第33話 背中越しの彼女

 僕の初クエストのお祝いは、深夜まで続いた。

 酒場を貸し切っての大宴会だ。

 飲めよ、歌えよの大騒ぎ。

 気が付けば冒険者でもない人に、お酒を奢っていた。


 和やかというには、あまりに過激で、手荒い祝いの会だったけど、それなりに楽しめた。


 少なくとも宮廷の堅苦しい晩餐会のような雰囲気はない。

 上司に頭が上がらず、ずっと下を見ていた頃と比べれば、雲泥の差だ。

 そう思うということは、意外とこっちの方が水があっていたのかも。

 父さんよりは、僕は冒険者だった母さん寄りの人間だったのかもしれないな。


 お祝いの会の中で、アストリアはこう言っていた。


『冒険者というのは不思議なものでね。ライバルであっても、同じ共同体に住む……まあ、少し極端な言い方をすると、家族みたいな存在でもある』


『家族、ですか?』


『ダンジョンでは何が起こるかわからないからね。自分も仲間も危機に瀕している時、頼れるのは――――』


『他の冒険者、ですね……』


『持ちつ持たれつなんだよ。冒険者はね。だから、こうして親睦を深めることも重要なんだ。アスキンのようなヤツに、目を付けられないためにもね』


 確かにクラスや先輩後輩はあっても、飲みの席までそれを持ち出す人はいなかった。

 たぶん、それらは各個人の勲章や経験であって、爵位のような権力ではないからだ。


 皆が同じ舞台に立っているからこそ、助け合いが起きる。

 冒険者社会は、宮廷社会とは真逆と言ってもいいほど、違う世界なのだと、僕は祝いの会に参加しながら、それを学ぶことができた。


「もう1つ学んだのは、アストリアがお酒に弱いってことかな」


 僕は苦笑いを浮かべる。

 そして背中に背負った銀髪の少女を見つめた。

 スースーと気持ち良さそうに寝ている。


 酒場に着くなり、パカパカと飲み始めたから強いのかなと思ったら、いきなり寝入ってしまった。

 もしかして、僕の前だから良いところを見せようとしたのだろうか。


 アストリアには、ちょっとそういう所がある。

 S級冒険者としての誇りか。

 経験者としての意地かはわからないけど。

 そういう所も含めて、嫌いになれないんだよな、アストリアって。


「この天使みたいな寝顔をも」


「……う、うるさいぞ。……ユーリ…………」


「わあ! ごめんなさい!」


 思わず謝ったけど、その後アストリアからの追撃はなかった。

 どうやら、寝言だったらしい。


 ホッと息を吐き、僕はようやく家路に着いた。



 ◆◇◆◇◆



 僕はそっと宿の部屋の扉を開いた。

 時間は深夜だ。

 おそらく母さんも、フリルも寝ているだろう。

 寝ているところを起こすのも悪い。

 特にフリルは、寝起きが悪いのだ。


 僕はアストリアを抱えたまま、抜き足差し足とばかりに部屋の中に入っていく。

 すると――――。


 パッ!


 突然、部屋の明かりが付く。

 おかしい。僕は生活魔法を使っていない。

 なのに、部屋の明かりが一斉に付いてしまった。


「おかえり」


「おかえり、にぃにぃ」


 母さんと、さらにフリルが寝間着姿で立っていた。


「え? ええ? 2人ともどうして? 何も言ってなかったのに?」


 寝起きが悪いフリルまで起きてる。

 まるで昼間のように目をパッチリ開けて、ちぱぱぱぱと僕の足に抱きついた。


「にぃにぃ、かえってくるのわかった。フリル、すごい? すごい?」


「ど、どういうこと?」


「フリルちゃんね。にぃにぃの匂いがしたんだって」


 にぃにぃの匂いって……。

 我が妹ながら、どんな嗅覚を待ってるんだよ。


「いきなり起きるからビックリしてたら、本当にあんたが帰ってきたってわけ」


「へ、へぇ……」


 ちょっと信じられないけど、家族が出迎えてくれるのは嬉しい。

 僕は足に抱きついたフリルを抱き上げた。


「ただいま、フリル」


 妹を抱きしめる。

 3日ぶりのフリルの匂いは、家の匂いがした。

 なんか帰ってきたって感じがする。

 思わず涙腺が緩みそうになった。


 感動の再会と思いきや、僕の頬をパチパチ叩いて、拒絶したのはフリルだった。


「にぃにぃ! にぃにぃ!」


 いやいやと身体を動かし、ついに僕の腕から脱出する。

 顔を赤くして、珍しくフリルはプンプンと怒った。


「にぃにぃ、お酒くさい……」


「あ……。ちょっとね」


「それでアストリアちゃんを酔いつぶしたのかい? 女の子を酒で酔わせて、どうするつもりだったんだい、ユーリ?」


 ほほほ、と母さんは口元に手を当てて微笑む。

 まるで井戸端会議している庶民の奥さんみたいだ。


「な、何にもしてないよ。アストリアが、弱いのにお酒を飲んで――」


「へ~。アストリアヽヽヽヽヽ、ね――――」


 意味深げに母さんは笑った。


「な、何?」


「別に順調順調と思っただけさ。もう1度聞くけど、本当に手を出していないんだね?」


「そ、そう言ってるだろ」


「あははは……。わかってるよ。ユーリにそんな甲斐性がないことは」


 わ、悪かったね。

 じゃあ、なんで聞いたんだよ。


「酔ってる女の子に手を出すなんて、鬼畜な息子を産んだ覚えはないからね。ほら、後は私が介抱してあげるよ。あんたも自分の布団を出して寝なさい。フリルもこっち」


「あい~~」


 母さんたちは、奥の部屋へと引っ込んでいく。


 なんか適当にあしらわれたような気がするけど、まあいいか。

 夜も遅いし。

 正直に言うと、僕もすっごく眠たかったのだ。

 そもそも僕もアストリアさんも、この3日まともに寝ていない。

 むしろよく起きていた方だろう。


 これが冒険者か……。


 と思うと、少し怖い気もする。

 けど、僕は選んでしまった。

 冒険者という仕事を。

 アストリアとともに深奥を目指すと……。


 僕は寝床に入り、すぐに目を瞑った。

 すぐに眠気が下りてくる。

 そのまま深い意識の底に向くかと思ったら違った。


 奥の部屋から人が現れる。

 母さんかなと思ったが違う。

 足音でわかった。

 アストリアだ。


 ややふらつきながら、部屋の外の共同トイレへと向かった。

 あれだけ飲んだのだ。

 トイレが近くなってもおかしくない。


 帰ってこれるのか、と少し心配になったけど、アストリアはすぐに戻ってきた。


 そのまま奥の部屋に戻れば、任務完了ミッションコンプリート……のはずだった。


 衣擦れの音がすぐ近くに聞こえる。

 僕が潜っている布団を引っ張られた。

 そのままアストリアは、僕の背中にヽヽヽヽヽしがみつくヽヽヽヽヽ


 そして再び寝入った。


「え……」


 えええええええええええええええ!!


 ちょっ! ちょっと! アストリア!

 何をしてるの!?

 ここは僕の布団であって、その君のじゃ……。


 抗議しようとしたけど、規則正しい寝息が容赦なく聞こえてくる。

 酒場から宿まで、何度も聞いたあの寝息だ。


 どうやらS級冒険者の少女は、僕の背中がいたく気に入ったらしい。


「おこしちゃまずいよな……」


 僕は覚悟を決めて、何も見なかったことにして、硬く目を瞑る。


 だけど、僕はその日一睡もすることができなかった……。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


次回、久しぶりにゲヴァルド登場。

そして話は一気に佳境へと向かいます。よろしくお願いします。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

皆様の評価を★★★で教えて下さい。よろしくお願いします。

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