第16話 はじめてのクエスト
サーゲイが引く荷車が止まった。
どうやら目的地についたらしい。
乗り合いの冒険者たちは次々と幌付きの荷車を降りていく。
僕もアストリアさんと一緒に外に出た。
眼前に広がっていたのは、大きく歪な穴だ。
巨大な蛙が口を開けているようにも見える。
むせ返るような臭気。
洞窟の奥から吹き上がってくる風の音だろうか。
時折、慟哭のような音を鳴らした。
そこに向かって、冒険者や多くの荷馬車を引いた商隊が入っていく。
乗り合いの冒険者たちも、それぞれ依頼主と合流して、ダンジョンの中へと消えていった。
ぼうとその様子を眺めていると、キーデンス様と書かれた紙を持った男性を見つける。
近づいてみると、若い商人だった。
「あの……」
「もしかして、キーデンスさん?」
「そうですけど、あなたは?」
「依頼主のバーマンと申します。道中よろしくお願いします」
「依頼……主…………?」
僕が首を傾げると、横でアストリアさんが苦笑した。
「すまない。君の名前でクエストを受注しておいたんだ」
「いつの間に?」
「ダンジョン探索にはお金がいる。君が腕相撲で稼いだお金も、ほとんど家においてきたんだろう。それにこれも冒険者の仕事だ。君にも良い経験になる」
「は、はあ……」
ポカンとしていると、突然手を握られた。
「よろしくお願いします。キーデンスさん」
「は、はい。えっと……ユーリ・キーデンスです。ユーリと呼んでください」
「あなたが期待の新人と呼ばれるユーリさんですか」
バーマンさんは目を輝かせる。
「き、期待……?」
「ええ……。商人の間じゃもうあなたは有名人です。B級冒険者のアスキンが手も足も出なかったって。昔一緒にお仕事したことがあるんですけど、道中ずっと自分の自慢話をしたり、挙げ句自分は素人のくせに商売のやり方まで難癖つけてきたんですよ、あの人」
「そ、そうなんですか……」
「新人のあなたがコテンパンにしたって聞いた時は、痛快でした。是非よろしくお願いしますね」
バーマンさんは最後に僕の肩を叩く。
その様子を見ていたアストリアさんは、ふふっと微笑んだ。
「すっかり有名人だな、ユーリくん」
「あはははは……」
僕は苦笑で返す。
正直に言うと、全然実感はなかった。
「有名人なのはあなたの方もでしょ。アストリア様。S級冒険者とお仕事できるなんて、光栄です」
バーマンさんは胸に手を当て、深々と頭を下げる。
この辺りでは最上級の礼の仕方だ。
それほど、S級冒険者は尊敬されているという証だろう。
「私は運がいい。期待の新人とS級冒険者が護衛に付いてくれるんですから。百人力ですよ。これならホブゴブリンが出ても安心だ」
「ホブゴブリン? 確か第1層は小型のゴブリンまでだったはずだが」
「聞いてませんか? すでに被害が出ているようですよ」
バーマンさんの説明を聞いたアストリアさんは、軽く爪を噛んだ。
「アストリアさん……。ホブゴブリンって……?」
「ゴブリンぐらいなら知ってるだろ? そのゴブリンが大型化した魔物だ。第1層のダンジョンは下層と比べて魔力が薄い。ゴブリンが大型化するのは、第2層からのはずだ。おそらくダンジョン内に魔力溜まりができているのだろう」
ダンジョンは複雑な迷路になっている。
そのため、稀にそこに吹き込む風が行き場をなくし、滞留することがあるそうだ。
大気の中に含まれる魔力がつもりに積もって、濃い魔力の渦を生み出す。
それが魔力溜まりだ。
「クエストが終えたら、魔力溜まりをつぶしに行こう、ユーリ君」
「それは良いですけど、時間はいいんですか? あまり回り道していると」
そう。
忘れてはならないのは、僕たちにあまり時間が残されていないことだ。
マーレイさんも言っていたけど、時間が経てば経つほど、アストリアさんの仲間のメンバーの生存率が低くなる。
遠回りしている時間はあまりない。
「いや、魔力溜まりがあると知って黙ってるわけにはいかない。放っておけば、さらなる被害が出る。それにだ」
「それに?」
「多額の報酬が貰えることもある。路銀に困ることがなければ、下層に下りる時間も短縮出来るからな」
「なるほど!」
僕はポンと手を打つ。
「手伝ってくれるかい、ユーリ君」
「勿論です。微力ながらお手伝いします」
「うん。良い返事だ」
と言ったのは、バーマンさんだった。
僕の肩をバンバンと叩く。
「気に入ったよ。新人ながら社会に貢献するなんてなかなかできることじゃない。陰ながら応援しようじゃないか。そうだ。君の個人的なパトロンになってもいい」
「ぱ、パトロン?」
「冒険者の活動を支援してくれる人のことだよ」
「い、いいんですか?」
「といっても、うちに出せるものはこれぐらいだけどね」
バーマンさんが荷台の樽の中からトマトを取り出す。
どうやら、第1層で買った農作物を、第2層に売りに行く所らしい。
食べて見ると、トマトは凄く甘く瑞々しかった。
「うまいな」
アストリアさんもトマトを食べて、声を上げている。
「だろ? うちが契約している農家のトマトは第1層で1番なんだ」
「1番かともかく、確かにこれはうまい。これでトマトソースを作るとうまいだろうな」
「ピッツァとかいいかもですね。母さんの得意料理です」
「ピッッッッッツァ!! それもいいなあ!!」
アストリアさんは目を輝かせる。
口元にはちょっとキラキラしたものが輝いていた。
前から思ってたけど、アストリアさんって食べ物のことになると人が変わるよな。
意外と食いしん坊なんだろうか。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
やはりアストリアさんから、食いしん坊騎士の匂いがする。
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