第69話 シュバイセル

「シュバイセル・ミグロスか……。厄介なヤツに目を付けられたな」


 鋭い眼差しを遠くの空へと向けたのは、アストリアの父オルロだった。

 手には、子どもの手の平よりも小さな酒杯。

 テーブルには森で取れた幸をふんだんに盛り込んだ鍋が、湯気を吐いていた。


 水菜に、ふき、蕨生、さらには数種類の茸。

 そこに鶏の肉を丸めた団子と、その鶏ガラで取ったスープが入っている。

 まさに森の幸が詰め込んだ山菜鍋だ。


 それを麦飯と一緒にいただく。

 山菜はシャキッとしていて食感がいい。

 スープとの相性も申し分ない。

 第2層特産のカリビヤどりの肉団子は、とても濃厚な風味があり、噛むとふわりとコクのある味が口内に広がっていった。

 それと麦飯を一緒に掻き込むと、肉団子からしみ出す独特の甘みと絡み、柄も言えぬ幸福感が胃の奥からせり上がってきた。


 次々と消えていく鍋の具材。

 アストリアの両親は揃って僕の食欲に感心していたが、これには理由がある。

 2人の目を盗み、鍋にニュッと伸ばす細い腕があった。


 そう。

 サリアだ。


 美味しそうな鍋に耐えきれず、2人の目を盗んではつまみ食いしていた。

 その食欲は僕以上だ。


 しばらく談笑が続き、宴もたけなわとなった頃、第2層で出会ったシュバイセルの話になった。


「私も初めて聞く名前なのですが……。そんなに厄介な“小臣ことど”なのですか?」


 アストリアが質問する。

 オルロは酒杯を置いて、腕を組んだ。


「兵武省で台頭してきた切れ者だ。兵武省統括の“大臣おとど”グラリオン・ラバラケルの直属の部下だな」


「グラリオン殿の……」


「どういう人なの?」


 僕が尋ねると、アストリアは眉間に皺を寄せた。


「簡単に言えば、ドラヴァンと似た男だよ。面の皮が厚く、武ではなく、金の力で成り上がった“大臣おとど”だ」


「おいおい、アストリア。気持ちはわかるが、グラリオン殿は儂の上司でもある。おいそれと批判を口にするものではないぞ」


「ですが、あの者のせいで、父は――――いえ。なんでもありません」


「この年で平の役人か……。父は別に気にしてはおらんぞ。まあ、儂がこう無欲故にお前や、儂についてきた部下に迷惑をかけたかもしれぬが……」


「無欲? 他の部分で強欲だったからではないですか、あ・な・た」


 ロザンナさんがお酌する。

 その顔は笑っていたが、どこか冷たかった。


 オルロは気まずそうにこめかみを掻く。

 どうやら出世できなった理由は、他にもあるようだ。


「しかし、まさかここでシュバイセルの名前が出てくるとはな」


「他にも何かあるのですか?」


 アストリアはやや興奮気味に尋ねる。

 少し諫めるように口を挟んだのは、ロザンナさんだった。


「『獣狩り』という言葉を市中で聞きませんでしたか?」


 と問われ、僕は頭を振った。


「シュバイセルのことだ。……アストリアよ。久しぶりに神都を見てみて、気付いたことはあるか?」


「はい。以前よりも獣人族の姿が少なくなったような気がします」


「うむ。それもシュバイセルが兵武省の見回り組の長になってからだ。ヤツは強引な手法を使って、この神都から獣人族を一掃しようとしている。いや、神都だけではない。第2層からすべて獣人族を排除するのが、ヤツらの目的だ」


 それを聞いて、アストリアの顔色が変わった。

 膝に置いた手をギュッと握る。

 あの時と似ている。

 ドラヴァンに詰め寄った時のアストリアの顔だ。


「違法に王都に住み着いている『外民げみん』や『こり』だけではない。神都に住むことが許されている『亜獣あじゅう』や、裕福な『ぴん』に仕える『しもべ』たちですら、ヤツは処罰している。強引な方法でな」


「それじゃあ……。獣人を見なかったのって」


「怖くて外に出られんのさ。『しもべ』を雇っている『ぴん』すらも震え上がっている始末でな」


「誰も何も言わないのですか?」


 アストリアの口調はキツい。

 まるで責めるように、オルロを睨んだ。


「皆、シュバイセルが怖いわけではない。後ろに控えるグラリオンが怖いのだ。ヤツは神王国5万人の軍隊を束ねる長にして、大臣おとどだ。彼に物を申すことができるのは、おおきみぐらいしかない」


「確かおおきみの上にも、位階がありましたよね」


 素朴な疑問をぶつけてみる。


神和かんなぎは、神職といって基本的に政治に口出すことはできないんだ。口を出すことができるのは、しんからのお告げをもらった時だけだな」


 アストリアが説明する。


 オルロはぐっと杯の中の酒を飲み干し、喉を潤した。

 酒に強いのだろう。

 ほんのりと肌が桜色になった以外、特に変わったところはなかった。


「それも本当かどうかわからぬ。神職方も所詮は人の身だ。金をちらつかせれば、心が動くこともあり得る」


「結局、あなたが一番、上の方を批判しているように聞こえますけど」


 空いた杯に酒を注ぎながら、ロザンナさんは忠告した。

 1本取られたとばかりに、オルロは頭を叩く。


「まあ、ともかく……。シュバイセルには極力近づくなってことだ」


 オルロは話を締める。

 さすがに空気が悪くなってしまったことを謝罪するように、陽気な声を上げた。


 僕はホッと胸を撫で下ろす。

 だが、すでにオルロの忠告が遅かったことは、数日後――ギルドで知ることになる。



 ◆◇◆◇◆



「え? 不許可?」


 僕は第2層の神都にあるギルドで声を上げた。

 隣に立ったアストリアも口を開き、驚いている。


 第2層にやってきて、5日が経った。

 僕はアストリアの実家を拠点にしながら、ダンジョンへ潜って順調に実績を上げていっていた。

 すでに巨大オークを討ち取った時点で、第3層への通行許可と、僕のD級への昇級要望書を出していたのだが、その回答が先ほど返ってきた。


 その答えが「不許可」だったのだ。


「どういうことだ、ハーレイ」


 アストリアは少しキツい口調で詰め寄る。

 だが、ハーレイさんは心底困った顔を浮かべて、頭を下げた。


「すみません。不許可の理由を申し上げることはギルド規定でできません。ただ私自身も信じられないです。ユーリさんの実績は十分、書類も完璧だったはずなのに」


「なら、何故?」


 アストリアは顎に手を当て、黙考する。


「おかしいのは、何故かユーリさんだけが不許可になっていることです。他の冒険者は許可が出ているのに……」


「これは明らかに嫌がらせだな」


「まさか……。シュバイセル…………」


 僕は数日前にオルロから聞いた言葉を思い出していた。


 アストリアは小さく頷く。


「確証はないがな。兵武省からギルドに圧力をかけた可能性はある」


「そんなことできるんですか?」


「残念ながらできるかもしれません」


 認めたのは、ハーレイさんだった。


「私も詳しくはしりませんが、ギルドの上の人たちと、兵武省の小臣ことど以上の身分の人が、一緒にお酒を飲み交わしている現場の目撃例が結構あるんです」


「ずぶずぶじゃないですか。ギルドって、一応独立した組織ですよね」


「はい。ですが、ギルドもまた国の一部です。国があるからこそ成り立つので」


「なるほどな」


 アストリアは眉間に皺を寄せて、腕を組む。

 腕を組んでいないと、そのまま手が出そうだ。

 それほど、アストリアは怒っていた。


 それを察してかハーレイさんは、もう1度頭を下げる。


「すみません。お詫びというわけではないのですが、私の方でもできる限り、調査してみます。外部の方にお話するわけにはいかないですが、内部のものであれば理由を教えてくれるかもしれないので」


「お願いします。……ああ、でもハーレイさんの立場が悪くなるようなことはしないで下さい」


「はい。ありがとうございます」


 3度ハーレイさんは頭を下げ、ギルドを出ていく僕たちを見送った。


 最初に地面の砂を蹴ったのは、アストリアだ。


「権力を使って、一個人を攻撃するなど。やってることは子どもの悪戯以下だ。だから嫌いなんだ」


「この国がってこと? それがアストリアが国を出て、冒険者になった理由」


「半分はそれだな。今もそうだが、この国は私にとってはあまりに息苦しかった」


 群青色の空を見上げる。

 透き通るような空なのに、アストリアにとっては辛いことや納得行かないことの方が多かったのだろう。


 さて、僕はどうだろうか。

 まだ実感が沸かない。

 冠位十二階グランド・トゥエルブと言われても、貴族と平民、あるいは奴隷ぐらいの違いと変わらないと思っている。


 それとも、アストリアからすれば違うのだろうか。


「まあ、愚痴を言っても仕方がない。ハーレイからいくつか依頼をもらった。地道にこなしていって、実績を積み重ねていけば、宮廷も黙ってはいまい」


「そうですね。誰かが見ていてくれることを信じましょう」


 僕たちは再び走り始めた。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


覚えとけよ、シュバイセル!

次回は獣人のお話になります!


ここまで読んでいかがでしたか?

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よろしくお願いします。

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