3.新入りと迷宮
「なんでこいつがうちのチームに入ってくるんだ? そういう流れだったかよ?」
白黒タイルの床を靴で鳴らし、あからさまに不機嫌な態度を取るスラスト。
その原因は、反対側に座るドライアドのフォレストガーディアンにあった。
昨日奇襲を受けて殺し合った相手と肩を並べて四対四のチーム戦に出ると言うのだ。
「俺は反対だ。こいつは俺に一方的にやられてる。弱い」
踵で床を打ち続けながら頭に手をやり、スラストは苛立ちながら文句を言った。
「革命的敗北主義者くんが近距離アタッカーの忍者なんだから、もう一人は遠距離アタッカーがいいでしょ? 装備も悪くないみたいだし、早めに見つけてチームワークを磨いた方が探し続けるより有意義だと思うけど」
そんなことは百も承知だと噛み付きたくなるのを必死でこらえて話半分で聞き流すと、スラストは隣の席に座る革命的敗北主義者に話しかけた。
「お前はどうなんだよ、敗北者。アタッカーの相方がこいつでいいのか」
「スラスト、お前とは一悶着あったらしいな。だけど俺とは何の接点もない。上手いなら使うし、下手くそならクビにすりゃあいい。それだけだ」
同意を求めたつもりだったがストロベリィと同じ意見のようだった。
大正論だ。
まったくもってその通りだ。スラストは言い返す言葉を探そうと思っているうちに苛立ちが急速に沈静化されるのを感じた。
普段革命的敗北主義者とは意見が合わないが、この時ばかりは同意せざるをえないだろう。
冷静に考えればストロベリィ・ピンクもエンジョイ勢なのだから今更でもあった。
何故自分は怒っていたのかと、今度はスラスト自身に苛ついてくる。
革命的敗北主義者はパインキラーに質問した。
「スラストが喚き散らしてるのはいつものこととして、パインキラーは逆になんで誘いに乗った? 煽り合ってたって聞いたんだが」
「にゃんこあずきちゃんをPKしたのは許せない。だけど、ストロベリィ・ピンクさんのことは尊敬してる。俺、チーム戦に出たかったけどすげえ断られたからもうここでいいやと」
似たもの同士だとでも言いたいように、革命的敗北主義者はスラストの方をちらりと見る。
スラストも、以前所属していたGvGギルドを抜けてからどこにも所属できていなかったことがあった。
革命的敗北主義者はもったいぶって結論を出した。
「疑問点は晴れたことだし、行くか」
「タイマン?」
「いや、装備整えに」
ストロベリィ・ピンクがその前に実力は確かめないのかと聞く。
「聞いた感じ、対スラストでそんだけ持ち堪えられてんならいいんじゃないか? あとは装備差埋めて練習しかないと思う。つうか俺とスラストいる時点でトップ層は誰も入らないだろ」
トップ層のプレイヤーであるスラストに初手有利が取れたなら充分だろうというのが革命的敗北主義者の意見だった。
「スラストくん、いいの?」
「いい」
ストロベリィ・ピンクがスラストに改めて確認すると、スラストは小さく頷いた。
「じゃあ装備整えにいこうか。とりあえず街行こう。店から出るよ」
子供向けの人形のような手をストロベリィ・ピンクがパンパンと叩くのを合図に、四人は店から出る。
ディストピアをイメージしたこの惑星は、分厚い雲が空にかかっているため真昼でも暗い。
看板のネオンや照明が濃い霧に乱反射しており、NPCも浮浪者や不良など、どこか暗い雰囲気が漂っている。やたらレベルの高い「野犬」というMOBが徘徊しており、知らずに降り立った初心者がたびたび餌食にされていた。
このゲームでは、周りにVCが聞こえないように店や家を借りて拠点とするのが一般的だ。
スラスト達も、この惑星のパブを選んで借り、拠点としている。
選んだのは革命的敗北主義者だった。
ストロベリィ・ピンクはお菓子の惑星がいいと主張したが、本心では昔からやり込んでいるギャング経営ゲームに似たこの街を好いているということをスラストと革命的敗北主義者は熟知していた。
新入りのパインキラーも気に入ったようではある。辺りを見渡しながら時折「すげえ……」ともらしていた。
プレイヤーの民度が最低と悪名高い惑星だというのに、明らかにマナーが良いとは言えないパインキラーが初めて訪れたのは意外だったが、ゲームスタート時に割り当てられた星系に引きこもっているプレイヤーは少なくなかった。
おおかた、配信者のにゃんこあずきのスタート星系がここだったから来たのだろう。
「あてもなく歩いているように見えるけど、ちゃんと行き先決めてる?」
ストロベリィが革命的敗北主義者の袖を引っ張って訊ねる。
「え、店出ようって言ったのピンクだから決めてると思ってた」
革命的敗北主義者は意外そうに返す。
要するに、誰も考えていなかったということだ。
いつも頭空っぽで歩いているスラストは当てにならず、パインキラーも見知らぬ土地に来ていて頼れない。
「待って、一回ストップ」
キラキラと光る軌跡を空中に描きながら、ストロベリィは道の先を飛び回る。
三人の動きが止まった。
「行き先決まってないみたいだから、整理しよ。この中でフォレストガーディアンの装備構成知ってる人いる?」
ストロベリィ・ピンクはまずスラストを見た。
「盾職最強で無敵だから俺は盾しかやらん」
スラストは謎の宣言をすると、腕を組んで仁王立ちした。
次に革命的敗北主義者を見る。
「俺は去年はガンスリンガーをやっていた。仕様変更で多少変わってるかもしれないけど一応はわかる」
「なんで急に雑になるんだよ? 現役じゃないなら今の装備のままの方がマシだろ。卍闇を渡る終焉の狩人-DragoonKiller-卍を頼ればいいじゃねえか」
スラストが横から口を挟んだ。
卍闇を渡る終焉の狩人-DragoonKiller-卍とは二人の別のゲームからの知り合いだ。そのゲームを就職活動とともに休止し「Outer Space Fortress」に移ってきてからは対人勢として遠距離職を一通りやっていたが、最近忙しくなってまた休止していた。
「仕事行ってるだろ。後でもいいならメッセージ送っとく」
「頼む」
メッセージが読まれるには時間がかかるだろうと踏んでいたが、すぐに既読がついたらしい。
革命的敗北主義者がまもなく通話をかけ始め、他の三人は固唾を飲んで見守った。
「どうした。今ちょうど休憩時間だから話せるぞ」
陽気そうな男の声が聞こえ、革命的敗北主義者が理由を話し始める。
「出張あるから大会出られないのは知ってるんだけど、俺ら誰も遠距離アタッカーじゃないから装備構成だけ教えてくれないか? 新人の装備を整えたい」
「わかった。スクショ送るわ」
「ありがと」
あっさり了解が得られ、すぐにスクリーンショットが送られてくる。
画像が空中に貼り付けられると、四人は覗き込んだ。
「命中重視の攻撃装備……ほぼ王道だな」
特にパインキラーは、現在の自身の装備と見比べて何やら考え込んでいた。
「その装備構成だと、入手は『試練の迷宮』の一万から二万階層の周回だな。金策にもなるし、俺も欲しい装備があるんだわ」
スラストがまた歩き出しながら装備について語り始める。
「欲しい装備って、お前やっぱ盾やめるのか。次は大剣使いか?」
革命的敗北主義者の問いに、スラストは首を横に振る。
「そんなわけあるか。防御力高いけどブロック力がクソすぎて試練盾は人気底辺だっただろ? アプデで逆に人気爆発来たから試練盾に乗り換えるのが、掲示板の盾使い板では王道になった」
「盾使い板ってお前以外いたんだな。ちょっと覗いたことあるけど、IPアドレスがほぼ全員お前だったぞ」
「…………」
「あ、ついたみたいだ」
パインキラーが指をさす先には、宇宙船の発着点などが集まる街の中心部があった。
「試練の迷宮」などのインスタンスダンジョンに入るには、街にある突入ロビーに向かう必要がある。
四人は中心部を進み、ほとんどハリボテの高層ビルに入った。
そこはエレベーターホールのように見える空間になっており、エレベーターのひとつひとつがインスタンスダンジョンへの突入口へとなっていた。
「試練の迷宮」「ハルピュイアの塔」「ユグドラシルの樹海」などどの街からでも入れる主要なインスタンスダンジョンの他に「電脳虚数空間」というこの惑星特有のものもある。
今回突入するのは「試練の迷宮」
インスタンスダンジョンの実装初期にできたダンジョンで、一層ごとの難易度が比較的低いことから攻略サイトでは初心者には真っ先におすすめされているものだ。
ただし、このダンジョンの真髄は地獄の周回数にある。
一層ごとの経験値やレアドロップの確率が他のダンジョンに比べて低く、周回しなければならない層の数のインフレが続いた結果、五桁まで跳ね上がっていた。並外れた精神力が必要とされるのだ。
鬼のような周回を強いられるため、試練の迷宮に籠るプレイヤーのことを、一部界隈では回し車を走る「ハムスター」と呼んでいるほどだった。
試練の迷宮
人数:4
階層:10000〜
基準攻撃力/防御力:2500/3200
必要レベル:200
装備のために、いざ突入。
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