67. 追憶

  思えば昔から、私は臆病な子供だった。

  一人では何も出来ず、ミシェルが傍にいないと、安心できない。世界の全てはミシェルで構成されていて、自分が何か言うたび、誰かを不快にさせてしまうのではないかと、心配でならなかった。

  この気の弱い性格を、誰かのせいにする気はない。

  だけど、お母さんのこともあったのかも、なんて、最近思う。

  お母さんは、私の本当のお母さんではない。

  私のお母さんは、私を産んですぐに死んでしまって、お父さんが再婚して、今のお姉ちゃん達と一緒に、家に来たのだそうだ。

  やっぱりそうなると、お母さんとお父さんとお姉ちゃん達はとても仲が良くて、なかなか家族の輪に入れない自分がいた。

  そういえば、私が今仲良くさせてもらっている女の子の友達は、エリーズちゃんとリルちゃんで、彼女らはとても強い。羨ましいくらいに、強い。いつもミシェルに隣にいてもらっている私とは、まるで正反対だ。

  だからきっと彼女達だったら、家族のみんなと仲良くできるんだろうな、とも、思ってしまったり。


  今回のこの計画に協力したのは、強くなるためだった。ミシェルも最初は反対していたが、どうしても参加したいのだと伝えたら、喜んで頷いてくれた。私が自分からはっきり言ったのが、嬉しかったらしい。

  魔王討伐計画で助けるレオンのお姉さんとは、何回か会ったことがある。

  不思議な人だった。初対面の私の性格をピタリと言い当て、私が話しやすいようにしてくれた。本当に、不思議な人だったと思う。

  特に、確か三回目に会った日のことは、忘れることができない。


  あの日私の家で、舞踏会があった。

  社交的でない私は、早々に舞踏会が嫌になって、ベランダから外を眺めていた。何となく。本当に、何となく。

  しばらくそうしているうち、レオンのお姉さんーージュリーさんーーは、やってきた。

 

「どうしたの?」


  少し低く掠れた声でそう言う。あのかっこいいハスキーボイスは、私の憧れだ。


「特に、何もなくて……ただ、外を眺めていだけです」


「そう」


  ジュリーさんは優しく笑った。それはもう、聖母のように。

  そのまま二人で、どこか遠くに沈みゆく夕日を眺める。


「嫌になっちゃった? 舞踏会」


  ふと確信をついてきたので、私は目を見開いて、彼女の方を見た。あ、バレた、と思ったが、どうやらもう遅かったらしい。


「サラちゃんはさ、舞踏会とか嫌い?」


  尋ねてくるジュリーさんにおそるおそる頷くと、彼女は声を上げて笑った。


「あのね、サラちゃん」


  それから少し、寂しそうな目で言う。


「人間ってさ、自分が思ってるよりずっと、美しいものなのよ」


  掻き消えた夕日の欠片を頬を滲ませ、彼女はポソりとと呟いた。

 

「だからもっと、堂々としててもいいと、思う。そんなに自分を卑下する必要、ないと思うよ」


  彼女の顔を見つめていると、ふと不意にこれが大人なのかと感じた。そうなのか。こんなにも、かっこいいものなのか。


「分かりました」


  あれから十年近く経つけど、その言葉を実行できたとは、自分でも思えていない。

  結局怯えながら、ミシェルの保護元にある。

 

  でも今、みんな頑張ってる。誰もが、頑張ってる。


「ミシェル、向こう手伝ってきて。私は、催眠魔法を使うから」


  困惑するミシェルに、思いっきり笑いかけた。

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