第71話 鍵師探偵

 僕たちが泥棒を追っていた最中、1つの事件が起こる。

 レッペンネンという“小臣ことど”が何者かに殺されたのだ。

 現場は荒らされ、レッペンネンの金庫は空になっていたという。


 捜査に当たった衛兵は、押し入った泥棒に殺されたと判断。

 兵の数を増やして、犯人を今も探している。


「わいらやない!」


 闇夜に吠えたのは、ロクセルという獣人だった。

 興奮したのか、巻いた襤褸布の中から鋭い牙が見える。

 ついには、くるくると襤褸布を解いてしまった。

 布を地面に叩きつけると、灰色の獣毛を持つ狼頭が現れた。


「あれは、わいらやない! 誰かがわいらに濡れ衣を着せたんや!」


「ちょ! ロクセル! 興奮するのはいいけど、何も正体を表す必要なんてないやないの!」


「心配せんでええ……。こいつらは、官吏の手下でも、殺し屋でもない。ギルドに雇われた冒険者やろ」


 ロクセルはちょっと自慢するように鼻を動かす。


「冒険者? 冒険者がなんでダンジョンやなくて、こんな“小臣ことど”の屋敷におんのや?」


「知らんわ。向こうに訊け、リッピー」


 リッピーという獣人は、「もう」とため息を吐く。

 ロクセルと同じく布を叩きつけると、現れたのは猫の顔だった。


「灰狼族と、白猫族か……」


「そういうあんたは何者だ?」


「アストリア……。冒険者だ」


「ユーリです」


「わいらを捕まえにきたという感じやないな? さっきの斬り合いも、わいを試してるみたいやった」


 ロクセルは目を細める。


「いや、お前たちを捕まえたかったのは本当だ」


「なっ――――!!」


「プ――――クスクス! だっさ! ドヤ顔決めて、外すのださいわー」


「うるせぇ、リッピー。鍋にして食ったるぞ!」


 ロクセルは顔を赤くして、怒鳴った。

 どうでもいいけど、この2人……。

 全然緊張感がないな。


 いつでも逃げられると思っているのだろうか。


「盗みを働いたのは事実だ。だが、悪人に濡れ衣を着せたとあれば、その悪人を裁くのも道理だ。故に、協力してほしい」


「協力?」


「あなたたちは、レッペンネン小臣ことどの屋敷に侵入したんですか?」


「ちょっと待て。その前に確認しておきたいことがある。あんたら、本当にわいらがやっていないって思ってるンか?」


 ロクセルは僕たちを睨む。


「思っている。話を聞く限り、レッペンネンの死因は背中をナイフで突き刺されたことによる失血死だ。獰猛な爪や牙を持つお前たちが、わざわざナイフを使ったのはあまりに不自然すぎる。それに当主の部屋が荒らされているというのもおかしい。お前たちが主に狙っていたのは、屋敷から離れた土蔵や離れだ。その時に限って、当主の部屋が荒らされていたのは、どう考えてもおかしい」


 まるで探偵アストリアだな。

 僕は横で訊いていて、瞠目する。

 衛兵から聞き込みで、ここまでわかるとは。

 S級冒険者って、洞察力も優れていないとダメなのだろうか。


「なるほどな。……ま。うちらが犯人やと頭から決めつけてるなら、もっとがっついてくるんちゃうか? うちは信じたってもええで」


「猫は気まぐれやなぁ」


「狼が慎重すぎるんや。あんたが言わなんだら、うちが話してもええけど」


 やれやれ、ロクセルは耳の裏を掻く。


 やがてロクセルは白状した。


「あの日……。わいらもそのレッペンネンっていう小臣ことどの屋敷におってん。今回と同じや。財宝をようさんため込んでるって聞いてな。それで土蔵を開けてみたら、金目のもんはほとんどない。他層で書かれた政治の本ばっかりやった」


 そこでロクセルは担がれたと判断した。

 罠だと思って、慌てて土蔵を出たら屋敷の中から悲鳴が聞こえた。

 ロクセルは物陰に隠れて様子を伺っていると、黒い影が飛び出していくのが見えたという。


「あれは多分プロだな。わいらが土蔵に入った時には気配はなかった。その間に、当主を殺し、部屋を荒らして強盗に見せかけるなんてプロの犯行としか思えられん」


「…………」


 アストリアは腕を組んで考え込む。


「どうした? 冒険者の嬢ちゃん」


「本当にプロの犯行なのかと思ってな」


「どういうことだ?」


「刺し傷が複数箇所あったのだ。前に1カ所。背中に3カ所な」


「それはおかしいな……」


 ロクセルは目を細めた。


「プロなら急所を外さないはずや。4カ所も穴を空けるなんて珍しい」


「プロの犯行に見せかけないための偽装では?」


 僕が言うと、ロクセルは首を振った。


「どうだかな? プロの中には、殺しに美学を求めるヤツもいる。素人っぽい殺し方をして、評判下げるのをイヤがるンや。依頼主にはそういうこだわりがわからんからな」


「疑い出したりしたら、キリがないってことやね」


 リッチーはお手上げと、肉級を上にして見せた。


「わかった。協力する。その代わりや」


「お前たちを見逃せか?」


「そんなもんいらん。わいら、勝手に逃げるよって」


 事も無げにいう。

 確かに獣人が本気になれば、普通の人間では追いつけない。

 身体能力が違いすぎるからだ。


 アストリアでも追いつけるかどうかといったところだろう。


「うちらを、そのレッペンネンの屋敷に入れてくれ。1発で犯人を当てちゃる」





 次の日。

 僕とアストリアは、レッペンネンの屋敷を訪れた。

 当主の名前はラングド・レッペンネン。

 “小臣ことど”とはいえ、文化省における重要なポストを任されていて、宮廷でも非常に強い権力を持った人物らしい。


 カーリンさん曰く、とても努力家で、温厚な人だったらしい。

 神仙術の才能はあまりなかったようだけど、つかさから小臣ことどにまでのし上がった叩き上げらしい。


 暗殺されるようなエルフではない、とのことだったけど……、宮廷では今色々とあるようだ。

 ただ宮廷のことになると、カーリンさんは何も教えてくれてなかった。


 もしかして迷惑をかけるかもしれないから――だそうだ。


 そのカーリンさんの頼って、僕たちは“小臣ことど”の屋敷に入れることができた。

 冠位十二階グランド・トゥエルブの法律では、たとえ“つかさ”でも許しなく入ることは許されないのだ。


 対応したのは当主の家族ではない。

 ここで給仕として働く“しもべ”野兎族の女性だった。

 名前をマーブと言った。


 厳密には亜人あじんと言われる獣族の彼女は、頭に大きな耳を生やし、お尻には尻尾がついている。

 それ以外は人間とさほど変わらない姿をしていた。


「こちらです」


 淡々と案内するマーブさんだったが、何か悲壮感が漂っていた。

 顔色も悪い。

 時折、俯いては顔を上げるような動作を繰り返す。


 僕たちは当主の部屋に通される。

 衛兵から現場の保持を頼まれているのだろう。

 まだ犯人の荒らした部屋がそのまま残っていた。


 今のところ、衛兵と家族、そして僕たちしか入ったことがないのだという。


 するとマーブさんは突如固まった。

 長い耳をピクリと動かす。


「どうしました、マーブさん?」


「いえ。……おそらく鼠でしょう」


 マーブさんは現場の保持を僕たちに約束させると、仕事があるのでということで、そそくさと部屋を出ていった。


 僕たちとしては、当主たちの目がないのは幸いだ。

 アストリアが部屋の窓を開けると、ロクセルとリッピーが滑り込んでくる。


「白昼堂々、よく屋敷に忍び込めましたね」


「ここの警備がざる過ぎるんや。まあ、あの給仕の野兎族には気付かれたかもしれないけど……。とにかく、ゆっくりやらせてもらうわ。どうやら、この屋敷。あの給仕しかいないみたいやしな」


 そう言って、ロクセルは手を床につける。

 まるで蜘蛛のような腹這いの姿勢になると、狼の鼻で何やら匂いを嗅ぎ始めた。

 一通り、部屋の中を嗅ぎまくる。


 5分ほどかけると、ロクセルはお腹の辺り払いながら、立ち上がった。


「なるほどな。こいつは厄介だ」


 ロクセルは頭の上に載せていたハンチング帽を深く被り直す。

 しばらく天井を仰いだ。


「何かわかったんですか?」


「わかったような。……わかってやれヽヽヽヽヽヽないようあヽヽヽヽヽ


「それは、どういう……」


「悪いなあ、お前さん方。協力は取消や」


「はっ?」


「じゃあな、アストリア、坊主」


 風のようにロクセルが飛び出していく。


「ちょ! ロクセル! いきなり何よ! おいてかないでよ!!」


 その後にリッピーさんも続き、入ってきた部屋の窓から出ていってしまった。


 いきなりどういうことだろう。

 まるで何か不味いことを知って出ていったみたいな……。



 その瞬間、僕の頭の中でカチャリと鍵を開けたような音がした。



「あ。……そうか」


「ん? どうした、ユーリ?」


「わかったかもしません」


 僕は部屋の状況と、ロクセルさんが出ていった窓を交互に見つめている。

 そしてベッドに付近に付着した大量の血痕。

 さらに頭の中で情報が飛び交っていく。


 そして最後に1つ頷いた。


「なるほど。やはりそういうことか」


 その時、僕は事件を解く鍵を【開けリリース】した。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


探偵なのか、鍵師なのか。

コ●ンくんの扉を開けているのは、ユーリに違いない。


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