第26話 守勢

 ダンジョンの天井は広い。

 それは宮廷の中にあるダンスホールと遜色ない。

 違いがあるとすれば、そこに煌びやかなシャンデリアがないことぐらいだろう。


 なのに、目の前のホブゴブリンは今にもその天井に頭が着きそうだった。

 猫背の背中をピンと立てば、天井を突き破ることも可能だろう。

 それほど大きなホブゴブリンだったのだ。


『ウヴォオオオオオオオオオオオ!!』


 吠声を轟かせる。

 暗闇に揺れる赤黒い双眸が僕を発見した。

 その瞬間、大きく腕を振り上げ、そして下ろす。


 攻撃が来る!


 その瞬間、固まっていた僕の唇はようやく動き出した。


「全身――――」



 【閉めろロック



  反射的に鍵魔法を自身にかける。

 とにかく防御に徹することに決めた。

 本来鍵魔法を戦闘で使う場合、守勢に徹することに決めている。

 さっきの冒険者のように、鍵魔法が効かなかったら、一貫のおしまいだからだ。


 直後、振り下ろされた石斧が僕の頭を叩く。


 ゴオオオオオオオンンンンン!!


 轟音が鳴り響いた。


 やばい……!

 凄まじい衝撃だ。

 鍵魔法をかけているのに、打撃の余波が胃にまで伝わってくる。

 魔法がなければ、今頃ぺしゃんこになっていただろう。


「冒険者の方!!」


「大丈夫です」


 1度鍵魔法を解き、僕は答える。


「あのホブゴブリンは異様です! あなただけでも――――」


「ダメです!!」


「えっ――――?」


「もうたくさんの人が死んでしまった。そして僕はそれを見つけてしまった」


 周りに佇む無残な骸を見つめる。

 見るだけで無念な気持ちが伝わってくる。

 僕が少しでも早く到着していれば、もっと助けられたかもしれない。


「だから、せめて1人! あなただけでも救わせて下さい!!」


 直後、またさっきの振り下ろしが来る。


「全身――――」



 【閉めろロック】!!



 再び轟音が響く。

 ビリビリとした衝撃が、僕の内臓を揺らす。

 だが、事実としてホブゴブリンの一撃は、僕を突破できていない。


 勝てないまでも、負けることはない。

 それに僕には仲間がいる。


 その時だった。

 一陣の風がダンジョンを駆け抜けていく。

 それは銀色をした疾風だった。


 ホブゴブリンに纏わり付く。

 その瞬間、無数の鮮血が飛んだ。


『グヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォ!!』


 たまらずホブゴブリンは悲鳴を上げる。

 巨体がよろめき、尻餅を付いた。

 そこに少女が立ちはだかる。

 ホブゴブリンのの無様な姿を見下した。


「アストリア!」


「すまない、ユーリ。フォローが遅れ――――ん? そちらの方は?」


「天翼族の方です。どうやら彼女を護衛していて…………って、なんで頬を膨らましているんですか?」


「べ、別に……。君は随分と女性に縁があるなと思っただけだ。特に綺麗な――」


「この状況で何を言っているんですか? そもそもアストリアだって、十分綺麗ですよ!」


 言ってから気付いた。

 一体、僕は何を言っているのか、と。

 いや、僕たちは何を言い争っているのか、と。


 ともかくアストリアの顔はポッと赤くなる。


「なななななな、何を言っているんだ! わかっているのかい? ここは戦場だよ」


「知ってますよ。そもそもアストリアから振ったんでしょ!!」


「あの~~……」



「「なにっ??」」



 僕とアストリアが声を揃える。

 振り返った先に天翼族の女性が座っていた。

 おもむろに後ろを指差す。


「立ち上がってますけど、大丈夫ですか?」


 こちらも戦場には似つかわしくないのんびりとした声だった。


 振り返ると、先ほどアストリアの連撃を受けたホブゴブリンが立ち上がろうとしている。

 身体が血で赤く染まっているものの、傷自体は浅いようだ。


「くっ! やはり浅かったか……」


 アストリアはショートソードを構え直した。


 ホブゴブリンの巨体は大きい。

 身体が大きければ、皮膚や肉が熱くなるのも必定である。

 所詮ショートソードは、対人用の武器だ。


 こんなホブゴブリンを倒すために作られたわけじゃない。


 大きく、さらに切れ味鋭い武器が必要になる。


「あまり気は進まないが、聖剣を使うか……」


「え? でも、あれは魔力が濃い下層じゃないと」


「こんな巨大なホブゴブリンがいるんだ。おそらくだが、近くに魔力溜まりがあるはず」


「なるほど。それをこちらでも利用するんですね」


「それなら、わたくしが案内できるかもしれません」


 声を上げたのは、天翼族の女性だ。


「あなたが?」


 僕がキョトンとする一方、アストリアは頷いた。


「そうか。天翼族の身体では、上層の魔力は薄すぎるからな」


 下層の種族は濃い魔力の中で生きている。

 中にはその濃い魔力を生命力に変えて、生きているという種族もいると聞く。

 おそらく天翼族も、そんな種族の1つなのだろう。


「はい。魔力溜まりが発生していると知り、魔力の補充をと。近々大きな魔法を使う予定もあったので……」


「なるほど。話が速い。すまないが、案内してくれないか」


「でも、この人ひどい怪我を……」


「いえ。ここでこのホブゴブリンを仕留める方が先決です。これ以上、被害を出さないためにも、ね?」


 僕の方を見て、微笑みかける。

 まさしく天使の微笑みに、僕はうっと声を詰まらせた。

 横でジト目で睨んでいるアストリアがいるというのに。


「わ、わかりました。お願いします」


「はい……」


 直後だった。

 再びホブゴブリンの石斧が振り下ろされる。

 砲弾が炸裂したかのように地面がえぐれた。


 僕は天翼族の女性を抱えて飛ぶ。

 アストリアも回避に成功していた。


「ありがとうございます。ところで、お名前を聞いても……」


 結構、余裕があるなこの人。

 さすが第7層の種族といったところだろうか。


「僕の名前はユーリです。あっちはアストリア」


「わたくしの名前はルナミルと申します。よろしくお願いします、ユーリさん」


「は、はい。お願いします、ルナミルさん!」


 互いに自己紹介を済ませると、ルナミルさんの指示に従い、ダンジョンの奥へと再び進むのだった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


ある意味、息が合ってきたな、この2人(良きかな、良きかな)

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