婚約を迫られた二人は偽装婚約をする

かたなかじ

第1話 全ての始まり


 ベリアル王国第三王子のカイン、十五歳。

 彼は自室で頭を抱えていた。


「なんで、なんで俺なんかにこんな役目が回ってくるんだ……」

 彼の信条はのらりくらり、平々凡々、なんとなく、楽しく、気楽に、適当に、とつまりはやる気や責任とは程遠い気ままな生活を送りたいと考えていた。


 そんな彼に舞い込んできたのが、隣国の第三王女との婚約の話だった。

 これからその王女がカインが住む屋敷にやってきて顔合わせをすることになっている。


「ああああああああ、嫌だああああああ。結婚も婚約もいやだあああ! もう、俺は一生独身でよかったのにいいいいい! ……そうだ、破棄できないかな」

 カインはそんな心の声を誰にはばかることなく外に出している。両国の王家が絡んでいることであるためおいそれと婚約破棄などできないことはわかっている。


 それでも呟かずにはいられなかった。


「はあ、そもそも俺なんかと婚約とか結婚とか相手が可哀そうすぎるだろ……」

 カインは自分の特徴のなさを嘆いていた。これといって優れている点はなく、これといって魅力的ではなく、容姿に関しても他の兄弟に比べたら普通の見た目をしている。


 黒に近い茶色の髪、いつもどこか眠たそうな二重の目、覇気のない様子を見た家臣たちも彼に期待している者はほとんどいなかった。


 長兄である第一王子は文武両道でカリスマもあり、まさに王になるために産まれて来たような存在である。


 次兄の第二王子は武芸に関しては第一王子をも超える力を持っており、いずれは王に仕える将軍になるだろうと噂されている。


 弟の第四皇子は小さい頃から頭が良く、学者も舌を巻くような知識を持っていた。


「はあ……」

 ため息が静かな部屋に予想以上に響く。


「あ、あのー……」

 その瞬間、誰もいないはずの部屋でカインに声をかけてくる人物がいた。


「うわっ! だ、誰!?」

 誰!? というカインの言葉のとおり、彼はその人物に見覚えがなかった。


「あ、あの、初めまして。ウィンザーランド王国、第三王女のレティシアと申します。そ、その、ノックはしたのですが返事がなくて、でも声が聞こえて来たので……案内して下さった方が入って良いと……」

 ウィンザーランド王国は隣国であり、そこの第三王女ということはつまり、カインの婚約相手ということになる。


「えっ……? ええええええぇええぇえええぇええええ!! レ、レティシア様!? は、ははは、初めまして、お、俺、いや僕じゃないな、私は第三王子のカインでしゅ!(か、噛んだ)」

 そんな人物を目の前にしたカインは混乱に混乱が極まり、壮絶に噛んでしまい、部屋の中に沈黙が広がる。


 カインの驚きの声が大きかったからこそ、余計にこの沈黙が際立ち、気まずい沈黙をもたらしていた。


「ぷっ、うふふっ」

 しかし、レティシアが噴き出したことで、一気に空気が軽くなった。


「あ、あはは、噛んじゃいました。あ、あの改めて初めまして、第三王子のカインです」

 少し落ち着きを取り戻したカインは再度自己紹介をする。


「ふふっ、カイン様は楽しい方ですね。私がレティシアです。改めてよろしくお願いします」

 笑顔を見せてくれるレティシアにカインも自然と笑顔を引き出されることとなる。


「それで、あの……一つお聞きしたいことがあるのですが……」

「は、はいっ!」

 笑顔から真剣な表情になったレティシアに対して、カインは背筋を伸ばして返事をする。


 彼女がいつから部屋にいたのかわからないため、独り言をどこまで聞かれていたのか? それが一番の懸念事項であり、聞かれていたらとんでもないことになってしまうためカインの心臓はバクバクと勢いよく動いている。


「先ほど、結婚も婚約も嫌だと聞こえましたが……あれは本心でしょうか?」

 一番聞かれてはまずい部分を完全に聞かれてしまったカインの心臓は停止寸前である。


「い、いえ、その、あれは、なんといいますか、本当というか、嘘というか、思わず口から出たというか……」

 しどろもどろになりながら、目を泳がし、なんとか誤魔化していく。


「ご安心下さい、そのことに関して怒っているとか、誰かに報告するということは全くございません」

「へっ?」

 まさかの答えにカインは驚いて変な声が出てしまう。


 婚約のためにわざわざ遠くから時間をかけてやってきてみれば、その相手は婚約したくない、結婚したくないとわめいている。

 そんな現場を目の当たりにすれば、怒りのあまり怒鳴りつけ親に報告して罰を与えるということがあってもおかしくない。


 にも関わらず、彼女はそんなことを考えていないと言っている。


「そのことに関して私も少々考えていることがあるのです……私の両親も、カイン様のご両親も今回の結婚を望んでいます。ですが、正直なところを申しますと、私はもっともっと遊びたいし、ダラダラもしたいのです!」

「わかる!」

 レティシアの言葉に、カインが即答する。


 彼らは十五歳という若い年齢で婚約という、人生の中で大きなイベントを迎えるということになる。

 しかし、二人とも今までの生活を壊したくないと感じていた。


「そこで、提案です! 双方の親の意向を汲んで、今回のように会う機会を作ります。ですが、会ってから自由に過ごすというのはいかがでしょうか?」

 これは、カインが全く考えていなかったものであり、それを提案してくれることにキラキラと目を輝かせている。


「な、なるほど、それなら表面上は婚約が上手くいっていて、二人で逢瀬を楽しんでいると思われるわけですね! 確かにそれであれば、うちの両親も納得してくれるかも……」

 思いがけない、グッドなアイデアはカインの思考を広げていく。


「はい、私の父と母もカイン様のもとへ出かけるのであれば許してくれると思います。なにせ婚約相手ですから!」

 出かけた先で何をしているかまでは、さすがに親と言えども言及はしてくるはずはないという計算である。


「「ふっふっふ」」

 二人は不穏な笑いを浮かべており、その声は見事にハモっていた。


「そうそう、カイン様。話し方ですけど、無理に敬語でなく普段通りの話し方で構いませんよ。なにせ、婚約者なのですから!」

「お、それは助かる。にしても、婚約者って普通は何をするんだ?」

「……さあ?」

 二人ともこれまで色恋に触れることなく育ってきた。


 カインは剣術を学び、魔法を学び、たまに勉強の時間を抜け出して野山を駆け回ってきた。

 レティシアは服を選び、髪をセットし、友達とおしゃべりをして、街の流行を追いかけてきた。


 そんな二人が出会った。初めて二人きりで会った同年代の異性であり、婚約相手である。


「とりあえず……手でも繋いでみるか?」

「そう、ですね」

 向かい合う二人。


 カインが右手を前にだし、レティシアは左手を前に出す。


 ただの握手ではなく、手を繋ぐという行為。


 初めて異性だと意識した互いの手が触れる。


 双方が少しだけ力を込めて手を繋いだ。


「は、ははっ、手、繋いだな」

「え、えぇ、ふふっ、手を、繋ぎましたね」

 顔を見られず、そっぽを向いたまま話すカイン。

 顔を見られず、下を向くレティシア。


 二人の顔はまるで熱があるのかというくらいに真っ赤に染まっていた。


 まだまだ遊びたい年頃の、これまで恋をしたことのない二人の、親の命令で婚約した王子と王女の恋物語がこれより始まる……。

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