第55話 選択

 そもそも魔王の封印は、1000年前に勇者が施したものだ。

 だが、魔法による封印というのには、期限がある。

 魔法が魔力で維持される以上、例外はない。

 それが勇者によるものだとしても、いつかはやってくる。


 そうしてついに、3年前。

 先代のキーデンス家の当主。

 つまりは僕の父さんの時に、魔王の封印は一旦解放されてしまった。


 そうして、その時鍵師の仕事が変わった。


 父さんはなんとか再封印する方法を考えようと奮闘し、結局無理がたたって亡くなってしまった。

 だから、僕は表向き、魔王の封印を維持する仕事と説明しつつ、復活した魔王をあやすヽヽヽことにしたんだ。


 当然、悪戦苦闘の毎日だ。

 魔王のご機嫌を取るため、おいしいお菓子を買ってきたり、外の話を聞かせたり、時にお互い素手で殴り合って、外に出られないストレス発散することもあった。


 幸い魔王様は、地下から出たい、と言い出すことはなかった。

 昔から魔王城に引きこもっていたらしく、特別外に強い憧憬はなかったらしい。

 なんと、魔王様は超インドア派だったのだ。


 そうして僕は、徐々に魔王と共存していった。

 サリアが人間のことを知り、その社会を知れば、いつかみんなに紹介しよう。


 そう思っていた矢先の追放だったのだ。


「じゃ、じゃあ……。ユーリは、魔王とこの地下で1日の大半を一緒に暮らしていたということですか?」


 エイリナ姫の話を聞き終えたルナは、顔を青ざめながら質問した。


 皆も唖然としている。

 やっぱそう言う顔になるよね。

 魔王と共存するなんて。

 大逸れているというか。


 そもそも僕がやったことって、完全な国家への反逆行為だ。

 罪に問われても仕方がない。


 でも、何となく可哀想だったんだ。

 あの扉の奥で、ずっと1人でいたサリアを想像すると……。


 僕は下を向く。

 その手を取ったのは、アストリアだった。


「私は良いと思うぞ。何よりユーリらしい。いいじゃないか、魔王との共存」


「アストリア……」


「ええ……。やってることは大逸れてますけど、ユーリらしいです」


「ユーリらしい、ね……。まあ、ユーリにしか考え付かないやり方だけどね」


 パチパチとルナは手を叩き、喜んでいた。

 その横でエイリナ姫が、やれやれと肩を竦める。


 みんなが僕の考えに賛同してくれた。

 この反応は予想外だ。

 知られれば、怒られると思っていたから。


 こうなるとわかっていれば、エイリナ姫だけじゃなくて、もっと色んな人に相談すれば良かったかもしれない。


「なるほど。まさかそんな秘密があろうとはな」


 その声は僕たちの背後から聞こえた。

 視線が一斉に向く。

 見覚えのある白髭を見て、1番始めに反応したのは、エイリナ姫だった。


「父上……」


 そう。国王陛下だ。

 国王陛下が地下にやってきたのだ。


 僕が知る限り、陛下が地下に来たことは1度もない。

 ここには魔王の封印した扉がある。

 戦場の最前線並みに危険な地帯だ。

 国の王がおいそれと来る所ではない。


 なのに……。


 僕が困惑している一方、クリュシュ陛下は目を細めた。

 視線を向けたのは、僕の側で固まったサリアだ。


「その者が魔王か。思っていた容貌とは違うが、凄まじい覇気を感じる。なるほど。勇者様が封印したのも頷ける話だ」


「父様、これは――――」


「黙れ、エイリナ」


 陛下は愛娘を容赦なく睨み付ける。

 先ほど、玉座を下りて、謝罪していた人物とは、180度違う。

 何か殺気めいたものを感じる。


 これが人の上に立つ王――その真の姿なのかもしれない。


「確かに魔王が復活していたなど、他層の国に知られるわけにはいかぬ。だとしても、余に一言もなかったことだけは、看過できぬ。余はこの国の王だ。知る権利は十分あったはずだ……」


「ご、ごめんなさい、父――――陛下」


「クリュシュ陛下、エイリナ姫は悪くありません。悪いのは――――」


「そなたも黙るがいい、ユーリ・キーデンスよ」


 陛下は落ち着いた声で、僕を叱る。


「一体、魔王と手を組み、何をしようとしていた。よもや王位を簒奪しようとしていたのではなかろうな」


「そ、そんなことは……」


「余はそなたを誇りに思っていた。国を救ってくれた英雄だと。だが、そんな気分など吹き飛んでしまった。これは明確な反逆行為だ」


「はい。わかっています」


 僕は項垂れるしかない。

 事態を大きくしないためとはいえ、エイリナ姫以外に相談しなかった僕が悪い。

 いや、エイリナ姫がたまたま僕とサリアが一緒にいる現場を目撃しなかったら、きっと今でも僕の胸に抱えたままだっただろう。


 宮廷に信じられる人がいなかったことは事実だ。

 それでも、宮廷に勤める役人として、僕が報告を怠ったことは事実だった。


「ふ、ん。片、腹、痛、い、わ」


 と言ったのは、話を聞いていたサリアだった。

 鍵魔法にかかりながら、「クツクツ」と笑う。


「ユ、ー、リ、よ。鍵、魔、法、を、解、け」


「え? でも……」


「構わぬ、ユーリ。解いてあげなさい。余も魔王というものと、きちんと話がしたい。何が『片腹痛い』のか気になるしの」


 僕は迷った末、サリアの声帯部分を中心に、【開けリリース】した。

 さすがにすべてを解くわけにはいかない。

 サリアが国王を殺すことになったら、その時点ですべてが終わるからだ。


「なかなか剛胆だの、人間の王よ。動けなくても、口は動く。お前を飲み込むことぐらい造作はないぞ」


「そんなことを話したいわけではあるまい、古の王よ。『片腹痛い』とはどういうことか?」


「言葉通りよ。お主らユーリを反逆者というが、考えてもみよ――こやつは、魔王の封印が解けた後も、我にこの3年間、何もさせなかったのだぞ。もし、ユーリがいなければ、とっくにお前らは我の腹の中だ」


 サリアはポンと腹鼓を打ってみせる。

 その言葉にクリュシュ陛下は、目を細めた。


「3年間、尽くしてきた忠臣を切り捨てるのか、と」


「そういう事だ。お前らがのうのうと生きて来れたのは、ユーリのおかげだ。それをわからぬと言うなら、人間の王よ。そなたは相当な愚王だぞ」


 くっくっくっ……。

 サリアは最後に笑う。


 その言葉を聞き、顔を上げたのは、エイリナ姫だった。


「最後のはともかく、サリアが言うことはもっともだわ、父様」


「はい。わたくしもそう思います。それに、ユーリと魔王は通じ合っているように見えました。きっと共存の道はあると思います」


 ルナも願い出る。


「陛下、どうかご再考いただきたい」


 最後にアストリアが膝を突く。

 皆が陛下に向かって頭を下げていた。


 すると、クリュシュ陛下は白髭ではなく、頭を撫でる。

 弱ったな、とばかりに、頭を叩いた。


「やれやれ……。王としてはけるのぉ、ユーリよ」


「え?」


「王の言葉よりも、ここにいる者たちはお主の誠実さに引かれておる。これでは王たる余の立つ瀬がないではないか?」


「陛下……」


「そして余もその1人じゃ」


「え? じゃあ、反逆者って」


「芝居に決まっておる。国の王として、そう言っておかなければ示しが付かぬからな。それに、もはや王とか国とか超える事態じゃ。今、その魔王をコントロールできるのは、お主以外におらんのじゃからな」


「ありがとうございます」


 僕は頭を下げた。


 色々と驚いたけど、どうやら国王も賛同してくれたらしい。


「では、改めて訊こうではないか、ユーリよ。お主が謁見の間で『説得』とは何だったのか? そして、お主はこれからどうしたいのか? 今度こそ、教えてくれ」


「はい。わかりました……」



 僕は――――――。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


明日第一部が終幕です。


ここまで読んでくれた方ありがとうございます。

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