第34話 力がほしいか?
ゲヴァルドは鼻の頭を赤くし、小さくしゃっくりした。
ソファから足を投げ出した男の周りには、いくつもの酒瓶が転がっている。
むせ返るような酒気が漂い、その場に留まっているだけで酔ってしまいそうだ。
そう。ゲヴァルドは酔っていた。
昼間に起きて、家にある酒を片っ端から浴びるように飲んだ。
そこからずっと酒宴を続けている。
安息日でもないのにだ。
もう何日も宮廷に参内していない。
魔王の封印に関しては、すでにゲヴァルドから天翼族の姫ルナミルに移行されている。
細かな準備も『姫勇者』エイリナが進めていた。
それでもゲヴァルドに仕事がないわけではない。
宮廷に参内すれば、山のような雑事が待ち構えている。
だが、ゲヴァルドは参内せず、こうして昼間から酒を飲んでいた。
しかし、もう5日以上経ったというのに、誰も呼びにこないところを見ると、自分の力はもう必要なくなったのだろう。
諦観と
だが、どれだけ飲んだところで、心の中にある沸々とした感情が払拭されることはなかった。
ゲヴァルドとて好きでこうなったわけではない。
昔からどうしようもない問題児であったことは認める。
だが、仲間と思っていた兄弟たちが次々と独立し、家を出て行った。
公爵家は長男が継ぐことにはなっているが、もうここ数年顔も合わせたことはない。
徐々に屋敷に残ったゲヴァルドの居場所はなくなっていった。
そんな時に振って湧いたように父ドラヴァンが、鍵師の仕事を紹介してくれた。
素直に嬉しかった。
まだ自分は見捨てられていないと思った。
鍵魔法を必死に覚え、後は父に言われるがままに立ち回った。
ドラヴァンの目的はすぐにわかった。
鍵師は魔王の封印の他にも、国にとって重要な物を管理している。
王印――――他国では
その判子は王以外押すことを許されていない。
だが、その判子が押された書類は、どんな理不尽であろうと、王の命令であり、書かれた内容は絶対に実行しなければならない。
もうここまで言えばわかるだろう。
ドラヴァンは息子を鍵師に据えることによって、王印書類を次々と偽造していったのだ。
そうして王に隠れて、宮廷内にいる敵対勢力を、次々と抹殺していったのである。
それが違法と知りながら、ゲヴァルドは唯々諾々と従った。
もし断れば、屋敷を追い出される可能性があったからだ。
だが結局、父の足を引っ張ることになった。
前任者のユーリを不当に解雇した罪。
そのために国が背負おうとしている10億ルドの負債。
その事について、ドラヴァンは宮廷内で激しく追及されているらしい。
「ゲヴァルド……」
突如、ドラヴァンの声が聞こえた。
ハッとなって顔を上げる。
ドラヴァンが立っていた。
夢ではなく、本物だ。
ちゃんと足がある。
周りを見渡すと、もう夜だ。
屋敷に呼んだ高級娼婦の姿は、いつの間にか消えていた。
その代わりドラヴァンの後ろには見慣れない黒ずくめの男が2人立っている。
「親父……。帰ってきたのか?」
「昼間から酒を飲んでいるそうだな」
「ああ……。あんたも1杯やるかい? 親父もストレスがたまってるだろ。他の貴族から突き上げをくらってさ」
ゲヴァルドはまだ酒が残っている酒瓶を探す。
まだ半分ほど残っている酒を見つけると、グラスにも注がずに、瓶ごと差し出した。
だが、ドラヴァンは首を振り、断る。
「酔っているな」
「勿論さ。これだけ飲めばな」
「そうか。それは好都合だ。ならば――――」
死んでくれ、ゲヴァルド。私のために……。
一瞬、何を言われているかわからず、反応できなかった。
ドラヴァンも酔っているのかと疑ったほどだ。
正常に頭が回らぬ中、ゲヴァルドは勝手に話を進める。
「お前が言った通りだ。私は王国議会で激しい突き上げを食らっている。これをかわすのは難しい。どうやら、あの『姫勇者』めが裏で手を引いているようだ。私の王印書類偽造に辿り着く可能性が高い……。だから――――」
「だから、オレに死ねっていうのかよ、親父!」
ゲヴァルドは獅子のように叫んだ。
持っていた酒瓶を投げつけるが、その前に後ろにいた黒ずくめの男たちに叩き落とされてしまう。
その動きでわかった。
プロだと。
それも正規ではない。
裏社会で暗躍する殺し屋であることを。
酔いが一瞬で醒めた。
だが、醒めたといっても、感覚は戻っていない。
脱兎の如く逃げようとしたが、その2歩目でゲヴァルドは転倒してしまった。
その瞬間、頭を掴まれ、もう1人の黒ずくめに身体を押さえられる。
ゲヴァルドは抵抗するが、全く動かない。
やばい、やばい、と心の中で警鐘を鳴らし、全力でふりほどこうとするのだが、ビクともしない。
息子が命の危険にある中、ドラヴァンは妙に冷静な声を響かせた。
「お前にはほとほと苦労させられた。他の兄弟がなまじ優秀だったから特にな。だが、そんなお前でも利用価値があったのだ。父のために死ねる。息子として本望であろう」
「あんた、最初からオレを捨て駒に……」
「当たり前だろう。お前みたいな学もなければ、武芸もない息子に価値などない。むしろその腐り切った命を使って、父を助けることができるのだ。むしろ有り難く思ってほしいものだな」
「お、親父ぃぃいいぃいぃいぃいいぃぃぃいいいい!!」
「すべてはお前がやったこと……。大罪人の息子を持つ父親としては、不名誉極まりないが、その腐った命の代価というなら仕方がない」
その間、黒ずくめは淡々と作業を続けていた。
ゲヴァルドの首に縄を絞め、その下には自分の筆跡とよく似た遺書を置く。
そこには数々の罪状が書かれ、すべて自分がやったと告解していた。
やばい……。本当に殺される…………。
イヤだ!
こんなところで死にたくない。
不名誉を背負って死ぬなど、絶対イヤだ。
イヤだ! イヤだ!! イヤだ……。
「イヤだぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
駄々をこねる子どものように身じろぎする。
暴れ回るゲヴァルドは、その時何も考えず、ただ自分がやれることだけをやっただけだった。
だが、それが思わぬ成功を収める。
【
ドラヴァンのために必死に覚えた鍵魔法だった。
本来、扉の開け閉めぐらいにしか使わない鍵魔法。
だが、その時どういうわけか、時が止まったように黒ずくめが動かなくなってしまった。
「な! ゲヴァルド、貴様何をした!?」
ドラヴァンは叫ぶ。
しかし、問われたところでドラヴァンはわからない。
それはよくユーリが行う全身【
だが、この時ゲヴァルドは奇跡的に黒ずくめの動きを止めることができてしまった。
訳がわからなかったが、チャンスだ。
一瞬、ドラヴァンと目が合う。
体力的に生殺与奪の権利があるのは、ゲヴァルドの方である。
それでもゲヴァルドは何もしなかった。
そのまま部屋を出て、屋敷を飛び出す。
寝間着のままひたすら夜の王都を走り続けた。
どれだけ走っただろうか。
人気のない裏通りに辿り着く。
荒い息を吐き出しながら息を整えると、急に嘔吐感がこみ上げてきた。
胃の中の物を吐き出すが、何も出てこない。
己の姿を見ながら、ゲヴァルドは自嘲気味に笑う。
「なんだよ…………。どういうことだよ……。おい、おい、おい、オイ、オイ……。……なんで、どうして…………こうなった……」
くそ! くそ! くそ!
何度も何度も罵倒を繰り返す。
あまりに無様すぎて、頭がどうにかなりそうだ。
その精神は崩壊しかかり、すでに理性が働くなくなっていた。
すると浮き上がってきたのは、黒い殺意だ。
「くそ! みんな、オレを馬鹿にしやがる……。くそ! 俺に…………俺に力があれば………………」
手を伸ばす。
その瞬間、声が聞こえた。
力がほしいか?
と――――。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
1日が36時間ぐらいになる力がほしい(年末進行中)
ここまでお読みいただきありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。
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