第70話 義賊登場

 ハーレイさんからもらった依頼は2つだ。

 1つめは迷子の馬を探してほしいというものだった。

 猫ならぬ、馬である。


 馬なら目立つから、すぐに探せると思ったのだけど、これがなかなか見つからない。

 馬商や王都の乗合馬車を回ったが、全く情報がなく、馬が1人で散歩する姿もなかった。

 不思議だったのは、その依頼主であるエルフが同行したことである。


 カーリンさんと言って、身なりの整った“小臣ことど”だった。

 シュバイセルと同じ階位とは思えないほど物腰が柔らかく、澄んだ翠色の目が印象的な初老のエルフだった。


 そんな時、カーリンさんが神都の外にあるダンジョンに馬が入っていくのを目撃した人を見つけた、と言い始めた。

 だが、それはおかしい。

 馬は基本的に魔物を怖がる。

 ダンジョンの臭気にすら敏感で近づこうともしないはずだ。


 そこに気付いた僕は、カーリンさんに詰め寄った。


「カーリンさん、1つ確認させてください。あなたが探している馬は、あなたの身の回りを世話している“しもべ”――――つまり、獣人なのではないですか?」


 僕の指摘は当たった。

 カーリンさんが探してほしかったのは、本物の馬ではない。

 屋敷で働いている“しもべ”の馬頭族を探してほしかったのだ。


 それを馬と申請してしまったのは、“小臣ことど”が獣人を探しているなど、外聞が悪く、言い出せなかったのだという。


 結局馬頭族のオウリムさんはダンジョンで見つかった。

 カーリンさんの大事な皿を割ってしまい、怖くて逃げ出し、気が付いたらダンジョンに迷い込んで帰れなくなってしまったという。


 オウリムさんは死罪を覚悟していた。

 旦那様の大事な皿を割った上に、心配までかけてしまったのだ。


「こうなれば、馬肉となって謝罪させていただきます。お口に合うかどうかわかりませんが、どうぞご賞味くださいいいいいいいいいいいい!!」


 自分の腹を捌こうとまでした。

 だが、カーリンさんの反応は違った。


 そっとオウリムさんを抱きしめたのだ。


「良かった……。本当に生きていてくれて、良かった」


 涙を流して喜んだ。

 結果、オウリムさんに何の咎めはなく、2人は屋敷に帰っていった。

 足腰の悪いカーリンさんが、オウリムさんに負ぶされている姿は、どこか可愛らしく、そしていい雰囲気に思えた。


「獣人とエルフにも、ああいう取り合わせがあるのだな」


 あの2人の姿を見て、1番驚いていたのは、他でもないエルフのアストリアだった。


「そうですね」


 冠位十二階グランド・トゥエルブは悪法だと思う。

 でも、だからと言ってすべての獣人が不幸というわけじゃない。

 オウリムさんが“しもべ”じゃなければ、もしかしたらカーリンさんに出会えなかったかもしれない。


 2人を見ながら、僕たちは色んなことを考えた。



 ◆◇◆◇◆



 2つめの依頼は、泥棒を捕まえてくれ、というものだった。

 最近、神都では神出鬼没の泥棒が“大臣おとど”や“小臣ことど”の屋敷を中心に、盗みを働いていた。

 神都の見回り組や、“大臣おとど”など私兵を募って、捕まえようとしたが、その所在すら掴めていないという始末だった。


 一方で、泥棒は市井の中では好意的に受け止められていた。

 獣人だけじゃなくて、神都に住む“ぴん”ですら、この泥棒を義賊と呼んでいた。

 どうやら宮廷で働く“大臣おとど”や“小臣ことど”の専横は、他の市民たちも目に余るものらしい。


 おそらくシュバイセルがやったようなことは、僕たち冒険者だけではなく、“ぴん”の市民にもあるのだろう。


 とはいえ、盗みは犯罪だ。

 捕まえれば、“大臣おとど”の覚えもよくなるかもしれない。

 そういう打算もあって、僕たちは依頼を受けることにした。


 僕とアストリアは、カーリンさんに協力してもらって、屋敷を見張らせてもらった。

 あらかじめ、悪い噂や財をため込んでいるという噂を流して。

 カーリンさんはとてもいい人なので、気が引けたけどね。


 時間がかかると思ったけど、意外なことに泥棒はその日にやってきた。


 カーリンさんの土蔵に忍び込んだところを、僕たちは押さえる。


「観念しろ」


 アストリアはショートソードの切っ先を向ける。

 泥棒は2人。

 黒い襤褸布をグルグル巻きにして、目だけを出している。

 まるで黒いミイラみたいだ。


 だが、剣を突き付けられても、泥棒は怯まなかった。

 むしろ出入り口に立っていた僕たちの方に突っ込んでくる。

 手を伸ばすと、黒い襤褸布が弾け飛ぶ。

 伸ばした手の先から現れたのは、鋭い爪だった。


「まさか獣人!!」


 僕は驚いたが、アストリアは冷静だ。

 剣を構え、冷静に爪を捌く。

 連続して剣戟の音が響いた。


 よく見ると顔を隠した襤褸布の隙間から牙のようなものが見える。

 間違いない。

 獣人だ。


 その動きは速い。

 粗野で雑な動きだけど、アストリアがわずかばかり押されていた。


 2人の戦いを僕は見守る――――とはいかない。


 その隙とばかりに、土蔵にある狭い通気口から脱出しようとしているもう1人の獣人の姿があった。

 ぬるりと通気口の中に入っていく。

 まるでスライムみたいだ。


 僕は慌てて回り込む。

 通気口から出てきたところを捕まえようとした。


「全身――――」


 シャッ!!


 先ほどと同じく黒い襤褸布から爪が伸びる。

 落ちてくる瞬間、僕に向けて振るった。

 僕はナイフを取り出す。

 闇夜で光る爪の筋に向けて、ナイフを構えた。


 キィン!


 甲高く、硬質な音が響く。

 硬い。

 獣人の爪って、ナイフに負けないのか。


 さらに連続で振るってくる。

 僕はなんとかナイフで対応した。

 振りは速いけど、無駄が多い。

 アストリアの洗練された振りに比べれば、わずかに遅い。


「シャアアアアアアアア!!」


 泥棒は一旦退き、威嚇する。

 その声に一瞬、僕は怯んでしまった。

 追撃のチャンスを逃してしまう。


 アストリアと相手をしていた泥棒は、割と筋肉質な感じだった。

 こっちは反対。

 どっちかというスレンダーで、しなやかな印象だ。


 目の前の泥棒は身を屈める。


 来る――――と思った直後、土蔵の壁が弾け飛んだ。

 現れたのは、先ほどのマッチョな方である。

 続いてアストリアがやってきて、僕の横に並んだ。


「怪我はないか、ユーリ」


「大丈夫です」


 僕は頷く。


 一方、向こうは仲間割れしていた。


「アホぉ! だから言うたやないか、ロクセル! 罠やって!!」


「アホはお前や! エルフの前で名前出すなや、リッピー」


「あんたかて言うてるやんか!! アホ!!」


「アホ、アホ言い過ぎやねん! アホ!!」


 なんかとってもグダグダだ。

 これが神都を震撼させ、宮廷を煙に巻いていた泥棒だと思うと、ちょっと疑問に思ってしまう。

 そもそもこの2人、本物なのだろうか。


「お前たち、獣人だな」


 アストリアが武器を下ろさず、質問した。


「そ、そんなわけないやろ!」


「そ、そうやんか~。うちら、とってもキュートなエルフやで~」


 いや、その爪全然隠せてないから。

 今さら白を切られても、逆にこっちの方が反応に困るよ。


 するとアストリアは前に進み出た。


「お前たちに聞きたいことがある」


「「あん?」」



 レッペンネン“小臣ことど”を殺したのは、お前たちか?



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


ちょっと獣人のお話になります。

こんな世界なのね、という一助になれば……。


ちなみに「シュバイ“ゼ”ル」って間違って打ったら、

「終売ぜる」って変換させれて、なんか面白いなって思ったので、

たまに「終売ぜる」ってなってても、気にしないで下さい。

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