第73話 意識遮断
「やめて! やめてほしいのです!!」
ギルドへの報告を終わった直後のことだった。
悲鳴だ。
それも子どもの声である。
「ユーリ!」
「行こう、アストリア!!」
僕たちは走り出した。
暗い裏路地にいたのは、小さな女の子と数名の衛兵だ。
「やめて! これはもらったの!!」
衛兵が、女の子の着ている白い装束を摘む。
それを指差しながら、激しく叱責していた。
「これ!? どこから盗んだ!?」
「そもそも貴様、『
すでに涙目になっている女の子に詰め寄る。
「おそらく不法に神都に滞在する獣人だな」
「でも助けます。僕にはどうも納得できないんです」
そうだ。
この第2層は元々エルフと獣人が住まう世界だった。
なのに、住む場所を制限されるなんて、やはり間違ってる。
それに僕は
身分による縦軸の関係を頭ごなしに否定はしない。
宮廷のような仕事をする部下がいて、その仕事をしやすいように上司がいるならば縦の関係も僕は有りだと思うからだ。
けれど、
下の者に対する敬意を感じない。
嘲り、ただ虐げるだけの身分制度なんて、絶対に間違っている。
「わかった。なら、衛兵を傷つけるな。できれば、私たちの姿も見られることなく、彼女を助けるぞ」
「わかりました」
「私が先に出る。タイミングを合わせてくれ」
「はい!」
アストリアは手に魔力を集中させる。
「風よ!!」
魔法で一陣の突風を巻き起こす。
それは狭い裏路地に吹き抜けていった。
「キャッ!」
「うわ!」
「なんだ、この風は!!」
目も開けるのも辛い強風に衛兵は戸惑う。
摘んでいた女の子のローブから手を離した。
今だ。
追い風を受けながら、僕は加速する。
一気に衛兵との距離を詰めた。
そして――。
「意識――――」
◆◇◆◇◆
「あ、あれ?」
「どういうことだ?」
エルフの衛兵は辺りを見渡す。
あの風は一体なんだったのだろうか?
頭を抱えて考えるが、答えは出てこなかった。
「いない!」
1人の衛兵が気付く。
すぐにもう1人も気付いた。
先ほど捕まえた獣人の姿がどこにもないのだ。
まるで神様に隠されたかのように忽然と。
「どういうことだ?」
「さあ?」
互いに首を傾げるしかない。
すると、他の衛兵がやってきた。
「いたいた」
「お前ら、こんなところでさぼってんなよ」
「とっくに夜番の時間だぞ」
叱られる。
だが、2人の衛兵は顔を見合わせた。
「何を言ってるんだ?」
「まだ朝だろ?」
その言葉に、今度は捜しに来た衛兵たちの方が顔を見合わせる。
やがて笑声が漏れ出る。
からかうように指を差した。
「お前ら、何を言ってんだ?」
「仕事中に酒でも飲んで、記憶が飛んだか?」
「おいおい。やめてくれよ。そんなことがシュバイセル様の耳に入ってみろ。マジで首を飛ばされるぞ」
最後に衛兵たちは空を差した。
ふと顔を上げる。
2人の衛兵の瞼が大きく見開いた。
高いアパートメントに挟まられた空が、茜色に染まっていたのだ。
「そんな……」
「夢でも見ているのか」
顔がみるみる青くなっていく。
衛兵は膝を突いて、しばしその場で呆然とした。
後に衛兵の間では『神風事件』として長く伝わったという。
◆◇◆◇◆
僕は少女を抱えながら、後ろを見る。
衛兵が追ってくる様子はない。
ひとまずホッと胸を撫で下ろした。
「うまくいったようだな」
アストリアも後ろを気にしながら言った。
「軽くかけておいたので、おそらく夕方ぐらいに解けると思います」
「うまく鍵魔法を制御できるようになってきたな」
「アストリアのおかげですよ」
最近、僕は魔力制御の仕方をアストリアに習っている。
これまで僕の相手は魔王だった。
だから常に全力の鍵魔法を使うことに躊躇する必要がなかった。
けれど冒険者となった今は、魔物や、時に人間が相手になることもある。
3日3晩補給もなくダンジョンの中を彷徨うこともあるそうなので、魔力の管理は必須なのだ。
だが、鍛錬の甲斐があったらしく、こうして鍵魔法がどれぐらいの持続効果があるか、勘でわかるようになってきた。
「いや、君の飲み込みが早すぎるんだよ。さすが天才鍵師だ」
天……才…………!
他の人に、自分が天才なんて言われてもピンとこないけど、アストリアに言われるとなんか照れちゃうな。
「ユーリ、そろそろ良いだろ?」
僕たちは止まった。
まだ複雑に入り組んだ路地の中だ。
いや、路地でもないのかもしれない。
この辺りは高層のアパートメントが密集している。
ムスタリフ王国王都もそうだけど、カリビヤ神王国も人口過密の問題を抱えていると、オルロが教えてくれた。
アパートメントに1つでも空き部屋が出れば、すぐに申請が殺到するような状況らしい。
故に1つでも多く部屋を作ろうとした結果、入り組んだ形状の狭い路地が生まれたようだ。
「まるで迷路だな」
と言ってから、気付いた。
なるほど。
ここならば獣人たちの隠れ家になるということか。
僕は抱えていた女の子を下ろす。
幸い僕の胸の中で、騒ぎもせず大人しくしていた。
思えば、こうして面と向かって獣人と会うのは初めてだ。
いくつぐらいだろう。
背丈からして、フリルよりも2歳ぐらい上か。
大きな赤い瞳に、赤茶の髪が目深に被ったフードから出ている。
体躯はまだまだ小さく、当然未成熟だが、肌は雪のように白い。
何より目を引くのが、穴が空いたフードから出た大きな耳だろう。
外耳は赤茶色の毛に覆われているが、内耳の方は綺麗な淡い桃色をしている。
おそらく兎の耳だ。
よく見ると、小さなお尻にタンポポの綿毛のようなモフモフした尻尾が付いている。
「
「
「冬になると色が変わるんだよ」
すると、アストリアは膝を突く。
少女と目線を合わせ、ニコリと笑った。
「こんにちは。私はアストリア、お名前を教えてくれるかな?」
やや赤ちゃん言葉で尋ねる。
なんか可愛い。
だが、女の子は怯えるだけだ。
ひしと助けを求めたのは、僕だった。
ついには僕が履いている薄布のパンツにしがみつく。
「むぅ……。ユーリ、君は子どもにも好かれるのだな?」
アストリアは頬を膨らませる。
え? ちょっと、アストリア?
その反応なんなの?
というか、アストリアだって僕の妹のフリルに懐かれていたじゃないか。
そう言いたいのをぐっと堪え、僕は口を開いた。
「えっと……。アストリアがエルフだからとか?」
「ああ。そう言うことか」
アストリアはポンと手を打つく。
この子はおそらく先ほどの衛兵同様に迫害を受けてきた。
エルフを怖がるのは、なんとなく想像できる。
僕は先ほどアストリアがやったようにしゃがんだ。
女の子に尋ねる。
「僕の名前はユーリ。君の名前は?」
女の子は真っ直ぐ僕を見つめた後、ようやく口を開いた。
「ミーキャ……」
このミーキャとの出会いが、後々の大戦争の引き金になるとは、この時の僕は知る由もなかったのである。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
本日はここまでです。
いよいよ大きな波の中に、2人は入っていくことになります。
作品共々、2人を応援いただければ幸いです。
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