47. 伝えなければならないこと

  エリーズの家に着くと、門の前に立ち並ぶたくさんのメイド達に迎えられた。

  いつも自分のためだけに集まらせて悪いなと思うが、俺も王子という身分だ。こうして敬意を払ってくれている人のためにも、頑張らなければ、と気合いが入る。

  こう思うようになったのも、エリーズのおかげかもしれない。俺はその昔、ただの頭でっかちな人間だった。自分の全てが正しいのだと思い、地位に縋って、威張って見せていた。

  今でも本音を曝け出したりすることの難しいポジションにはいるが、それでも、謙虚で賢明で、そして何より素直で優しい彼女の傍にいたおかげで、俺の人生は変わったと思う。最近はそのことに、あまり彼女と会えなかったから、よく気がつく。


「エリーズは?」


  一番端にいるメイドに話しかけると、ご自身の部屋のベランダにいらっしゃます、という返事が返ってきた。

 

  エリーズの部屋へ行くと、彼女はベランダの柵にもたれかかって、空を見上げていた。


「遅くなって、すまなかった」


  声をかけると、彼女は振り向いて、にっこりと笑った。こんな時間にも関わらず、メイクやドレスなど、身だしなみはばっちり。自分のためにそうしてくれているんだと思うと、嬉しいが、少し申し訳ない。


「全然大丈夫」


「今日は星、綺麗に見える?」


「うん、綺麗」


  そう言って部屋の中に入ってこようとする彼女を制し、俺はエリーズの隣に立った。月明かりが眩しくて、思わず少し目を細めた。


「なぁ、エリーズ。話があるんだ」


「うん」


  空を見上げながらそう言うと、彼女も同じようにして頷いた。横顔を盗み見ると、穏やかな表情をしていた。


「あのさ、俺、エリーズのことは応援しようと思う」


「え?」


  エリーズが驚いたようにこちらを見た。反対されると思っていたんだろう。


「俺はエリーズ達を、裏で支えようと思う。俺は、誰もが使えるような魔法しか使えないし、大した戦力にはならないだろう。だから、戦隊の指揮や戦い方、それらを考えて、実行する。必ず、実行させる。俺にできるのは、それくらいのことだ」


  今日のあの事件の後、レオンに話を聞きに行けば、国も関わっているのだと言われ驚いた。が、どうやら父親はあまり援助していないらしく、正直かなり厳しい状況にあるようだ。だったら、俺は権力の限りを尽くして、軍を支える。それが今の俺に、一番できることだ。

  俺はエリーズの婚約者であると共に、レオンの友達でもあるのだから。


「ありがとう」


  震える声で、彼女が言った。瞳に、涙の膜が張っていて、きらりと光る。


  俺はゆっくりと微笑むと、気を引き締めた。言わなければいけない。今日必ず伝えると、決意したことを。



「エリーズ。君が好きなんだ」


 

  息を呑む音が、聞こえる。

  ずっとこの三ヶ月近く、考えていた。

  エリーズに対する不安や安堵、喜びや悲しみ、それらの感情について。特に、エリーズはレオンのことが好きなんじゃないかという不安は大きかったから、今日そうではないと発覚した瞬間の安心感は凄まじかった。

  そして答えはあの瞬間、今日エリーズが戦っているところを、偶然目撃してしまったときに、分かった。

  声を張り上げ、凛とした表情で戦う彼女を見て、あぁ、考えるまでもなかったと。自分は、彼女のことが好きで好きでたまらないんだと、気づいた。

 

「もしかしたらエリーズは、俺を婚約者としか見ていないのかもしれない。だけど俺は、エリーズが好きだ。婚約者としてじゃなくて、一人の女性として」


  だんだん俯きがちになる自分を叱咤して、彼女の目を見つめる。

 

「いつもみたいに、からかってるんじゃなくて?ほんとうに、わたしのことがすきなの?」


  ぼんやりとした顔で、彼女はそう言った。


「ほんとうに、わたしがすき?」


「あぁ、好きだ」


  できるだけはっきりと。大きな声で。今何が起きても、彼女にだけは、聞こえるように。


「私も、好き。アランのことは、確かに恋愛対象として意識してこなかった。もし二人とも何も関係ない世界で出会ったら、こんな関係にはなってなかったんじゃないか、て何度か思った。だけど、今、改めて告白されて、本当に私のことが好きなんだなって、そう思った。それで、凄く嬉しかったの。本当に、嬉しかった。こんなに嬉しいの、人生で初めてなの」


  潤んだ瞳で彼女は、俺を見上げた。サラサラとした青い髪が、風に、揺れる。

  俺も少し目が赤くなったのは、そんな風が、目に入ったからだ、きっと。


「エリーズ、それで、二つお願いがある」


「何?」


  彼女は、首を傾げた。


「一つ目は、絶対に生きて帰ってくること。絶対に」


  うんうんと、何度も頷く。


「二つ目はその……俺に遠慮しないでほしいということ」


  エリーズは、驚いた顔をした。前から、思ってたんだ。彼女は、よく表情が変わるくせに、俺と話すとき、無理しているような気がしていた。たぶん、俺が王子だからと、気を使ってくれていたんだろう。

  しばらくぽかんとしたあと、エリーズは、にっこりと笑って、勢いよく頷いた。


「分かった」


「じゃあ、俺はこれで。もう夜も遅いし。明日は学校もあるし」


  そう言って立ち去ろうとした瞬間、不意に腕を掴まれた。驚いて振り返ると、唇には柔らかな体温。

  キスされたと分かるまでに、数秒を要した。


「っっ!」


  真っ赤になって慌てて離れると、エリーズは今までとは少し違う、悪戯っぽい笑みを浮かべた。それから、俺が来た時と同じように、空を見上げる。


「今日は月が綺麗だね、アラン」


  確かに今日は満月で、いつもより辺りも明るい。


「確かにそうだな。星も綺麗だ」


  そう言うと、彼女はふふっと可笑しそうに微笑む。怪訝な顔をしていると、また、明日、と彼女は笑った。

 


 絶対に、生きて帰ってくるから。

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