第2部

第58話 ダンジョンにて……

早速、第二部の始まりです。

楽しんでいただければ幸いです。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


 そこは第2層と第3層の間にあるダンジョンだった。

 第1層と第2層の間にあったダンジョンとは、景色から違う。

 第2層『森宮』テネグは、名の通り緑豊かな森が広がる層。

 一方、第3層『裏海』ジーは国土の7割が海に覆われた層である。


 緑豊かな層から運ばれる植物の胞子と、海からもたらされるその恵み、さらにダンジョンという特殊環境は、独特な生態系を生み出し、ダンジョンの中は海草のような植物に溢れ返っていた。


 有り体に言えば、鬱蒼としていて、視界が悪い。

 ダンジョンの中なのに、まるで密林を歩いているかのようだった。


 その中で、僕たちは戦っている。


「来るぞ、ユーリ!」


 アストリアの声がダンジョンに響く。

 ジジジ、とひどく耳障りな音が耳朶を打った。

 僕が振り返ると、そこにいたのは大きな蛇だ。


 太い樹木でもそのまま飲み込めそうな厚さがある体躯。

 頭の部分だけは翼を広げたように平たく、鋭い牙から毒液を滴らせ、ダンジョンの地面を溶かしていた。

 虹彩のない濁った瞳は、今僕に向けられている。


 このダンジョンに生息するヒドラスネークだ。

 ここに来る前にギルドの情報で聞いていたけど、思ったよりも大きい。

 第2層と第3層にあるダンジョンにある植物は、栄養源が豊富だと聞いた。

 だから、まだ魔力が薄い方である第2層下にあるダンジョンの魔物でも、大型化する傾向にあるという。


 僕はナイフを構えた。

 ヒドラスネークは僕が戦闘状態に入るのを待ってくれていたのか。

 ナイフを構えた瞬間、襲いかかってくる。


「気を付けろ、坊主!」

「そいつは、毒があるぞ!!」


 叫んだのは、同じ討伐クエストを受けた冒険者たちだった。

 僕やアストリア以外も、密林の奥から襲いかかってくる魔物に対応している。


「はい! でも、大丈夫です。片腕――――」



 【閉めろロック】!!



 僕はナイフを持ち帰る。

 鍵魔法をかけた左腕を前に出した。

 その瞬間、ヒドラスネークの凶牙が襲いかかる。

 狙い通り、伸ばした左手に食いついた。


 ガキッ!!


 思いっきり噛んで来たらしい。

 甲高い音が戦場に鳴り響く。

 それを見て、他の冒険者がざわりとどよめいた。

 「坊主!」と悲鳴じみた声を上げる冒険者もいる。


 だが、直後ダンジョンの空を切り、樹木に刺さったのは、ヒドラスネークの牙だ。

 僕が【閉めろロック】した腕は、ヒドラスネークの牙の硬度を軽々と超えていた。


 この結果は僕が予想した通りだ。

 片手を餌に誘い込んだのである。


 僕は持っていたナイフを振るう。

 巨大なヒドラスネークを切断する膂力は、僕も持ち合わせていない。

 ……分解する能力はあるけど、さすがにここで魔力を使い切るわけにはいかなかった。


 だから――。


 僕はすかさずヒドラスネークの目にナイフを振り下ろす。

 柔らかな眼球であれば、僕でも傷つけることが可能だ。


『ジジジジジジィィィィィィィィィィィイイイイイイ!!』


 ヒドラスネークは奇妙な鳴き声で、悲鳴を上げる。

 僕から離れると、天を仰ぐように身を引いた。


「怯んだ!!」

「今だ!!」


 ここぞとばかりに、冒険者たちがヒドラスネークに襲いかかる。

 だが、それよりも早く反応していた冒険者がいた。


 アストリアだ。


 ショートソードに付着した魔物の血を払い、ダンジョンの中を風のように駆け抜ける。

 ヒドラスネークの前に躍り出ると、ポンと空気の壁を叩くように跳躍した。


「おおおおおおおおおおお!!」


 美しい銀髪が一振りの剣のように揺れる。

 ヒドラスネークを袈裟に切り裂いた。


 次の瞬間、ヒドラスネークの太い胴体は真っ二つに割れる。

 どぉ、と地面に音を立てて倒れた。

 しかし、魔物は生きている。

 もんどり打つと言うよりは、もはや地面の上で暴れ回っていた。


「ユーリ!」


「はい!!」


「頭――――」



 【照準ロック】!



 僕は大きく振りかぶる。

 持っていたのは、鉄の棒だ。

 それを思いっきり投げた。


 ヒドラスネークの頭を貫く。

 見事、急所を射抜くと、暴れ回っていた頭は停止する。

 同時にビクビクと動いていた尾の部分も、やがて動きを止めた。


「「「「おおおおおおおおおおお!!」」」」


 声を上げたのは、冒険者たちだ。

 周囲にいた比較的小型の魔物が逃げていく。

 ヒドラスネークを倒されたことで、危険を察知したのだろう。


 代わりに僕の周りに集まってきたのは、冒険者たちだ。


「やるじゃねぇか、坊主」

「S級の支援があったとはいえ、あんな戦いができるとはな」

「なあ、うちのパーティーに来ないか?」

「あ! それ今うちが言おうとしていたのに」


 頭を撫で回す手は荒っぽいけど、言葉は温かい。

 素直に僕の戦果を褒めてくれた。

 僕はムズムズしてしまう。

 こうやって直接褒められるのに、あまり慣れていないのだ。


 そんな僕の所に、アストリアがやってくる。

 ショートソードを鞘に収めながらだ。


「ユーリ、2点確認だ」


「は、はい」


「1つ目、最初に【閉めろロック】でヒドラスネークを止めなかった理由は?」


「相手は巨大な魔物なので、冒険者が丸飲みしている可能性があります。その腹の中に、『守護印アミュレット』があれば、いくら僕の鍵魔法でも動き止められません。そのリスクを考えました」


「では、ヒドラスネークの初撃で、己の全身を【閉めろロック】しなかったのは?」


「全身を【閉めろロック】してしまうと、後が動けません。またそのまま飲み込まれる可能性があります。【閉めろロック】をしてる限り、胃液で溶かされることはないですが、単独で脱出は難しくなります」


 僕は冷静に答えた。


「正解だ。腕を上げたな、ユーリ」


 アストリアはしばし沈黙した後、破顔する。

 全く嫌味のない、素直な笑顔にまた僕は見惚れてしまう。

 それは最高の褒め言葉とともに、最高のご褒美でもあった。


 そしてアストリアと目が合う。

 その瞬間、アストリアの特徴的な長耳が桜色に色づくのが見えた。


「ヒューヒュー! 熱いね、お二人さん」

「結婚しちまえ!」

「リア充爆発しろ!!」


 そこで外野ぼうけんしゃの存在に気付く。

 こっちはニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべて、僕たちを見守っていた


「こ、これはその――――」


 ズンッ!!


 その瞬間、ダンジョンが震えた。

 地震かと思ったがそうではない。

 遠くで樹木がなぎ倒されたような音がする。


 先ほどまで、どこか陶然としていたアストリアの目つきが変わった。

 鞘に収めた剣の柄に手をかけ、西の方角を見つめる。


「どうやら、お目当てが動き出したらしい」


「はい……」


 今回のクエストの最終目標。


 それが巨大オーク戦の始まりだった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


冒険者らしいことをしていきますよ。


本日はここまで。

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