第74話 神域
「ミーキャか。いい名前だね」
僕が微笑むと、ミーキャは少し頬を染めて俯いた。
ちょっと警戒させてしまったかな。
名前を聞いたのは、逆効果だったかもしれない。
それにしても――。
僕はミーキャが羽織っているローブを見つめた。
綺麗な絹地だ。
真っ白で見た目からでも、かなりしっかりしている。
対してローブの中に着込んでいる服はボロボロだ。
「獣人が着ている物としては不相応だな」
アストリアも気付いて首を傾げる。
「ミーキャ、怒らないで聞いてほしいんだ。そのローブは君のかい?」
ミーキャはローブを掴み、怖々と頷く。
「誰かにもらったのかな?」
「おねえちゃんにもらったのです」
「お姉ちゃん? ミーキャのお姉ちゃん?」
「おねえちゃんは、おねえちゃんです」
どうも要領を得ないな。
ミーキャが指す「お姉ちゃん」も実のお姉ちゃんなのか、または知り合いのことを指すのかわからない。
だが、これほど見事な生地を子どもにあげられる人間がいる。
はっきり言うけど、何かすでにミーキャがトラブルに巻き込まれているような気がした。
「わかった。ありがとう。じゃあ、ミーキャ。家まで送っていくよ」
「ダメなのです。おうちに知らない人をつれてきてはダメなのです」
ミーキャは首を振った。
「でも、また衛兵に捕まったら大変だよ。大丈夫。僕たちは冒険者だ。衛兵とは違う。ミーキャたちの生活を壊したりしないから」
「ホント?」
「うん。ホント」
「ぜったい?」
「絶対……」
「ウソをつかない?」
「もちろん」
かなり警戒してるな。
でも、さすがに1人で返すのは気が引けるし。
すると、ミーキャはアストリアの方を向く。
「この人も来るのですか?」
「うん。僕の仲間で、大事な人だからね」
「なかま……。だいじな人……」
ミーキャは僕とアストリアを交互に見つめる。
しばらく考えた後、うんと頷いた。
「わかりました。ユーリもエルフさんも、ミーキャをたすけてくれました。うちにきてもいいです」
「ありがとう、ミーキャ」
「な、なんで私だけエルフさんなんだ?」
アストリアはガックリと肩を落とす。
「でも、ミーキャしかられるかもしれないです。おねえちゃんに」
ここでもおねえちゃんか。
正体はわからないけど、ミーキャの母親代わりといったところか。
「大丈夫。お姉ちゃんには、ミーキャが良い子にしてたっていうから」
「ホント?」
「約束するよ」
「やったです。じゃあ、はやく行くです。ぜんはいそげなのですよ」
ミーキャは走り出す。
思ったよりも素早い。
さすが獣人――
僕たちも走り出す。
まさにミミズがのたくったような複雑な路地。
ミーキャは立ち止まることなく、走り続けた。
かなり路地に精通しているのだろう。
もしかして、彼女にとってここは遊び場なのかもしれない。
「気付いたか、ユーリ」
「何がですか?」
「恰好からして、ミーキャは『
「確かに……。子どもが『絶対』とか『善は急げ』なんて言葉は使わないですからね」
「ミーキャを教育した人がいる。それが――――」
「“お姉ちゃん”ですか?」
「ともかく保護者に会えば、謎は解ける」
すると、僕たちは裏路地の先に光を見た。
ぐるぐると走っているうちに、大通りに出たのだろうか。
僕とアストリアは、光の方へと飛び出した。
「これは……」
「まさか……」
僕たちは息を呑む。
そこにあったのは野花だ。
色とりどりの花が咲き乱れ、蝶がヒラヒラと舞っている。
だが、その場所は林の中でも、小高い山の上でもない。
四方を高い建物に囲まれたアパートメント群のど真ん中だった。
「こんな場所が神都にあるなんて」
初めて見る神都の中の光景に、アストリアが1番驚いていた。
「あれ? ミーキャは?」
兎耳の女の子の姿を探す。
すると、野原の向こうでミーキャが手を振っているのが見えた。
その脇には一戸建ての建物が見える。
アパートメントのど真ん中にあっても、燦々と陽を浴びた白壁の建物からは、神々しい何かを感じる。
「こっちですー」
ミーキャが手を振っている。
そんな彼女を突然抱え上げた者がいた。
「ミーキャ!」
一瞬ミーキャも驚くが、その人間の顔を見て、キャッキャと笑顔になった。
僕が駆けつけると、同時に建物の中からたくさんの獣人の子どもが現れる。
ミーキャと彼女を抱き上げた者を取り囲んだ。
「ミーキャ、おかえり」
「しんぱいしてたよ」
「けがない?」
「いたいのいたいのとんでけーしようか?」
同胞を心配し、手を伸ばす。
それに対して、ミーキャはVサインで答えていた。
その彼女の耳と頭を、抱え上げた者は優しく撫でる。
ミーキャは叱られることを恐れていたけど、そんな素振りすら見せない。
ハッとする慈愛に満ち、現界した聖母のようだ。
僕たちは驚きを隠せない。
ただ立ち止まって、その光景を見ていた。
本当に奇妙な光景だったのだ。
たくさんの獣人の子どもたち。
その真ん中にいたのは、青のカチューシャを付けた長い銀髪と、特徴的な長耳。
さらに綺麗な萌葱色の目が輝いていた。
そう。
エルフだ。
獣人の輪の中に、エルフの少女が立っていた。
少女は僕の方を向く。
警戒するどころか、僕たちの方を向いて笑った。
「ミーキャを助けてくれてありがとうございます、ユーリ様、アストリア様」
「僕たちの名前を……」
「あなたは何者だ? 何故に、獣人――しかも不法滞在している『
すると、エルフの少女は頭を下げた。
「失礼。少し警戒させてしまいましたか。……わたくしの名前はフィーネルと申します」
そして、最後に一言付け加えた。
あなた方をお待ちしておりました。
◆◇◆◇◆
神都の宮廷の最奥。
そこにあるのは、神界と呼ばれる神の領域だ。
赤い鳥居が続き、その先に大きな社がある。
本来であれば、神職――つまり“
社の奥でじっと何かを眺めていたのは、カリビヤ神王国“
スラリと長く引き締まった身体に、顔の半分を仮面で覆っている。
髪の長く伸ばし、もうすぐ腰にも届きそうだ。
やや気難しく歪めた顔を、目の前に向けていた。
そこに
邪な心を払うため、顔に聖水を浸した紙を貼った巫女は、ユーハーンに近づき、耳打ちする。
「ん? そうか。ようやく見つけたか。我が娘を」
ふっとユーハーンは口端を歪める。
仮面越しに見る鋭い暗緑色の瞳には、巨大な扉が映っていた。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
扉?
本日も2話投稿です。
お楽しみに!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます