第59話 オーク戦

「でけぇ……」


 冒険者の誰かが声を上げた。

 皆がまるで天井を仰ぐように見つめている。

 瞠目し、息を呑んでいた。


 僕もその1人だ。


 以前倒したホブゴブリンよりは、背丈こそ低い。

 だが、それよりも遥かに圧迫感を感じるのは、間違いなくオークが横に広いからだろう。

 腕も足も、胴体も――ホブゴブリンと比べて、まるで肉厚が違う。

 豚鼻から臭気を放ち、口からは大剣のような牙が生えていた。


 そしてこのオークの特徴が……。


「来るぞ!! 散開しろ!!」


 叫んだのはアストリアだった。

 直後、周囲が暗くなる。

 打ち下ろされたのは、巨大なこん棒だった。


 ドォォォォオオオオオオンンンンン!!


 爆裂系の魔法が炸裂したような音が轟く。

 事実、僕たちがいた場所には巨大なクレーターが出現していた。

 放置していたヒドラスネークが四散して、跡形もなくなっている。


「これがオークの力……」


 ホブゴブリンの力も圧倒的だった。

 けれど、単純な膂力ならあのホブゴブリンを圧倒できるかもしれない。


「それだけじゃないぞ、ユーリ」


 一旦開けた場所ではなく、茂みに身を伏せた僕に、アストリアは話しかける。

 その彼女が指差したのは、オークが持っているこん棒だ。


 どうやら巨大な樹木から削り取ったらしい。

 作りは粗いけど、加工した後がある。

 あんな巨大な武器を加工できる職人はそういない。


「オークの特徴は、意外と器用なところだ。簡単な武器なら作れてしまう」


「あの巨体で武器もあるって、反則ですね」


 僕は唾を呑み、カラカラになった喉を何とか潤す。


「昔、A級の冒険者にこてんぱんにされたオークだよ、ありゃ。目の上に傷があるだろ、あれは昔受けた傷だな」


 同じく木の陰に隠れた冒険者が囁く。


 確かにオークの頭には、古傷が残っていた。

 おそらく直接頭蓋を狙った一撃だったのだろう。

 今ではすっかり治っているようだ。


「トドメをささなかったんですか?」


「刺せなかったんだよ。痛みわけでな」

「A級の冒険者も深手を負って、奴も逃げた」


「逃げたって……。あんな巨体、ダンジョンのどこに身を隠して」


「あれが現れたのは、20年前だ」


 ボウガンを構えた老練の冒険者が言う。


「時々、周到にダンジョンに隠れて、ああいう風にでかくなるオークがいるんだ。ここの植物は栄養が豊富で魔物をドンドンでかくする」


「だから、あんなに巨大なんですね」


 ホブゴブリンもそうだけど、今いるオークも規格外のサイズだ。

 本来のオークは精々僕の頭3つか4つ分の大きさしかない。

 あそこまで育つ魔物を、地元の冒険者たちは異常種と呼んでいる。


「アストリア、どうしますか?」


「私が先陣を切る。ユーリはあいつの動きを止めてくれ。他の者は援護を頼む」


「わかりました」


 僕は頷く。

 他の冒険者たちも一斉に頷いた。


 作戦が始まる。

 アストリアが再び風のように駆け出していった。

 巨大オークは目で追う。

 アストリアの銀髪は魔物の目すら幻惑したらしい。

 そちらに注意が向いた瞬間、その背中に向かって矢と魔法が放たれた。


 分厚い肉に何本の矢が刺さる。

 さらに炎弾が叩きつけられ、強力な爆裂系魔法が火を噴き、黒煙が立ち上った。

 だが、オークはぎろりと援護した冒険者の方を向く。

 身じろぎもしないし、悲鳴すら上げていない。


「やっべ! 全然聞いてないぞ!!」

「なんだよ! 肉襦袢なんてずるいぞ!!」


 冒険者は抗議の声を上げる。

 その間にもオークはゆっくりと逆襲を始めようとしていた。

 持っていたこん棒を振り上げる。

 それを冒険者たちがいる森の方へと振り下ろした。


「こん棒――――」



 【ロックヽヽヽ】!!



 僕は鍵魔法をかける。

 瞬間、今まさに振り下ろそうとしていたオークのこん棒が止まった。

 突然のことにオークは戸惑っている。

 自分が持っていたこん棒が急に空中で静止したのだ。

 驚くのも無理もない。


 オークはこん棒を動かすことに躍起になっていた。

 だが、無駄だ。

 そのこん棒は内部の結合力を高めた通常の【閉めろロック】じゃない。


 そして、その隙を逃すほど、S級冒険者アストリアは甘くない。


 そのアストリアの姿はオークの頭上近くにあった。

 まるで妖精のように軽やかに飛び上がった彼女の武器には、すでに多量の魔力が収束している。


「くらえっ――――」



 風砕エア螺旋剣リーズ!!!!



 青白い魔力の波動ががダンジョンに渦巻く。

 横一線に放たれ、オークの貫いた。

 閃光の中に巨大な魔物が消える。

 天地を切り裂くと、大量の塵と砂が舞い上がった。


 聖剣の所有者アストリアが持つ極技だ。

 あのホブゴブリンですら消滅させた技。

 いくら厚い肉の壁に覆われていても、無傷では絶対に済まないはず。


 タッ!


 アストリアが空から下りてくる。

 その視線は光に包まれたオークにあった。


 やがて光が消滅し、砂煙が収まる。

 視界を覆うすべての塵を、アストリアが自ら切り払う。


 そこにあったのは、無だ。

 オークは僕たちの視界から完全に消滅していた。


「「「「おおおおおおおおおおお!!」」」」


 冒険者たちは声を上げる。


「やりましたね、アストリア」


「ああ! 君の援護のおかげだ、ユーリ!」


 僕たちは手を掲げる。

 するとアストリアも笑顔を浮かべて、手を上げた。


 パンッ!


 気持ちの良い音を響かせる。


「それにしても、随分魔力が戻ってきましたね」


「まだまだだよ。出力として少し恰好がついたぐらいだ。ラナンの力はこんなもんじゃない。本人が聞いたら、怒るかもな」


 今ので出力半分か……。

 恐ろしいな。


「本気で撃ち込んだら、階層に穴を空けることだってできるんじゃないですか?」


「そう言えば、考えもしなかったな。やってみるか」


「ええ???」


「冗談だ」


 ふふふ……、アストリアはおかしそうに笑う。

 その美しい笑顔を見て、僕も笑った。


「それよりもオークのこん棒を止めた【ロック】……。いつもと違うように見えたが……」


「ああ……。最近ちょっと新しい使い方を覚えたんですよ」


「どんなものだ?」


「まだ秘密です」


「なに? もったいぶるな仲間だろ」


「仲間でも秘密はあるでしょ?」


「むぅ……」


 アストリアは頬を膨らませ、飛びかかる。

 背後に回ると、僕の頭をロックヽヽヽした。


「教えろ、ユーリ」


「いたたたたた! ちょ! アストリア、痛いって!」


 あとなにげに柔らかものが僕の頭に当たってる。

 当たってます!


 僕はソロンさんに助けを求めたけど、逆効果だ。

 むしろ、僕をからかっていた。

 冒険者たちは僕たちを見て笑っている。


 こうして僕は冒険者という社会に馴染んでいく。

 この後、待ち受けていた第2層で起こっている問題も知らずに……。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


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