第72話 第二の犯人

「あなたが犯人だったんですね、マーブさん」


 僕は裏庭にいたメイド服の獣人に声をかけた。

 如雨露で花に水をやっていた手が止まる。

 赤い野兎族の目は大きく広がっていく。


「そんな……。私じゃありません」


「はい。そうです。ただし、それは1度目に限ります」


 ふらっと後ろに下がったマーブさんのさらに後ろに、アストリアが現れる。


 狼狽しながら、マーブさんは尋ねた。


「1度目ってどういうことですか? それじゃあ、まるで……」



 ご当主様が、2度殺されたみたいじゃないですか?



「はい。その通りです。最初、レッペンネンさんは暗殺者に殺された。けれど、生きていたんです」


「え??」


 そうレッペンネンは1度目の襲撃では生きていた。


 じゃあ、プロの暗殺者がしくじった。

 いや、それはあり得ない。

 レッペンネンをったのは、押し込み強盗じゃない。

 “小臣ことど”の屋敷に入れるようなプロだ。


 たとえ急所を外しても、脈の確認は絶対にするはずである。


「そう。暗殺者もきっと確認したはずだ。そして、死んだと判断して、その場を後にした。――――でも生きていた」


「訳がわかりません! そ、それじゃあご当主様は生き返ったってことですか。そんなのあり得ないですよ」


「確かに蘇生の魔法は、あの天翼族ですら実現していない高等な魔法です。僕も聞いた事がありません。でも神仙術ならあり得るかもしれない」


「まさか――――」


「そうです。レッペンネンさんが持っていた固有の神仙術は――」



 【蘇り】だったんです。



 第2層における独自の魔法体系【神仙術】。

 それは個々人によって使える奇跡が違う。

 シュバイセルは雷。

 アストリアの場合は、人ではないものの声を聞くことができる能力。


 そしてレッペンネンは【蘇り】だったというわけだ。


 確かにそれだと辻褄が合う。


「最初、暗殺者は部屋にいた当主を一突き。これが1度目の死因です。身体の前面にあった刺し傷がその時できたものでしょう。だがレッペンネンは生き返った。自分の神仙術によってね」


 アストリアに確認したけど、蘇りの神仙術は、珍しいが例がなかったわけではないらしい。

 ただ死んでみないと発動しないので、本人すら知らなかった可能性がある。

 暗殺者もそこまで気が回らなかったのだろう。

 エルフの神仙術に余程詳しくない限り、考慮には入れないはずだ。


「当主の部屋が騒がしいことに気付いた者がいた。あなたです。それもあなたですね、マーブさん」


 僕は指を差す。


 マーブさんはピクリと耳を動かした。

 野兎族の特徴的な長い耳をだ。


「野兎族は耳がいい。恐らく警戒心も強いんでしょ。どんな物音でも聞こえてしまう。僕たちが聞こえないものでも……。あなたは当主の部屋の音を聞いて、様子を見に行った。当主が殺されたの深夜だ。暗がりでも、あなたなら問題なく屋敷の中を動けたんじゃないですか? 兎は夜目が利きますから。そして、あなたは手に護身用の果物ナイフを持って、自分の部屋を出た」


 そして部屋に行くと、まず最初に倒れている当主をマーブさんは見つけた。


「あなたはすぐにわかった。当主の心音が止まって、死んでいるのを……。すぐに人を呼ぼうとしたが、止まっていたはずの鼓動が再び聞こえてきた。自分ではない。当主から。死んでいた当主が蘇ったんだ。ただならぬことに、あなたはパニックを起こし、持っていた果物ナイフ持って――――」



 当主を刺した、3回……。



 単純に怖かったのだろう。

 死んだ人間が生き返るのだ。

 それはもはやエルフでも人間でもない。

 まさに、魔の物――――魔物そのものだ。


「普通、果物ナイフぐらいなら人は死なない。ましてあなたは女性……。でも、あなたは獣人だ。人族の成人女性よりも、遥かにパワフルな力を持っている。1回、2回と刺して、最後にナイフが心臓を貫いたことを、あなたは耳で理解した。違いますか?」


 おそらくだけど、ロクセルさんが変節したのも、それが理由だろう。

 同じ獣人として、マーブさんを犯人だと糾弾しなかったのだ。


 そのマーブさんは再び花に水をやり始めた。

 僕には何か彼女がホッとしているように見えた。


「良かった。真実を暴いてくれる人がいて」


「どういうことですか?」


 僕が質問する。

 横のアストリアも眉宇を動かした。


「誰も私を疑わないのです。衛兵は泥棒が犯人だと決めつけていました。他のご家族様は、宮廷内の争いに負け、何者かに暗殺されたのだと……。さらなる報復を恐れて郊外の別邸へと移られました」


 そうか。

 ほとんど人の気配がしなかったのは、それでか。

 皮肉にもマーブさん1人が、自分の犯した犯行現場がある家に、1人残されたというわけだ。


 ちなみに宮廷内の争いというのは、後日知ることになる。


「このまま誰も知らずに、この家から出ていくのは忍びなかった。私を見つけてくれてありがとうございます」


 そう言って、マーブさんは水やりを追え、横に如雨露を置くと、両手を僕に差し出した。

 お縄になることを覚悟していたのだろう。


 僕は首を振った。


「残念だけど、あなたを突き出しても、あなたを裁くものはいないでしょ」


「どういうことですか?」


「マーブさんが言うとおり、周りは別の犯人を望んでいます。そもそもトドメを刺したのは、あたなですが、暗殺者がご当主を殺さなければ、あなたは事件に巻き込まれることはなかった」


「マーブ殿、あなたも被害者だと、ユーリは言いたいんだ」


「そうですか……」


 マーブさんは少し残念そうに手を下ろした。

 罪人となることによって、少しでも罪悪感を払いたかったのかもしれない。

 それでも、彼女の耳はピンと立ち、背筋も伸びていた。

 今、こうして見ると姿勢の綺麗な美しい人に見える。


「私はどうすればいいのでしょうか?」


「これは僕の私見ですが……、あなたはここから離れた方がいい。状況は刻々と変わっています。最終的にあなたを犯人に仕立てようとする動きが出てくるかもしれない」


「ふふ……。まるでトランプのババ抜きみたいですね」


 マーブさんは笑う。


「わかりました。アドバイスに従いたいと思います」


 そして僕たちは屋敷を後にした。

 数奇なもので彼女とはまた再会することになるのだが、それはまた別の話になる。



 ◆◇◆◇◆



 ガチャリ……。


 屋敷の扉に鍵をかけると、マーブは大きな屋敷を1度仰いだ。

 働いて、3年ほどか。

 さほど長いというわけでもない。

 だからなのか、特に哀愁のようなものを感じることはなかった。


 この国では多くの獣人が路頭に迷っている。

 その中で自分は、それなりの生活ができた。

 勿論苦労もあったし、エルフの汚い部分から目を背けなければならないこともあった。


 理不尽に同胞が処分されるところを、心を殺してみていたこともある。


 辛いのか、嬉しいのか。

 自分でもよくわからない3年間だった。


 そもそも自分には目的意識がない。


 ある程度のことはできた。

 でも、特にやりたいことでもないので、ある程度のレベルで止まってしまう。

 そんなことの繰り返しだった。


 だが、事件によってそこで得たある程度の地位が失われた。


 失望感はない。

 どうせある程度のことは、すぐにできる自信があるからだ。


 ただ――。


 何をしたいか。

 それを考える方が、よっぽど頭が痛かった。


「よぉ!」


 いきなり声をかけられ、マーブは慌てて振り返った。

 見慣れない灰狼族と白猫族が立っている。

 神都に住む違法な“外民げみん”であることは、身なりですぐわかった。


「あなたたちは?」


「行くところがないんやったら、世話してやってもいい。もう神都の中で、仕事を見つけるのは大変やろ?」


「あなたたち、神都を騒がしてる泥棒でしょ?」


「ほう。よくわかったな」


「土蔵に入ったでしょ。今のあなたたちの匂いが残ってたわよ」


 マーブは「はあ」と息を吐く。


 その言葉を聞いて、灰狼族の方は「かっかっかっ」と笑った。


「せや。わいらは大泥棒――――は、仮の姿や。ちょっと駒を探しててな。どや? わいらに協力せえへんか?」


「泥棒のお手伝い?」


「ま――――。似たようなものね」


 白猫の方が言う。


「どアホ! わいらには崇高な使命があるねん」


「泥棒がいってもね」


「確かに」


 マーブの言葉に、白猫族は「にししし」と笑って同意する。


「笑うな、リッピー!! で――――どうするんや?」


「いいわ。……特に何かやりたいわけでもないし」


 そう言って、マーブは薄く笑うのだった。



 ◆◇◆◇◆



「すごいなあ、ユーリくん。まるで探偵だ」


 屋敷から宿に帰る道すがら、僕は思わぬ称賛を受けてしまった。

 横でアストリアが目を丸くしている。


「たまたまですよ。なんかこう――頭の中の思考の鍵が外れたっていうか。そしたら、急に情報が整理できたんです」


「まさかそれも、鍵魔法だとは言わないよな?」


「そ、そそそそそんなわけないじゃないですか。そこまで鍵魔法は万能じゃないですよ」


 実はこれは冗談ではなかった。

 鍵魔法によって、僕は自然に脳の能力を【解放リリース】することによって、その力を最大限に引き出していたらしい。


 まあ、それはまたこの先において、気付くことになるのだけど、その時の僕には冗談のようにしか思えなかった。


「何をともあれだ」


 アストリアはそっと僕に近づく。

 腕を組み、少し僕の方に胸を押しつけると、そっと囁いた。


「かっこよかったぞ、ユーリ」


 僕の顔が真っ赤になったことは、言うまでもないことだろう。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


明日はシュバイセル回。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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