閑話 オークはどこへ行った? Ⅱ

 ユーリたちが依頼をこなす一方、この男は少し慌てていた。


「な、何故だ……? 何故死なぬ??」


 シュバイセルは首を傾げる。

 その眼鏡のレンズを挟んで向こうにあるのは、巨大なオークだ。

 周りを他の部下が取り囲み、槍を持って警戒している。


 だが、依然として台車にくくりつけられたオークは微動だにしない。


 一方よく耳をそばだててみると聞こえてくる音がある。

 規則正しい寝息だ。

 さらに耳を肌に近づければ、鼓動の音すら聞こえてきた。


 そう。

 このオークは間違いなく生きている。


 だが、さっぱり動かない。

 さらに不思議なのは、皮膚に刃が入らない。

 いくら動かないとは言え、宮廷に生きたオークを連れてきたのである。

 これがバレれば、シュバイセルは翻意ありと判断され、処断される可能性すらあった。


 慌てて、殺そうとしたが刃を全く受け付けない。

 それに――――。


 【神雷】!


 突如、オークに雷が落ちる。

 巨大な雷光は、周りで監視していた部下たちをおののかせた。

 轟音と凄まじい熱量を感じる。

 普通の人であれば、一瞬で感雷死するだろう。


 しかし、オークは生きていた。

 焦げ目1つ付いていない。

 周りの皮膚が完全に雷圧をカットしている。

 その証拠に、動きがある内臓に変化は見られない。


 試しに口の中に雷を落としてみたが、結果は同じだ。

 どうやら硬質化は口内にまで及んでいるらしく、雷を内臓付近にまで通さないようになっていた。


「くそっ!」


 シュバイセルは爪を噛む。


 ならば、と毒薬を流し込んでみた。

 対魔物用の中でも1番きついものだ。


 しかし、これも通じなかった。

 オークは超雑食だ。

 はっきり言って何でも食う。

 毒素を含んだ土や、毒茸、毒草、毒虫。

 とりあえず目に入ったものすべて食べる習性がある。


 それが体内で蓄積し、強力な毒耐性を獲得するのだ。


 なので、オークに毒は通用しないのだ。

 特にこんな大きなオークであれば尚更である。

 毒の周りが悪く、自然回復してしまう。


 全身を毒液に浸せば、殺せるかもだが、こんな大きなオークを鎮める場所などない。

 それに大量の毒が必要になる。

 宮廷での毒の扱いは、かなり厳しく制限がされている。

 暗殺に使われないためだ。


 今も危ない橋を渡りつつ、毒をかき集めていた。


 こんな厄介な代物――とっとと捨ててしまえばいいのだが、“おおきみ”に見せるまでの間は保管しておかなければならない。

 勝手に処分すれば、グラリオンの顔を潰すことになる。

 あの上司の不興を買えば、自分の人生は終わりだ。

 靴の裏を舐めるようなこれまでの努力が、水泡に帰すことになるなんて、考えられなかった。


「くそ! こんなものを拾うんじゃなかった!!」


 シュバイセルは悪態を吐く。

 噛んだ爪はすでにボロボロになっていた。


「シュバイセル、こんなところにいたのか?」


 シュバイセルは顔を上げる。

 オークを保管している兵武省の倉庫の入口に、グラリオンの姿があった。

 後ろには数名の部下を引き連れている。


「あまり感心できんな。玩具を手に入れて遊びたい気持ちはわかるが」


「す、すみません。ラバラケル閣下」


「まあ、良いがな。お前は生真面目すぎる。少し遊びを入れることも必要だと思っていたが、女よりもこんな大きな男に乗る方が楽しいと見える」


「そそそそそ、そんな訳ありません。私はどちらかといえば、女に乗る方が好きです。それが美人であれば尚更のこと」


 そう言って、ふとシュバイセルの脳裏によぎったのは、ギルドの前で出会ったエルフの少女のことだ。


 アストリア・クーデルレイン。

 S級冒険者と聞いて、どんな猪女かと思えば、かなりの上玉だった。

 できることなら、あんな若くて美しい女の上に乗りたいものだ。


「その顔……。何か意中の女でもいるのか?」


「め、滅相もありません」


「このオークと同じく、逞しい女であればよいな」


 ガッ――――ハッハッハッハッハッ!!


 いつも通り、ラバラケルは高笑いを響かせた。

 これにシュバイセルも釣られて笑う。

 勿論顔は引きつっていた。


「そ、それよりも何かご用件があって、私を探していたのでは?」


「おお。それよ。“おおきみ”に披露する日取りが決まった。オークの話をしたら、大層興味を引かれてな」


「それはようございました。して、いつ?」


「明日じゃ」


「あ、明日ですか?」


 まずい!

 明日なんて、とてもじゃないが間に合わない。

 シュバイセルは思案する。

 ふと顔を上げた時、ラバラケルの背後で影が動いた。


 よく見ると、影ではない。

 手だ。

 大きな手が動いている。


「オーク……」


 思わずシュバイセルは呟く。


 そうだ。

 オークの手が動いていた。

 ほんの指先だが、地面を擦るように動いている。

 シュバイセルには、オークが立ち上がろうとしているように見えた。


「ん? どうした? 何かあるのか?」


 ラバラケルは背後を見る。

 シュバイセルは軽く悲鳴を上げると、咄嗟に振り向いたラバラケルの顔を掴む。

 そのまま自分の方へと引き戻した。


「な、何をする! シュバイセル!!」


「ひっ!! すみません!」


「シュバイセル……。申し訳ないが、俺には男色の気はないぞ」


「も、もちろんです。わ、私にもございませぬ」


「ならば、この手はなんだ?」


「えっと……。それは、私の方を見て欲しいと。閣下に……?」


 ラバラケルの顔がさらに疑義に曇る。


「何を言っているのだ、お前は?」


 正直自分でも言っている意味がわからなかった。

 だが、今はともかくこうするしかない。


 シュバイセルはそっと視線を向ける。

 オークの指が動いていなかった。

 諦めたのか。

 それとも、自分の錯覚だったのか。


 判然とつかないが、ともかくラバラケルから手を放す。


「ん?」


「は、ははははは……」


 太い眉毛を動かすラバラケルを見て、シュバイセルは苦笑いを浮かべて、誤魔化すしかない。


 ラバラケルは今一度服装を正す。

 特に襟元を締めて、シュバイセルを訝しげに睨んだ。


「もう良い。……とにかく伝えたぞ。疲れているなら、もう今日は上がれ」


「そ、そうさせていただきます」


「あと明日の観覧席……。お前とは席を別々にさせてもらう」


「そ、それは……!!」


「心配するな。俺の家族も参加することになったのでな」


 そう言い残し、ラバラケルは倉庫から出ていった。


 シュバイセルはほうっと息を吐く。

 良かった。

 なんとか取り繕った。


 多大なる犠牲を払って。


 閣下を勘違いさせてしまったことは間違いないだろう。

 まあ、いい。

 それぐらいの失点なら、後でどうにでもなる。


 ん?


 このままラバラケルの忠告に従って、退庁しようと思っていたが、ふとあることに気付いて、足を止めた。


「家族を呼ぶ? おい……。待て…………」



 お披露目会に、一体何人が来るのだ?



 そしてシュバイセルの苦悩は続いた。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


本日2話投稿予定です!

お楽しみに。


面白い、シュバイセル苦しめ、と思った方は

作品フォロー、★レビューの方よろしくお願いします。


※ カクヨムでも連載中の拙作『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』が、2月10日発売です。

こちらもよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る