45. 回顧

  俺は、スラム街の育ちだ。そこはルソワール王国の西の外れにあり、仕事にあぶれた人間たちで溢れている。

  一日生きるだけのお金を稼ぐのに精一杯。少しでも家計を支えるため、子供は五歳から働き、女は金持ちの側室としてまだ十四のうちに売られる。

  そして、社会的弱者は蹴られる、殴られる、たかられる。自分だって大したことないくせして、その鬱憤を晴らす相手として、子供は圧倒的に不利だった。

  時には、奴隷のようなこともさせられた。わざと傷つけて喜ぶような、性根の腐ったやつもいた。俺は、割と顔が良い方だったから、何がとは言わないが、色々されたりもした。


  小さい頃から、ずっと誰かを恨んでいた。


  まだこの国を誰が治めているのか、それさえ知らなかったが、それでもその誰かを恨んでいた。こんな境遇に生まれさせた、神を憎んでいた。何故罪のない俺が、罪のあるもの達のために生きているのかという行き場のない怒りを押し込め、毎日あくせくと働いたのは、俺がまだ七歳の頃だ。


  十三になったある日、俺は頼まれた配送の品を届けるため、森の中へと踏み入った。


  そこで、俺は、奇跡と出会った。


  いや、奇跡というのは言い方がおかしいかもしれない。ただ、精神的に疲弊しきった俺の目に彼は、神のようにも悪魔のようにも見えた。


  彼の前で、散々俺を馬鹿にしてきた大人達が、ひれ伏していた。独特の胸のすっとする感覚に、俺の気分は高揚した。


  散々コケにしてきたくせに、大したことないじゃないか。お前らは、そうやってひれ伏す相手の真似をしたかっただけだろう。しかも、自分が確実に、腕力、経験、全てにおいて圧倒的に凌駕している子供に対して。


  俺は、笑った。腹の底から、笑った。こんなにもおかしいのは人生で初めてだ。

 

  それから俺は、その場を立ち去ろうとした魔王に駆け寄り、頼み込んだ。どんなことをさせられてもいい。嫌なことをさせられてもいい。ただ、貴方の傍で働かせてほしい。貴方のような、人の上に立つべき人というのを、俺は間近で見ていたいんだ。


  そしてその日から、その男ーー魔王ーーは、俺の憧れの人物として、そして俺の上司として、俺の世界の全てとなった。

  実際彼は俺を学校に行かせてくれて、生活を保障してくれている。何故俺を雇ってくれたのかは分からないが、素晴らしい人物には違いない。


「人の価値を、罪の重さで決めるな!」

 

  それなのに目の前の女は言う。

  こいつには、金がある。自分で汗水垂らしたわけでもない金がある。

  だから、最初に呼び出された時、そんな余裕のあるやつのお遊びだと思った。話を聞いてからも、そうとしか思えなかった。

  だけど、この女は俺の認めたくもない故郷のやつとは少し違う。目が違うんだ。子供っぽいのに、ずっと大人だ。俺よりも、いや、ここの学校にいるどの生徒よりも。


 思えば確かに彼女の言う通り、俺は人の罪という側面に対して、深入りしすぎていたかもしれない。


「おもしれー女」


  呟くと彼女がドン引きしたような顔をした気がするが、気にしないでおこう。

  そんなことよりも俺には、しなければならないことがたくさんある。


「ゴメンね。俺、そろそろ行かなきゃいけないみたい。次は、魔王城で会おう」


  俺は、笑う。あの十三の日とは違う思いで。

  俺は、逃げる。過去よりも、未来に向かって。


  懐に入れたスイッチを、ゆっくりと押した。

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