第37話 思わぬ援軍

「なんだ?」


 アストリアは目を細めた。

 一瞬、夢か錯覚かと思い、目を瞬かせる。

 だが、黒ずくめの男たちの首元から、何かどす黒い膿が確かに膨れ上がっていた。


 すると、黒ずくめのフードが脱げる。

 血の気はなく、いや生気そのものを感じない。

 なのに、目は血走り、赤黒く染まっていた。


 何か憑き物に憑かれたように吠える。


「「うががががががががががががああああああああ!!!!」」


 直後、黒ずくめはギルドの床を蹴った。


「速い!!」


 S級冒険者アストリアは瞠目する。

 一瞬身を反らしたが、強靱な精神力で己の勇気を奮い立たせた。

 死中に活路を見出すように、迫る2人組の懐に入る。


「すごっ!!」


 マーレイは叫ぶ。

 そのアストリアの胆力、そして速さ。

 周囲で見ていた冒険者も驚く。


 ギィン! キィン!! ガッ!! ガン!!


 2人組の同時2連撃を、アストリアは捌いてみせた。

 いや、というよりは、彼女から仕掛けたのだ。

 驚異的なアストリアの4連撃を、2人組が回避したと言う方が正しい。


 しかし、もっとも特筆すべきことは、2人組の強さが劇的に上がったことだ。

 先ほどまで手を抜いていた――もはや、そのレベルではない。

 まるで別人だ。


 だが、アストリアに手を緩めている時間はない。

 早くこの男たちを倒して、ユーリと合流しなければならないからだ。

 こうした手練れを放ってくる内大臣あくとうが、こうあっさりと目標の逃亡を許すとは思えない。


 アストリアは今さらだが、自分がついて行けば良かったと、後悔していた。


 その時である。


「ぎゃあああああああああああ!!」


 またギルド内に悲鳴が響く。

 見ると、冒険者の1人の首筋から血が噴き出ていた。

 その傍らには、血が付いたナイフを持った冒険者がいる。


「何をしている!!」


 アストリアが叫ぶ。

 ナイフを持った冒険者はぐるりと首を捻り、彼女を見つめた。


「――――ッ!」


 息を呑む。

 その冒険者の首元は一文字に切り裂かれていた。

 おそらく最初、黒ずくめに斬られた冒険者だろう。


 絶命は必至……。

 だが、冒険者はナイフをもって、今も動いている。

 そしてその顔は腐死者ゾンビのように青白く、そしてのその瞳は今アストリアと対峙する黒ずくめと同じく、赤黒く光っていた。


 そして、それは1人だけではない。

 四肢の一部、頭あるいは首、とにかく致命傷を追い、ピクリとも動かなかった冒険者たちが、次々と幽鬼のように立ち上がってくる。


「一体、何が起こっている……」


 声を漏らしたアストリアは、はたと気付く。

 その一文字に切り裂かれた傷口から、黒い膿が漏れ出ていることを。


「感染系の病気…………いや、魔法か」


 ともかくこんな症例など見たことがない。

 似ているとすれば、下層で出会った吸血鬼族ヴァンパイアという種族と似ている。 でも、それとも違う気がする。


 そもそも人間を斬れば斬るほど、仲間を増殖させるなど聞いたことがない。


「マーレイ!! 避難だ! ギルドの全職員を避難させろ!」


「は、はい!!」


 マーレイは職員に避難を促す。

 アストリアは黒ずくめを目で牽制しながら、冒険者にも叫んだ。


冒険者ほかのものも逃げろ!!」


 最初は勇ましく名乗り出た冒険者たちだったが、状況は一変していた。

 アストリアの声を聞き、我に返った者も多い。

 恐怖に支配されていた者たちは、我先とばかりに出ていく。


 残ったのは、少し腕の覚えのあるBやC級の冒険者たちだけである。


「お前たちも逃げた方がいい」


「しかしよ……。あんた、1人置いて逃げられねぇぞ」


 1人の冒険者が武器を構えながら、声を上げる。

 襟元に付いたバッチからして、B級冒険者だろう。

 すると、まるで腐死者ゾンビと化した冒険者が反応した。

 武器を振るい、襲いかかってくる。


「くっ!!」


 B級冒険者の身体が固まる。

 黒ずくめならともかく、相手は同業者。

 仮に仲間であるなら、得物が止まっても仕方がないだろう。


 ギィン!!


 剣戟の音を響く。

 弾いたのは、アストリアだった。

 大きく弾いたことによって、襲ってきた腐死者ゾンビの懐が開く。

 そこに返す剣で、切っ先を突き入れた。


「風よ!!」


 アストリアが持ったショートソードに一瞬風が集まる。

 直後、瞬間的に集まった風圧を解放した。

 次の瞬間、腐死者ゾンビをバラバラにしてしまう。

 ボタボタと肉塊が落ちてくる。

 その様に、さらにギルドは沈痛な雰囲気になっていく。


 側で見ていたB級冒険者も同じくだった。


「すまん……。仲間か? だが、対処法がわからぬ以上、今はこうするしかない」


「いや、助かった……。訳がわからねぇ力に操られるよりは、よっぽどいいはずだ」


 B級冒険者は軽く頭を下げる。


 だが、この腐死者ゾンビ相手に、B級冒険者でも酷だ。

 まして黒ずくめとなると、S級のアストリアでも難しい。

 完全に魔力を使うことができれば、相手にならないかもしれないが、第1層では単純に剣の技量や経験が物を言う。


 まだ18のアストリアも、そこまで武芸に卓越しているわけではない。

 とはいえ、それでも本物の殺し屋2人相手に立ち回っていることは、十分非凡ではあるのだが……。


「お前たちは下がった方がいい」


「どうやら、そのようだな。すまん」


 彼我の戦力を身に染みたB級冒険者は後退していく。

 それを見て、他の冒険者たちもギルドから退出した。

 残されたのはアストリア1人だけだ。


 彼女の前に黒ずくめ。

 周りには、正体不明の腐死者ゾンビ


「さすがに分が悪いか……」


 その時であった。



「とりあえず聞き込みと思って来てみたけど、随分な騒ぎになってるじゃない」



 鉄靴がギルドの薄い床を踏む。

 軋みを混じりの靴音が、あっさりと死地に踏み込んできた。


 アストリアの銀髪が翻る。


 やたら挑戦的な黄色の瞳と視線があった。

 毛先が少しカールしたツインテールを揺らし、武装した少女が微笑む。


 神々しさすら感じる援軍に、アストリアは瞠目を禁じ得なかった。


「姫勇者――エイリナ…………」


「あら、あんたどっかで見たと思ったら、アストリアじゃない」


 同じくエイリナも、目を大きく見開いて驚くのだった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


ついにエイリナ姫参戦。

最後に笑うのは、誰か。次話をお楽しみに!


すみません。

なろうと同時投稿しているのですが、

誤って、カクヨムの方が投稿できていませんでした。

この後、すぐに第38話を投稿する予定です。

しばらくお待ち下さい。

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