69. 始まりの言葉

  カイトの胸からナイフを引き抜き、手だけ合わせて、石畳の階段を思いっきり走る。立ち去る瞬間、緑色の光がここまで来ていた気がするが、気にしている暇はない。今はただひたすらに走り、魔王を見つけなくては。

  脳内に表示される地図に則って走り続ける。階段を最上階まで登りきり、角を何度か曲がったところで、異様な部屋に着いた。

  もしかしなくても、これが魔王の部屋なんだろう。

  開けるのが怖くて躊躇するが、えぇぃ、ままよ。時間はない。

  バン、と派手な音を立てたドアから単身、部屋に乗り込む。

  部屋にいたのは、何やら真っ赤の仮面を被った少年だった。歳は、エリーズより一、二歳下、という感じ。

  魔王は推定数百歳、と言われていただけあって、困惑する。けれど、ここに充満する魔力は、どう考えてもこの少年のものだろう。

  少年は、エリーズの姿を認めると、ゆっくりと手を挙げた。開いた手から、鎌状の何かが飛んできた。

  咄嗟にナイフで全てを切り落とすが、一撃が重い。今までとまるで違う。そう、格が違う。

  今攻撃を振り払ったばかりなのに、魔王が手を振っただけでまた、色々飛んでくる。

  それを全部かわし、かわしきれなかった分は切り落とすと、魔王はほう、とでも言いたげな雰囲気を出した。

 

「お前は、やはり強いな」


  ははっと笑いながら、魔王が言った。


「けれど、これでもう終わりだ」


  血のような真っ赤な何かが放たれた。恐ろしい速度だ。さすがに切り落とすことも、かわすこともできず、エリーズの体に傷を付けていく。


「あぁ、まだ生きているのか」


  まるで人の温もりを感じないその声に、体中に悪寒が走る。この人は、常人ではない。

  その事実を、ひしひしと感じた。


  魔王は指を鳴らし、またいくつかの魔法が飛んできた。応戦するが、それも虚しく。

  傷が次々とついていく。

  もはや、痛いとさえも感じなかった。ドバドバ出ているんだろうアドレナリンに感謝すべきだろうか。


「お前も、案外しぶといな。けどもう、終わりか?」


  先程の攻撃で座り込んでしまっていたエリーズに、魔王が声をかける。

  悔しい。ギリッと歯を噛み締めたエリーズは立ち上がった。みんなと、約束を交わした。絶対に、魔王を討伐すると。絶対に、生きて帰ってくると。

  そのための努力を、みんなの努力を、無碍にするわけにはいかない。


「そりゃそうよ」


  俯いていた顔を上げる。


「だって私は、剣術チートな悪役令嬢なんだから!」


  始まりの戦いで自分を鼓舞した言葉は、終わりでも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る