭がガンガンして痛いというのに。


『愚か者! いきなり我の魔力を吸い上げおって! 我はお前の魔力タンクではないのだぞ!!』


 抗議したのは、影の中に潜むサリアだ。


「ごめん、サリア。今はちょっと静かにしていて」


『なっ――――!』


 サリアは絶句する。

 おかげでちょっと静かになってくれた。


 いきなりサリアから膨大な魔力を引っ張ったから、かなり頭がクラクラする。

 けれど、言わなくちゃいけない。

 この下衆げすに……。


「僕は冒険者だ。この国のことはあまり知らない。『冠位十二階グランド・トゥエルブ』という身分制度も、ここに来て初めて知った。……けれど、僕は僕の国のことはよく知っている」


 故郷の国のことはよく知っている。

 そこでも下衆と思う人はいた。

 人を貶めて、邪に国を動かす人がいた。

 ただ自分の我欲を満たすだけの人がいた。

 人に罪を着せ、何の罪のない人を追放する人がいた。


「けれどだ! 何も盗んでいない。人を騙してもいない。殺人を犯したわけでもない――そんな子どもを、ただ淡々と法の下に裁くほど腐った国じゃなかった!!」


「貴様! この神の国に逆らうのか!!」


「神様がいるかどうかなんて、僕には知らない。だが、神様がそれでいいというなら」



 僕は神様とだって戦ってやる!!



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


本日はここまで……。

色々敵が見えてきましたでしょうか?

引き続き更新して参りますので、

広告下の★★★評価をよろしくお願いします。

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