44. 人の価値

  粉々になった剣を見て、呆然とする。しかしその間にも、部下は迫ってきていて。

  エリーズは近くに置いてあったナイフを素早くとると、彼の剣を受け止めた。

  一旦弾き返し、また構え直す。さっきより、手応えがあった。やはり、持ってきていて正解だった。予想通り、大きな魔力でも、宿っているのかもしれない。


「くそ……」


  彼の目が少し焦ったように見えた。彼の魔法の剣の弾かれた部分が、一瞬崩れたのだ。

  もう一度大きく斬り込むが、それはかわされてしまった。気を取り直し、今度は彼の剣だけを狙い撃ちすることにした。

  彼もここまでで結構な魔力を消費しているだろうし、この剣が頼みの綱であろうことは間違いない。

  大きく振りかぶる真似をして、それに応じようと彼が剣を振り上げるのを見逃さず、ナイフを下に回してそこから叩き斬る。魔法の形がだいぶかなり崩れてきたので、今度は大きく身を捩って彼の真横にまわり、そこから下に突き落とすようにして刀身を切り落とした。


  彼が勢いのまま弾き飛ばされていくのを、エリーズはどうにか横目で確認した。今の動きをするのに、エリーズもかなり無理をしていたのだ。けれど、そうでもしないとこの戦いには終止符を打てそうにもなかった。

  植え込みに倒れ込んだ彼が、ゆっくりと体をもたげた。それから、その場に立ち上がる。いくつか放ってきた先程のような大型魔法を、エリーズは全て切り刻んだ。ぱらぱらと散るそれらを見て、彼は勢いよく顔を上げた。顔色が悪い。もう魔力を、使い切ってしまったのだろう。

 

「何でお前ら人間は! 俺から全てを奪っていくんだ! 正義のヒーローごっこがしたいなら、他所でやれよ! なぜ俺に目をつける? なぜ他人を見ない? 温室育ちの君には分からないかもしれないが。 いるだろう、たくさん。周りに目を向ければ。俺より酷い人達が。何かを搾取することに、生きがいを見出している人達が!俺が魔族に加担しているから? 俺が、人を殺している魔王様を黙認しているから? 確かに、そういう意味では、魔王様も俺も、魔族だって、罪だ。けれどそれは、本当に俺の罪なのか? むしろ、こうして関わりのない人物を、国のためだの人のためだの言って、殺そうとしているお前達の方が、罪なんじゃないか?お前だって善人面して、やろうとしていることは殺人だ。その方がむしろ、俺には酷く思える。 お前らは、馬鹿だ。何も分かってはいない。自分の存在が罪だと分かっていない!俺はそんなお前らのことが、憎いんだ!」


  彼は全身全霊で、叫んでいた。エリーズへの怒りを。この国への怒りを。そして人間達への怒りを。

 

  エリーズには、どうすることもできなかった。声をかけることも、抱き締めることも。

  どうしたってそれが、彼の求めることじゃないと、分かってしまっているから。


「一つだけ言いたいことがあるの」


  けれどこれくらいなら、許されるんじゃないか。


「私は、人を殺すことに何の覚悟もない。一応言うとね、今、貴方を殺す必要はないの。魔王城の場所だけ聞けば、それでいいから。だから私は、貴方のことを殺したくはないと思ってる。それでところか、どんな悪人でも、殺したくはない。だけど、人はそれだけじゃ生きていけない。殺さなければ、殺されることもある」


  一つ、大きく深呼吸をした。


「けれど、私にはその覚悟がない。だってそういう命に危険が差し迫った状況に至ったのは、今日が初めてなんだもの。だけど、ね」


「私は昔、十六まで育ててくれた親を捨て、この世界に来た。そのことに関しては、今では、後悔ばかりよ。私はそんな親不孝者。あの人達には、何も返せなかった。私は、そんな人間。だからこそ、善人面がしたいわけじゃない。だって、今ここでこうして戦っているその理由さえ、分からないんだもの」


「それに、貴方の過去に何があったのか、私は知らない。分からない。貴方が今どれほどの思いなのか、どれほどの憎しみを抱えているのかも、分からない」


「でもだからこそ、そんな曖昧な動機でここに立っている私だからこそ、貴方には、一つ言いたいことがある」




「人の価値を罪の重さで決めるな!」


  彼の目が、見開かれた。


 

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