第35話 乙女の茶会

 王都とひとえに言っても、広く、人も多い。

 綺麗な大通りもあれば、雑多な下町も存在する。

 後者に関しては満足に戸籍の登録もされていない都民も含まれる。


 故にひと1人を見つけるのも、一苦労だ。

 例え国家の力を使っても、なかなか難しい。

 それが、追放された貴族では、戸籍上では名前を変えて存在すれば尚更である。


 結局、元宮廷鍵師ユーリ・キーデンスの所在は、ギルド内で聞き込みをしていた衛士が、たまたま冒険者から名前を聞いたことで、ようやく発覚した。


「ユーリが冒険者をしてるですって!?」


 エイリナは、自室に素っ頓狂な声を響かせた。

 バンと机を叩くと、テーブルに置いていた紅茶に波紋が浮かんだ。


 姫勇者の大きな声に、報告した衛士は「は、はい」と返事するしかない。


 だが、これは序章に過ぎない。

 その横で一緒に紅茶を飲んでいた天翼族から、思わぬ台詞が飛び出した。


「ああ……。見つかってしまいましたか……」


「な! ルナ! 今、なんて言ったの?」


 エイリナの反応は、いつもの厳格な姫勇者ではない。

 頭にピョンと寝癖を立てて、年相応の少女のように戸惑っている。

 普段、肩で風を切るように歩く姫勇者を見ている衛士にとっては、意外な光景だ。


 それに気付いたエイリナは、咳払いをする。

 一旦衛士を外に追いやると、再び優雅にお茶をすするルナミルに迫った。


「どういうこと、ルナ? 説明して」


「ダンジョンで会ったのよ。わたくしを助けてくれたの」


「何故、それをもっと早く言わないの!?」


「訊かれなかったから。それに同一人物とは限らないでしょ。あなたもまさかユーリ君が冒険者をしてるなんて思ってもみなかったんじゃない?」


「当たり前よ。ユーリは腕に止まった蠅ですら、殺すか殺さないか迷うような子なのよ」


「ふふふ……。随分とユーリ君と親しいのね」


 ルナミルが目を細めると、エイリナは顔を赤くした。


「べ、別に……。あの子は、その……15歳から働いてるでしょ? だから――」


「宮廷に同い年の子どもが少ないから、お姫様はからかっていたと」


「からかってない。そ、そりゃあちょっかいは出してたけど」


「それってどっちも同じ意味じゃないの」


 ルナミルはクスクスと声を上げて笑った。

 一方エイリナは「ちーがーうー」と半ば地団駄を踏みながら否定する。

 同じ姫でもルナミルの方が、ずっと年上だ。

 心の余裕差では、いくら姫勇者でも勝てそうになかった。


「せめて報告ぐらいしてほしいものだわ。そうすれば、こんな状況になる前に、彼を連れ戻して封印を維持できたかもしれないのに」


 現状、魔王封印の準備は着々と進んでいる。

 ルナミルが提示した10億ルドの計画でだ。

 材料の手配と、人材の育成も急ピッチで行われている。

 遅々として進まないのは、10億ルドの予算をどこから捻出するかという問題だけだ。


「折角のビジネスチャンスを逃すわけにはいかないでしょ?」


「天翼族がお金に困ってるなんて話は聞いたことないんだけど……?」


 さすがに嘘だと気付いたエイリナは、ジト目で親友を睨む。


 正解とばかりにルナミルは、紅茶の縁に唇を近づけながら「ふふ……」と笑った。


「でも、そのおかげでエイリナは、あの内大臣を突き上げることができたんだからいいじゃない」


「はぐらかさないで、ルナ……。まあ、事実ではあるけど」


 仮にユーリが戻ってきて、魔王封印の維持ができたとしよう。

 10億ルドの予算の捻出は立ち消え、内大臣ドラヴァンを攻撃する要素がなくなる。

 責任をとって辞任ということもあるが、後任人事に自分の身内、もしくは息がかかった部下を据えて、裏から操られるのがオチだろう。


 そうなれば、今の状況よりもドラヴァンを捕まえることができなくなる。

 この機会を逃すわけにはいかないのだ。


「皮肉なものだ。王国が危機を迎えないと、組織の膿を取り除くことができないなんて」


 エイリナは少し肩を落とす。

 まさに自分が言ったとおりだ。

 姫勇者だなんだと持ち上げられても、自国の悪を裁くことも自由にできないのだから。


「ルナ……」


「なに?」


「ユーリは元気だった?」


 少し寂しそうにエイリナは呟く。

 何を思ってか。

 その視線は窓外の方に向けられていた。


「ええ……。わたくしが見る限り、とても元気そうだったわ」


「そうか」


「そう言えば、とても綺麗な女の人と冒険していたわね」


「なっ!!」


 エイリナはツインテールを揺らし、ルナミルに向き直る。


「き、綺麗な女の人を??」


「そう。スカウトされたって言ってたわ」


「ちょ! そ、そそそそそそれって逆ナンじゃない?」


「今頃、ダンジョンの奥で2人っきりで……」


 ガシャン!


 再び茶器が置かれたテーブルが揺れた。


 エイリナはピンと背筋を伸ばして、立つ。

 その顔は真っ赤になっていた。


「エイリナ!!」


「あたし……。ユーリを連れ戻してくる。や、や、やっぱあいつの力は必要だわ」


「あ、ちょっと……。エイリナ!!」


 ルナミルの制止を待たず、姫勇者は飛び出していった。

 しばらくして、サーゲイの嘶きが聞こえる。

 そのまま城門を抜けて、エイリナはダンジョンの方へと向かった。


「あらあら……。今、王都に帰ってきているのに……。ふふ……。恋は盲目ですわね」


 その様子を部屋から見ていたルナミルは、再び笑うと、残ったお茶を飲み干した。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


昨日もたくさんの方に読んでいただきありがとうございます。

おかげさまで、★の方も200個が見えてきました。

本日も、もう1本上げますので、

今しばらくお待ち下さい。

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