第27話 撃て! アストリア!
しばらく進むと、僕たちはダンジョンの行き止まりに突き当たる。
遠くからはホブゴブリンの足音が聞こえた。
確実に僕たちを追いかけて近づいてくる。
行き場のない場所で戦闘になれば、避けることは難しい。
絶体絶命のピンチではあるのだが、この行き止まりこそ僕たちが目指す場所だった。
「ここが魔力溜まり……」
呟くと、アストリアとルナミルさんは頷いた。
確かに魔力が濃い。
ここでならどんな大魔法だって再現できそうだ。
まして聖剣を使うなら……。
「ギリギリといったところだな」
アストリアは唇を噛む。
「これでギリギリですか?」
「聖霊魔法はかなりの魔力を消費しますからね」
天翼族が住む第7層は魔法の開祖といわれる人物の故郷だ。
そしてもっとも魔法文化が発達した層だと聞いている。
僕にとって聖霊魔法はあまり耳慣れなくても、ルナミルさんにとっては常識範囲内の知識なのかもしれない。
「しかし、あんなホブゴブリン……。どこに潜んでいたんでしょうか?」
気配がしたと思ったら、いきなり後ろにいた。
暗がりだったとはいえ、全然気配に気づけなかったのだ。
「暴れ回って寝ていたのでしょう。ダンジョンの暗がりでは仕方ありませんよ」
「すまない。私も血臭が濃くて気づけなかった」
「いえ。アストリアが悪いわけじゃないですよ。それよりも――――」
足音が近づいてくる。
確実に僕たちとの距離を縮めつつあった。
「時間がないな。ユーリ、時間稼ぎをしてくれないか?」
珍しくアストリアからお願いされる。
「大丈夫だと思います」
「頼む。私はここの魔力を収集して、聖剣を作る準備をする。合図をしたら、ヤツから距離を取ってくれ」
「わかりました」
直後、ドスンと地響きが伝播する。
振り返ると、あのホブゴブリンが白い息を煙のように吐き出していた。
目が血走っている。
その視線の先にいるのは、アストリアだ。
斬られたことを根に持っているのだろう。
そのアストリアはショートソードを構える。
目を閉じ、精神を集中させた。
『ヴァオッ! ヴォオッ!!』
アストリアの集中を乱すようにホブゴブリンが叫ぶ。
その前に僕が立ちはだかる。
「アストリアの邪魔はさせない! 全身――――」
【
鍵魔法をホブゴブリンにかける。
B級冒険者ですら手も足も出なかった鍵魔法だ。
ホブゴブリンの巨体を止めるなんて……。
『ヴァアアアアアアアアアアアアアア!!』
ホブゴブリンは叫ぶ。
立ちはだかる僕を石斧でなぎ払った。
「そんな――――」
「ユーリさん!!」
僕は一瞬竦んだが、ルナミルさんの声を聞いて、我に返る。
すかさず呪唱した。
「全身――――」
【
今度は自分を止める。
横合いから強烈な張り手を食らったがビクともしない。
それでも衝撃が僕の内腑を激しく揺らした。
それにしてもどうして、僕の鍵魔法が?
いや、考えている暇はない。
アストリアが僕を頼ってくれたんだ。
今はその期待に全力で応えるだけを考えろ。
僕はあえてホブゴブリンの懐に飛び込む。
足に取り付くと、アストリアに仕込んでもらったナイフを振るった。
僕のナイフがホブゴブリンの肉を削る。
対するホブゴブリンは、足を上げて、僕を踏みつぶそうとした。
僕は器用に避けていく。
身体はでかいが、その分動きが鈍い。
アストリアの剣筋に比べれば、蠅が止まるほどだ。
いや、僕がその蠅になる。
なんとかホブゴブリンの注意を引きつけてやった。
僕の思惑は当たる。
ホブゴブリンは必死に僕を踏みつぶそうと、スタンプを続けた。
だが、そんなの僕には――――。
ゴッ!!
石の破片が僕のこめかみに当たった。
ホブゴブリンの足踏みで捲れ上がった石の破片に、反応できなかったのだ。
意識が薄くなっていく。
やばい……。やばいやばいやばい!!
今ここで意識を失うわけにはいかない。
だが、気付いた時には地面に倒れていた。
一方、ホブゴブリンは倒れた僕に目もくれていない。
どうやらアストリアが練った魔力に反応しているらしい。
魔物にとって、魔力は餌も同然。
大量となれば、それはもはやご馳走だ。
まずい!
今、ここであいつを行かせるわけにはいかない。
アストリアと、僕を信じてくれた仲間に申し訳が立たない!
僕は地面に手を置く。
「地面――――」
【
その瞬間、結合力を失った地面がバラバラになる。
僕と、ホブゴブリンが穴底へと真っ逆さまに落ちていく。
視界の中の世界がスローモーションになる。
その端で一際光る青白い光を、僕は見た。
温かで力強い……。
すぐにわかった。
アストリアの魔力の光だと。
僕は意識が明確でない中、これだけははっきり言わねばと思い、口を開けた。
「撃てぇぇぇぇええええ!! アストリアァァァァァアアアアアアア!!」
僕の側にはホブゴブリンがいる。
今、撃てば間違いなく致命傷を負わせることができるはずだ。
その場合、僕は巻き込まれるだろう。
でも、僕は信じている。
アストリア・グーデルレインという少女を信じている。
そしてきっと彼女は撃ってくれるはず。
僕を信じて……。
その瞬間、青白い光が鋭利に光る。
頭上でその声が聞こえた。
あれが聖剣の光。
風聖霊ラナンの力を借りた必殺の一撃。
激しく雄々しい。
岩を、硬い岩盤すら粉みじんにしながら名前の通り穿孔してくる。
すごい……。
ただただ僕は息を飲むだけだ。
これがS級冒険者の力……。
何と雄大で、そして大らかなのだろう。
すべて包み込むような力の波動を感じる。
まるでアストリアそのものだ。
僕もいつか慣れるのだろうか。
いや、僕が第8層に到達した時、僕もまたS級にふさわしい冒険者になれているのだろうか。
アストリアの横に真に立てる冒険者になっているのだろうか。
わからないけど……。
でも、疑問を呟くのはやめよう。
今はただ彼女を追いかけるだけだ。
刹那、僕はダンジョンに生まれた嵐の中に飲み込まれていった。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
本日はここまでになります。
ここまで読んでみた読者の皆様の評価をお聞きしたいです。
是非★★★での評価をよろしくお願いします。
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