第57話 そして、深奥へ……
第1部完結です。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
最後まで楽しんでいただければ幸いです。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
馬車が止まった。
目的の場所に到着したらしい。
冒険者たちが三々五々と馬車を降りていく。
アストリアもその1人だ。
幌から飛び降りる。
第1層ではなじみ深い、ダンジョンの入口を見つめた。
少し陽が高くなっている。
アストリアは燦々と降り注ぐ日光を見ながら、しばしの別れを告げた。
やがてくるりと後ろを向く。
「ユーリ、いつまで寝ているんだ? 着いたぞ」
もそっと幌の奥でローブにくるまった人物が動く。
モソモソと動くと、青年の顔が現れた。
「あ。ごめん。今行くよ」
「まだ疲れがとれないのか? 昨晩、随分な歓待を受けていたようだが」
「歓待っていうかなあ。エイリナ姫のは、お説教というのだけど」
まだそのお説教の言葉が、耳に残っているらしい。
ユーリは耳を軽く撫でた。
昨晩遅くまで、エイリナ姫と積もる話を聞かされていたのだ。
「大丈夫か? なんなら1日ずらしても――」
「いや、行くよ。約束したからね。サリアやみんなと……。それにアストリアとも」
ユーリは幌を下りる。
少し寝ぼけた顔を自らの両手で張った。
気合いを入れ直し、ダンジョンの入口に視線を置く。
「また来ましたね」
「ああ……。なんだか1年ぶりに帰ってきたような気がするよ」
「それ……。僕がダンジョンから出た時にも思いました」
僕は笑うと、アストリアも手を押さえて目を細めた。
やがて僕の方に向き直り、真剣な眼差しでこう言った。
「ユーリ、ありがとう」
「え?」
「ギルドで君と別れた時、私は覚悟した。もう君は戻ってこないのではないか。また宮廷鍵師に戻るんじゃないかって。そう思っていた」
「…………」
「私はそれでいいと思った。君と一緒に戦ったからわかる。君は多くの人から愛されている。そして多くの人から必要とされるに値する力と心を持っている。私1人で独占していい人間じゃない、と……」
「アストリア、僕は――――」
ユーリが口を開いた。
だが、それを止めたのはアストリアだった。
「それでも君は私を選んでくれた。君を愛し、必要とする人たち説得して。本当にありがとう」
アストリアは頭を下げる。
ユーリは少し照れながら、鼻の頭を掻いた。
赤い顔のまま、ユーリは言葉を返す。
「感謝するのはこっちだよ。アストリアがいたからこそ、僕はここにいる。サリアのことも、魔力の発生源を突き止めることも重要だと思っているよ。君が僕を選んでくれたから、僕はここにいられるんだ」
ユーリ……。君をスカウトしたい……。
すべてはこの言葉から始まった。
この言葉がなければ、いやユーリがアストリアの仮面を壊さなければ、きっと彼と彼の家族は、今でも路頭に迷っていたかもしれない。
でも、2人は出会った。
そしてダンジョンへの最奥へと、再び旅立とうとしている。
「だが、驚いたよ。まさか第10層へ行き、魔力の源を解明するという話をあらかじめ聞いた時は……」
ユーリはあらかじめアストリアに、地下で何を話すか説明していた。
最初にアストリアに断るべきだと考えたからだ。
何より安心させたかった。
「ずっとアストリアの側にいることを、先に話しておきたかったから」
ユーリは言うと、アストリアは顔を伏せた。
「アストリア、また泣いてる?」
「君がそんなことを言うからだろ」
気が付けば、アストリアは泣いていた。
緑色の瞳からボロボロと涙が落ちている。
それでも、少女の顔は美しいままだ。
それを見ながら、ユーリは言った。
「アストリア、あなたが好きです」
アストリアは少し息を吸い込む。
涙を払い、少女は言った。
「ああ……。私も君が好きだ。大好きだ」
アストリアはユーリの胸に飛び込む。
ふわりと銀髪がなびき、陽の光を帯びてダイヤのように輝いた。
ユーリは驚きながらも、しっかりと受け止める。
柔らかく笑いながら、ユーリはアストリアの髪を撫でた。
「僕、頑張りますから……」
すると、ユーリの胸の中に顔を埋めていたアストリアは顔を上げる。
「君なら大丈夫さ。共に行こうダンジョンのし――――」
キャッ!!
突然、アストリアは小さく悲鳴を上げた。
ユーリの肩越しに、何かを見つけ、慌てた様子で離れる。
S級冒険者であるアストリアの顔がみるみる青くなっていくのを見て、ユーリは目を細めた。
アストリアの動揺は収まらない。
1歩、2歩と後ずさりしながら、「あれ……」と指差す。
ユーリは振り返る。
朝日で伸びる影の尖端に、何か人の顔のようなものが浮かんでいた。
よく見ると、プラチナブロンドの髪が陽の光でキラキラと輝いている。
その髪から黒く、そして鋭い角が伸び、紫色の瞳は好奇に歪んでいた。
「さ、サリア!!」
ユーリは素っ頓狂な声を上げる。
顔だけ出していたサリアは、ついにユーリの影から全身を露出させた。
「ど、どういうことだ、ユーリ?」
「いえ! ぼ、僕も知りません。王宮の地下にいるはずなのに」
「くっくっくっ……。先ほどまで愛を語らっていた2人が、早速仲間割れか。なかなか前途多難よなあ、ユーリよ」
「サリア、どうして?」
「簡単なことじゃ。我も付いていく」
「「はああああああああああああああああ!!」」
ユーリとアストリアは声を重ね、叫んだ。
「どうも待つというのは性に合わぬ。魔王としてもイメージも損なうしな。ならば、お主らと一緒に行った方が面白そうじゃと考えた」
「ちょ! 待ってよ、サリア! 君が地下からいなくなったら、魔力が……」
「大丈夫じゃ。あの貴族のボンボンが、そこら中に我の魔力をばらまいてくれたおかげで、第1層の魔力は今満ち満ちておる。しばらくは保つであろう」
「しばらくっていつぐらい?」
「案ずるな、1年は硬い。ならば、問題なかろう。お主らが、諸々解決するには十分な時間だと思うが……」
「た、確かにそうだけど……」
ユーリは不安そうな表情を見せる。
そのユーリの胸倉をサリアは掴んでみせると、そっち耳打ちした。
「案ずるな、ユーリよ。我はお前の影に控えておる。お主らの婚前旅行を邪魔する気はないぞ」
「婚……! 前……!!」
「そなたらが、接吻しようが、乳繰り合おうが、我は邪魔をせぬ。存分にやるがよい。草場の陰から見守ってやろう。くかかかかか!」
「さ、サリア!!」
「恋の手ほどきが必要ならば、いつでも相談するがいい。我は魔王じゃが、夢魔として性質もある。お主らには少々悪質であるかもしれぬが、悪いようにはせぬぞ」
「そ、そういうことじゃない!」
ユーリは怒鳴ると、サリアはまた「くっくっくっ」と笑って、影の中に消えてしまった。
「ゆ、ユーリ?」
「すみません。どうやら、サリアはテコでも僕たちに付いてくるようです」
「そ、そうか。だが、まあ旅は道連れというし。強力な仲間を得たと思えば、心強い。……まあ、少し残念ではあるが」
はあ、とユーリとアストリアは、ため息を吐く。
その見計らったようなタイミングに、2人の顔からまた笑みがこぼれた。
「行くか、ユーリ」
「ええ……。行きましょう、アストリア」
ユーリは手を差し出す。
その手をアストリアは少し照れながら握った。
そして2人は同時に歩き出す。
ダンジョンの深奥へと…………。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
これにて第一部完結です。
一応綺麗にハッピーエンドにできたかなあ、と思っておりますが、
皆様の感想はいかがだったでしょうか?
是非★★★でご評価いただきますようお願いします。
アプリで読んでいる方は、目次画面からレビューページへ。
パソコンで読んでいる方は、ページ下の方にあります。
よろしくお願いします。
評価したよー、という方は、感想欄の方も是非ご活用下さい。
第一部が、最初のプロットより遥かに長くなってしまって、
え? これ、9回もやるの? って、ちょっと軽いショックを受けているのですが、身体と筆が動く限りは、続けていこうと思っております。
明日から始まる第二部は、いよいよ第2層テネグのお話となります。
第1層とは別の世界観の中で、ユーリとアストリアがどんな活躍をするのか。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。
さらっと言いましたが、
第二部は明日からの投稿です。
よろしくお願いします。
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