第41話 才能あるもの……

 暴風を纏った剣が振り下ろされる。

 大気を切り裂き、あるいは巻き込む。

 そしてついに、それは魔王の力を有したゲヴァルドに突き刺さった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 ゲヴァルドの悲鳴混じりの叫びが、凄まじい嵐の中に消える。

 刹那という時間で振り下ろされた巨大な剣を、回避できる暇はない。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッッッ!!


 直撃――――。


 ゲヴァルドと通りに並ぶ屋台を巻き込みながら、聖霊ラナンの加護を有した剣は振り下ろされた。


 その光景に、エイリナは息を呑む。

 おそらく騒ぎを聞いた衛兵たちが避難をさせているはずだ。

 それでも、国民が巻き込まれないとは限らない。


 しかし、ゲヴァルドを倒すには、今のような大出力魔法が必要だ。

 そしてゲヴァルドを放っておけば、王都の一部どころか国そのものが滅びかねない。


 エイリナはただ祈るしかなかった。


 その時であった。

 エイリナ――いや、アストリアの顔が歪んだのは。


 次の瞬間、【風砕エア螺旋剣リーズ】によって濛々と巻き上がった砂煙の中から、黒剣が飛び出す。

 狙ったのは、エイリナだった。


「え?」


「エイリナ!」


 完全に虚を突かれたエイリナは、反応が遅れる。

 その彼女に盾になったのは、アストリアだった。

 黒剣の1本が、アストリアの脇腹を突き刺す。


「ぐぐっ!!」


 くぐもった声を上げる。

 美しいS級冒険者の顔が歪んだ。

 膝から崩れ、地面に剣を突き刺し、転倒を堪える。

 その間にも、脇腹から血がドクトクと流れ続けていた。


「アストリア!! 待って!! 今、回復を――――」


「気を付けろ、エイリナ。まだ生きてるぞ!!」


 アストリアの指摘通りだった。

 砂煙の中から、ゲヴァルドが現れる。

 余裕の笑みを湛えてだ。

 それもそのはずである。

 彼はほぼ無傷だったのだ。


「くくく……。あはははははははは!」


 ゲヴァルドはとうとう大笑してみせた。


「すごい! 素晴らしい! この力……。S級冒険者の奥の手すらいなしてみせたぞ」


 この時、自分が欲した力に1番驚いていたのが、ゲヴァルド自身であった。


 だが、エイリナは彼と違い、冷静に分析する。


「アストリア……。あんた手加減したでしょ」


「すまん……」


 エイリナの指摘に、アストリアは頭を垂れる。

 周囲への被害、そして相手が人間ということで、手を緩めてしまったのだ。


「あいつは化け物よ。もう人ではないわ」


「わかってる……。だが――――」


「ええ……。弱ったわ、完全に万策が尽きた……」


 2人の心が絶望に満たされる。

 だが、この絶望的な状況の中で、2人の乙女の中に浮かんだのは、同じ名前の青年であった。



「「ユーリ……」」



 直後、アストリアとエイリナは「え?」と顔を見合わせる。


「ちょっと! なんであんたが、その名前を?」


「エイリナこそ!!」


 しかし、1人の男を巡って、言い争っている時間はない。

 再びゲヴァルドから黒剣が伸びる。

 複数の刃は2人に向かっていった。


「くっ!!」


 手負いのアストリアの前に、エイリナが立ちはだかる。

 再び剣を握り、迫る黒剣を弾いた。

 なんとか防御できているが、もはや戦局は五分ではない。

 むしろ敗着に近い状態だった。


「うわああああああんんん……。マーマぁぁああああああ!!」


 突如、子どもの泣き叫ぶ声が聞こえる。

 振り返ると、大通りを歩く子どもの姿があった。

 両親と別れた事で、騒ぎがわからないのか。

 とぼとぼとこちらに歩いてきた。


 それを見て、ニヤリと笑ったゲヴァルドだ。

 黒剣の形を歪む。

 それはエイリナが操る砲杖キャスト・ライフルに似た姿をしていた。


「ちょっと!!」


 エイリナは反射的に飛び出していた。

 国民に『姫勇者』と讃えられ、慕われた少女である。

 たとえ、背後に仲間がいようと飛び出してしまうのは仕方ないことだ。


 まして自分に似た銃で子どもを殺されては、一生後悔する。


 黒い砲杖から弾丸が放たれる。

 それは真っ直ぐ子どもに向かっていった。

 その射線に、エイリナが躍り出る。


 ダンッ!


 発射音と、エイリナが崩れ落ちるのはほぼ同時だった。

 子どもは無事だ。

 突然倒れた姫勇者を見て、驚いている。


「お姉ちゃん……」


「大丈夫………………」


 そう言って、エイリナは気を失った。

 お腹の辺りが血に滲む。

 その姿を見て、アストリアの銀髪がふわりと浮き上がった。


「ゲヴァルド!!」


 しかし、その怒りは一瞬にして消える。

 もう目の前にゲヴァルドの黒剣があったからだ。

 アストリアは自分の怪我のことを忘れ、剣で弾く。


 だが、思うように力が入らない。

 聖霊ラナンの加護によって、徐々に傷は塞がりつつある。

 それでも流れ出る血はどうにも出来ない。


 やがてアストリアは持っていたショートソードを弾かれる。

 腰のナイフに手を伸ばすも、半歩遅かった。

 その時には、アストリアの首に黒剣が掛かっていたのだ。


 だが、そのまま首が飛ぶのかと言えば、そうではない。

 シュルリとアストリアの首に巻き付くと、そのまま引き揚げた。


「聞いていたぜ、S級冒険者さんよ。あんた、ユーリの知り合いか?」


「ぐ、ぐぐっ…………」


「ユーリ・ヴァリ・キーデンスの知り合いかって聞いてるんだよ!!」


 ゲヴァルドが叫ぶ。

 さらにアストリアの首を絞めつけた。


「オレはな。ずっと底辺だった」


 アストリアの首を強く絞めながら、ゲヴァルドは語った。


「家族から無能といわれ、社会からものけ者にされた。だから、お前や姫勇者のような才能を認められ、活躍する奴が反吐が出るほど疎ましかった。やっとオレの舞台がやってきたと思ったら、周りはこういうのだ。『ユーリ』『ユーリ』とな!! くそ!! 馬鹿にしやがって!!」


「……お、おまえ――――」


「才能があるだけで、人は見方を変える。じゃあ、才能がないヤツなんなんだ? 無能と蔑まれ続ければいいのか。社会の端っこで生きろとでもいうのか! それとも死ぬしかねぇのかよ!! 許せねぇ! お前ら、全員死んでしまえばいい……」


「……さ、才能があるから、すべてがうまく行くわけじゃない」


「あ゛あ゛??」


「わ、私の知っている才能あるものは……。それに見合う代価を払ってきた」


「代価! そんなことはねぇ! お前らは全員生まれた時に、神様に賄賂を差し出してんだろう」


「お前は人に何かを与えたことがあるのか? 代価とはそういうものだ」


「はあ……。てめぇ、何を言って?」


「人から与えられることに甘えるな。何かをほしかったら、……代価を差し……出せ」


「うっせぇえええええええええ!!」


 ゲヴァルドはさらに強く絞める。


 徐々に意識が薄くなっていく。

 手に力が入らなくなり、魔力を込めることもできない。

 視界が徐々に白くなっていく。


 声も遠くに…………。



 アストリア!!



 その声に、1度意識を失ったアストリアは目を開いた。

 誠実な青い双眸が閃いているのが見えた。


 ジャッ!!


 アストリアに巻き付いていた黒剣が切り裂かれる。

 なすがまま落下するアストリアは、優しく受け止めた者がいた。

 横抱きされたアストリアは、ふと顔を上げる。


 そこに1人の青年の顔があった。


「ユーリ……?」


「アストリア。良かった……。無事で……」


 そこにアストリアの仲間、ユーリ・キーデンスの姿があった。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


今日は結構内容が濃いかも。

もう1本頑張ります!

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