そこに座りなさい
とうみ とお
女神様降臨
「そこに座りなさい」
「はい」
私は言われるまま、指定された場所に座る。
最初はあぐらをかいていたけれど、すぐに指摘されて正座に変えた。
フローリングに直で。膝が痛い。
「どうして私が怒っているかわかりますか?」
「わかりますん」
「どっちだよ」
「……わかります」
優しい声音でも、ドスが聞いた声って出せるんだと感心したけれど、とりあえず揶揄するのはやめておく。
怒られる理由は解っていた。
「では、理由を言ってみなさい」
「……女神様の降臨場所にキノコを置いたからです」
「その通りです」
私の目の前で喋っているのはキノコだった。
スーパーで買ってきた、何の変哲もないしめじの房から一本だけ千切り取ったものだ。残りは夕飯のラーメンの具になる予定。味噌ラーメンの。
フローリングの上に広げたくしゃくしゃの新聞紙、そこに私がマジックで書いた魔方陣があり、その中央にキノコはいる。
「でも、ちゃんと形が整っていて大きい、立派なのを選んだんですよ?」
「そういう問題ではありません。大体なんでキノコなんですか。立派なキノコとか言われても、女神の私には何のメリットもありません」
「ぐんぐん伸びて、ご神木とかに……」
「しめじが御神木になるわけないでしょう。馬鹿ですか?」
馬鹿と言われては返す言葉も無い。
返すけど。
「キノコを依代にうっかり降臨しちゃう女神様に比べたら……」
「あぁ? てめ今なんつった?」
「すみませんでした」
反論失敗。急に口が悪くなるのはずるい。ちょっとびっくりするじゃないか。しめじに口は無いけれど。
とりあえず冷静になろう。深呼吸が大事。
私はそう自分に言い聞かせながら、女神様を喜ばせることを考えた。
「あ」
「なんです?」
「ちょっと待ってくださいね」
急いで台所へ行き、私は取ってきた霧吹きでキノコ女神に水を吹きかけた。
多少床が濡れてしまうけれど、この場合は仕方がない。女神様のためだ。
「どうですか?」
「馬鹿にされているようにしか感じません」
「あれ?」
「あのですね。私の機嫌を良くしようという魂胆なのはなんとなくわかりますが、それは女神を喜ばせる行為ではなく、キノコを喜ばせる行為です」
「駄目ですか?」
「駄目です」
霧吹きを置いて項垂れると、私の前でキノコの形の女神様は呆れたようにため息を吐いた。いや、多分ため息だと思うけど、傘の裏から少し風が出て、下に敷いた新聞紙の端が揺れた。
「とにかく、私を呼んだのはあなたでしょう? こんな人に巫女の才能が有るのは癪ですが、とりあえずさっさと用件を言いなさい」
「うーん……」
「どうしました? 私は万能ではありませんが、それなりの力を持った神ですよ?」
「キノコなのに?」
「ぶっ飛ばされたいなら今すぐ叶えますが」
キノコなのに殴れるの?
そう思ったけど、私の中の何かが「被せるのはやめとけ」と囁いている。いくらなんでも、シメジに殴られるのは避けたい。なんか恥ずかしい。
「じゃあ、女神様が元の身体に戻れますように」
「短冊に書く願い事みたいに言いますね……それで良いのですか? あなたは私の降臨を成功させました。まあ依代はよりによってキノコですが。でも、あなた自身の為の願いをしなくて良いのですか?」
「うん。大丈夫」
「そうですか……正直、あなたは巫術的な才能にだけ恵まれた救い難いクソアマだと思っていましたが、少しだけ見直しました」
「だって、大掃除してたらなんか古い本が出てきて、暇つぶしで書いてある通りにやってみただけだから」
「おいクソアマ。私がこのキノコな身体から抜けたら、すぐにその本燃やしとけ」
女神様はキャラをキープするのが苦手らしいと知り、私はとりあえず頷いておいた。
アパートだと燃やす場所とか無いから、すぐに焼くのは無理だけど。
「では、あなたの願いを叶えます。短い間でしたが、とても長く感じました。二度と会いたくありませんが、なるべく人に迷惑をかけないように生きてください」
「人じゃなくて神様になら良いの?」
「もっと駄目です。人にも神にも、可哀想だから万が一にも出会ってしまったら悪魔にも、迷惑をかけないように」
それじゃ、と言い残して女神なシメジは元の物言わぬシメジに戻ってしまった。
「もしもーし……もう中身がなくなっちゃったか。なんだかあっさりだなぁ。光に包まれて昇天するとか、そういう演出とか欲しいよね」
まばゆい光に包まれながら天へと上るシメジを想像したけれど、なんだかちょっとした悪ふざけにしか思えないから、これで良かったと思いなおした。
もう一度呼びかけても返事は無い。ただのシメジだ。
「なるほど。キノコは依代でも大丈夫、と」
私は、祖父の遺品箱から発見した手書きの本『ご家庭にあるものでできる! 簡単♪感嘆♪ 降神術』という本に、サインペンで「キノコ〇」と書き足した。
「次は……これでやってみよう」
私は手近にあったサインペンのキャップを魔方陣の中央に置いた。
そして、同じ女神にまた怒られた。
そこに座りなさい とうみ とお @ido
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