第39話 再会

 宮廷へと向かう道すがら、僕はつと足を止めた。

 いや、止めてしまったという方が正しいのかもしれない。


 走りながら、ずっと考えていたことがある。


 アストリアのことだ。


 仮に僕が宮廷に行き、その無罪が証明されたら、どうなるだろう。

 屋敷は返却され、爵位も元通りに。

 時間が経てば、名誉も回復するだろう。

 そして、僕はまた宮廷鍵師として、職場に復帰することになるのだろうか。


 まだ1ヶ月と経っていないけど、離れてから少しだけわかったことがある。


 確かに大変な職場だ。

 宮廷は何かしらの陰謀が渦巻いている場所である。

 職場としては最悪だろう。


 でも、お金に困ったことはそうないし、母さんとフリルだけを養うだけなら、全然困らないほどの額の給金も、もらっていた。


 仮に僕が僕自身の決断で辞めていれば、今と同じく、家族を安い宿に住まわせて、暮らしていたかもしれない。


 離れてやっとあの職場の居心地に気付くなんて。

 思いも寄らなかった。


 けれど、1番の問題はアストリアなんだ。

 僕が宮廷に復帰すれば、アストリアはまた1人になる。

 彼女ならきっと仲間を助けに、1人でも下層に向かうだろう。


 そもそも、その方がずっと下層に向かいやすいはずだ。


 彼女にメリットがないわけではない。

 下層にもギルドがあると聞くし。

 そこで生活する冒険者なら、きっと強い人がいるだろう。

 新たな仲間を迎え、救出するのが最善といえるかもしれない。


 僕は随分と自分勝手なことを言ってるな。


 そうだ。

 アストリアなら、何の問題もなく冒険者を続けられる。

 僕が心配することなんて何もないんだ。


 問題はきっと、僕がどうしたいかってことなんだろう……。


 ずっと王都の通りで立ち止まっていた僕は顔を上げると、再び走り始めた。



 ◆◇◆◇◆



「エイリナ、建物を壊すなといったのに……」


 戦闘が終わり、アストリアは剣を鞘に収める。

 ふぅ、と息を吐きつつ、天井を眺めた。

 そこには無数の穴が開き、空が見えている。


 叱られたエイリナは、悪びれることもない。

 魔法で作った砲杖キャスト・ライフルを消滅させ後、ぐっと親指でアストリアの背後を指した。


「あんたもね……」


 直後、ギルドのカウンターが粉みじんになる。

 さらにその後ろの壁に無数の傷が走った。


「あ……」


 ユーリの前ではお澄まし顔でいることが多いアストリアだが、この時ばかりは少々間抜けに思うほど、唖然とする。


 その様子をエイリナは、ケラケラと笑った。


「相変わらず、魔力の制御が苦手ね、あんた」


「うるさいなあ。エイリナに言われたくない」


「はいはい。それにしても、こんなヤツらに手こずってたの? 聖霊を喚んで、1発でしょ? こんなヤツら……」


「エイリナ、君は忘れているのか? ここは君と出会った第5層じゃない。第1層の薄い魔力じゃ、ラナンが顕現できないんだ。それにここの魔力は、あまり好きじゃないようだしな、私の相棒は……」


 アストリアは聖霊ラナンの名前を出した。


「ああ……。そういうことか。聖霊の加護がないと、あんたの力は半分以下だもんね」


「私のことよりもだ。エイリナ、君はあの黒い物の正体について何か知っているのか?」


「白状すると知らないわ。ただ似ていると思っただけよ」


「似ている? 何にだ?」


「それは――――」


 ヒュッ!


 鋭く空気を斬り裂くような音が聞こえた。

 アストリアとエイリナは同時に反応する。

 タンと地を蹴り、それぞれギルドの窓あるいは壁を突き破って、外に出た。

 直後、ギルドに巨大な黒い剣が叩きつけられる。


 2階建ての建物が、たった一撃でぺちゃんこになっていた。


「何?」


 エイリナは顔を上げる。

 アストリアも無事だ。

 巻き上げる砂煙に目を細めながら、黒剣の主を探す。


 そいつは昼間の市中で、禍々しい殺気を隠さずに立っていた。

 全身を黒い装束のようなもので覆われている。

 否――服ではない。まして鎧でもない。

 何か得体の知れない生物が、男の身体に纏わりついていた。


 そう。男だ。


 男の顔と、人間らしいシルエットだけが、唯一の人らしさを残している。

 あと他はすべて異形であった。


 片目が黒く潰れた瞳を、こちらに向ける。

 蝦蟇ガマのように口を大きく開けて、男は笑った。


 その異形を見て、一際驚いたのは、エイリナだ。


「あんた、まさか……」


「知り合いか、エイリナ?」


 アストリアが尋ねると、先に男の方が口を開いた。


「よう……。姫勇者様」


 声を聞いて、確信を持ったエイリナは言葉の中に静かに怒りを込めた。


「ゲヴァルド……」


「殺しに来たぜ。あんたも、親父も、国王も、そしてこの国も……」



 みんな、みんな……。ぶっ壊してやる!!



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


本日も、もう1本更新いたします。

他の作品も、1本更新いたしますので、お楽しみに。

よろしくお願いします。

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