第36話 暗殺者

 ホブゴブリンとの激闘で、思ったより僕の身体は疲弊していたらしい。

 数日間、身体はだるく、微熱が続いた。

 アストリア曰く、初陣の冒険者にはよくある症状なのだそうだ。


 おかげで結局、家で数日間休養を取ることになった。

 本来であれば、またすぐにでもダンジョンに戻って、第2層に向けて出発したい。

 アストリアもそう思っているはずだ。

 けれど、本人は――。


「まずは体調を万全に戻すことが先決だ」


 と、僕の身体の方を心配してくれた。


 そしてホブゴブリンを討伐して7日後。

 僕たちはいよいよ動き出すことにする。

 また仮のキーデンス家を出発し、ギルドに向かった。


 ダンジョン探索の許可をもらうためだ。

 それと、良さそうなクエストがあれば受けようと考えていた――のだが……。


「え? 王国兵がここに?」


 受付嬢のマーレイさんから話を聞いて、僕は固まった。

 僕のことを探しに来たらしい。


 マーレイさんは話を続けた。


「理由は明示しませんでした。なので、ギルドの規約に則って、ユーリさんの個人情報はお伝えしていません」


「しかし、宮廷が今更君に何の用なんだ?」


 横で聞いていたアストリアは眉根を寄せる。


 真っ先に浮かんだのが、前職のことだ。

 何か仕事上のトラブルがあって、僕に話を聞きたかったのかもしれない。

 でも、それならそれで、兵士が事情を話すはずだ。

 わざわざ目的を黙秘することはない。


 他に考えられることがあるとすれば、横領の件だろうか。


 まさか大臣の気が変わって、僕を死罪にするとか……。


「おい! なんだ、てめぇは!!」


 怒声が聞こえて、僕はハッと顔を上げた。

 振り返ると、2人組の男が立っている。

 全身黒ずくめで、目深に被ったフードのおかげで顔が見えない。


 その手には刃幅の広いナイフが握られていた。


 冒険者というわけではなさそうだ。

 けれど、明らかに纏う空気が違う。

 むしろ殺し屋という雰囲気がある。

 そもそも男たちからは強い血臭を感じる


 アストリアは身構えた。

 カウンター向こうのマーレイさんも、彼ら2人が纏う異質な空気を敏感に感じたらしい。


「こーーーーらーーーー!! ギルド内で武器を抜くのは御法度ですよ!!」


 でも、相変わらず委員長口調だ。

 マーレイさんには申し訳ないけど、威厳の欠片もない。


「ユユユユユユユ、ユーリ、リリリリリリリリ……だな…………」


「おおおおおおお、お前、コロコロココココ、殺す…………」


 えっ?


 と思った時は、2人組は走った。

 僕と2人の間には短いながら冒険者がいる。

 それをなぎ倒すというものではない。

 持ったナイフで、周囲の冒険者をバラバラにしながら直進してきた。


「ひっ!!」


 悲鳴を上げたのは、マーレイさんだ。

 たちまちあの童顔が青くなる。

 僕も固まった。


 だが、側にいたアストリアは違う。

 剣を引き抜くと、僕と男の間に入って、凶刃を止める。

 激しい剣戟の音が響く。

 アストリアは1人目の男のナイフを弾くと、返す剣でもう1人の男のナイフを弾いた。


 2人組の男が手練れなのは、僕でもわかる。

 その奇襲を冷静に捌くアストリアも、アストリアだ。

 超プロフェッショナルな攻防に息を呑んだ。


「ユーリ! 逃げるんだ!!」


「アストリアを置いて、逃げられません!!」


「聞け! 察するに、こいつらは殺し屋だ。断定はできないが、君を厄介払いした大臣が雇ったんだろう……」


「どうして……! 僕は追放されたんですよ。今さら――――」


「これはあくまで推測だが、大臣側に不都合が起こった。例えば、君に横領の罪を着せたことが問題視されているとかね」


 こうして話している間も、男たちの手が緩んでいるわけではない。

 僕の前に立ちはだかるアストリアに対して、黒ずくめの男たちは容赦なくナイフを振るってくる。

 その鋭い斬撃と体術、そして手数に、アストリアは防戦一方だ。


「経緯はよくわかりませんが、だから王国の兵士さんが来たとかですか?」


 アストリアと2人組の攻防をハラハラしながら見ていたマーレイさんが、口を挟む。


 あり得る話だ。

 横領の問題は、全くの濡れ衣だった。

 それが明るみに出たことによって、内大臣は窮地に追い込まれている。


 そして僕の証言によって、その濡れ衣が覆るところまでやってきたから、僕を捕まえようとしているとか。


 こう考えれば、一応の辻褄が合う。


「ユーリ! 宮廷に行くんだ!! 今なら、宮廷は君の味方のはず」


「でも、アストリア!!」


「まさか私を心配してくれているのか、ユーリ」


 ギィン!!


 鋭い剣戟の音が響く。

 アストリアは同時に振るわれた男たちの斬撃を、無理矢理弾いた。

 その衝撃は凄まじい。

 男たちをギルドの入口の方まで押し返してしまった。


 そして剣を斜めに構えつつ、不敵な笑みを浮かべる。


「私を誰だと思っているんだ。これでも『円卓アヴァロン』の一振り――S級冒険者『風の守護人』アストリア・グーエルレインだよ」


 その瞬間、アストリアを中心にふわりと風が渦巻く。

 銀髪が浮き上がり、腰布がはためいた。


 漂ってきたのは、穏やかな魔力。

 だが、アストリアが持つ雰囲気は、1本の風を纏った剣を思わせる。


「ユーリさん! ギルドの裏口を使って下さい!!」


「で、でも――――」


「馬鹿野郎! 早く行け、小僧!!」

「なんだかわかんねぇけどな!」

「アストリアさんに恥を掻かせるな!」

「ここは俺たちに任せろ!」

「お前、それが言いたいだけだろ」


 ワラワラと集まってきたのは、アストリアと2人組の攻防を見ていた冒険者たちだ。


「み、みなさん……」


「お前にはこの前、酒を奢ってもらったからな」

「ホブゴブリンにやられた仲間の仇をとってもらったし」

「冒険者は一蓮托生だ」

「行け!」


「行け!! ユーリ!!」


 最後にアストリアが叫んだ。


 ついに僕は背を向けた。

 正直、逃げるようで申し訳ない。

 でも、こんなに言葉と気持ちに押されて、留まることもできなかった。


 だから、僕はありったけの気持ちを込めて、叫ぶ。


「ありがとうございます!!」


 ペコリ、と頭を下げると、僕はマーレイさんに案内され、ギルドの裏口から出て行った。



 ◆◇◆◇◆



「行ったか……」


 ギルドからユーリの姿がなくなったことを確認し、アストリアは言った。

 それは2人組も、足音から悟ったらしい。

 ギルドを出て行こうとするが、それを阻んだのは、冒険者だった。


 すでに殺気立っている。

 一瞬にして、2人組によって仲間が絶命し、あるいは負傷した。

 仇を取ろうと、目が据わっている冒険者もいる。


「悪いが、ユーリの下にはいかせないぞ」


 アストリアはショートソードの切っ先を向ける。


「じゃじゃじゃじゃじゃじゃ 邪魔、魔魔魔魔魔魔魔魔、する、な……」


「ころころころころ、殺す、すすすすすす、す……」


 男はころりと首を傾ける。

 黒ずくめでよくわからなかったが、フードにべったりと血が付いていた。

 返り血というには見えない。


 だが、何かに気付いたアストリアは、息を呑んだ。

 傾げた男たちの首に、パックリと開いた傷口があることを。

 それもただの傷口ではない。


 黒い膿のようなものが詰まっている。

 さらに膿はパンのように膨れ上がった。


「なんだ?」


 アストリアは眉を顰める。


 彼女は知らない。

 それが、魔王を封印した扉の隙間から湧き出ていたものであることを。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


本日はここまでです。

読んでいただきありがとうございます。

ここまで読んでいかがだったでしょうか?

★★★で評価をいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

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