第32話 たまにはこういうのも悪くない 

「さて……。堅苦しいのは、ここまでだ。そろそろ報酬の話をさせてくれ」


 ようやくアストリアの表情がほぐれる。

 緩んだ襟元を締めて、お金の話を始めた。


「はい。クエストは未達ですが、依頼料の8割をお支払いさせていただきます。また怪我をしたり、破損した武器の修理費用は別途お支払いさせていただきますので、遠慮なく申し出て下さい」


「それでホブゴブリンの方だが……」


「依頼はありませんが、ギルドの方で特別褒賞金を出させていただきます。ホブゴブリンの肉体の一部はお持ちですか……」


 アストリアはあらかじめ用意していたホブゴブリンの爪の一部を差し出す。

 受け取ると、マーレイさんは、鑑定魔法を起動した。


「はい。間違いなくホブゴブリンです。しかも、Aランクと出ていますね」


 最後の一言にギルド内は、再び騒然となる。


「Aランク……?」

「ホブゴブリンが……」

「第1層でAランクの魔物が出るなんて」

「おい。魔力が制限された状態で、S級冒険者でも勝てるのか?」

「さすがに難しいんじゃないか?」

「じゃあ、まさか……」


 冒険者たちが僕の方を見る。

 ようやく事態を悟ったとばかりに、顔を青ざめさせる。


「報酬ですが……。200万ルドでいかがでしょうか?」


「に、200万ルドぉぉぉぉおおおお!!」


 僕は絶叫する。

 郊外なら一軒家が建てられるぐらいの値段なんですけど。

 他の冒険者も驚いていた。

 ホブゴブリンの値段としては、あまりに破格だそうだ。


 それでもAランク判定された魔物。

 それぐらいの値段が付いてもおかしくない、というのが冒険者たちの見解だった。


 だが、アストリアは首を縦に振らない。


「うーん。もう一声……」


「わかりました。210万でどうでしょうか?」


「うん。それでいい……」


 す、すごい……。

 210万の取引を見てしまった。

 1000万ルドの予算を申請したことがある僕が言うのもなんだけど、目の前で210万ルドのお金が動くのは、さすがに圧巻過ぎる。


「全額お支払いを希望されますか?」


「50万だけ引き出す。後はギルドで預かっててくれ」


「かしこまりました」


 しばらくしてマーレイさんは、50万ルドが入った袋を持ってくる。

 以前、腕相撲でもらった賞金と同じ額だけど、大金は大金だ。


「さて、ユーリ。少し君にレクチャーしてあげよう」


「レクチャー?」


 袋を受け取ったアストリアはニヤリと笑う。


「冒険者と仲良くなる秘訣だよ」


「へ??」


 すると、アストリアは受け取ったばかりの金袋を、冒険者の前に掲げて見せた。


「みんな、喜べ! ここにいるユーリが先輩冒険者のみんなにお酒を奢りたいのだそうだ。新人冒険者の申し出を仕方なくヽヽヽヽ受けたいヤツはいるか」


「え? ちょ――――」


 僕、何も言っていないんですけど!


 止めようとした時には遅かった。



「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」



 万の軍勢が攻めてきたのかと思う程の雄叫びがぶち上がる。

 冒険者の瞳は飢えた狼のように光っていた。

 中には、涎を垂らしている人もいる。


「やったぁぁぁあぉあぁあぁあぁぁあああ!!」

「新人冒険者様さまだぜ!」

「期待の新人ルーキー様はよくわかってんなあ!」

「ひゃっっはああああああああああああ! 今日浴びるほど呑むぜぇ!!」


 まるで猪の大群が現れたのかと思う程、大きな声を上がる。

 冒険者は興奮の坩堝と化していた。


 こうなったら、僕の鍵魔法でも止められそうにない。


「あ、アストリア……。これ――――」


「ふふふ……。これが冒険者と仲良くなる秘訣だ。さ――行こうか」


「行こうかって……。どこへ?」


「酒場に決まってるじゃないか?」


 アストリアは僕の腕を引っ張る。

 その後ろからぞろぞろと冒険者が付いてきた。

 まるで一国の軍司令官みたいだ。

 残念ながら、連れている兵士はどれも柄が悪いけど。


「ふふん……」


 でも、僕の腕を引っ張るアストリアはなんだか嬉しそうだ。

 お酒が好きなのだろうか。

 そんな彼女の顔が見てると、細かいことはどうでもよくなってくる。


 たまにはこういうのも悪くないかもしれない。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


本日はここまでです。

あと1話だけ日常シーンを挟んで、いよいよ第一部最終章です。

勘違いしてる人が多いんだけど、第一部の最終章ですからね。

ついに対決の日がやって来ますので、お楽しみに!

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