2.恐怖は再び砂漠へと

スラストは再び同星系の砂漠の惑星に来ていた。

キャットピープルの少女をなぶり殺しにしたのはまだ記憶に新しく、そうでなくとも今までずっとプレイヤーキルの主な狩場として使ってきたのでかなり気まずい。

場違いにランクの高い装備を身につけた眉目秀麗なサイバネティック・エルフに道行くプレイヤーたちは振り返るが、まもなく頭上に浮かぶ名前と、名前の横にある「一ヶ月以内に五人以上プレイヤーキルをすると表示される髑髏マーク」を確認すると、見なかったようにそそくさと通り過ぎていくのだった。


自業自得とはいえ化け物扱いをされて癪だったが、ストロベリィ・ピンクと革命的敗北主義者から「メンバーの勧誘に成功するまでは誰も殺すな。殺したら出場しない」と厳しく言いつけられており、四対四のチーム戦への出場権を人質にとられていて殺すこともままならなかった。


格下狩りを禁じられていのに、スラストが砂漠の惑星を彷徨いている理由は、チーム戦に出場するためのメンバーを集めるためだ。

こんな初心者しかいないような惑星でまともなアタッカーを見つけられるとは思えないが。


砂漠の街並を眺めながら、やる気なくぶらぶらと歩き周る。

バザールの店頭に並んだ武具をチェックしてみたが、性能はもちろん見た目も今ひとつだった。砂漠の武器といった感じではなく、数世代前のゲームにあるようなローポリのグラフィックで、どう見ても旧作からの使い回しだ。


(運営の手抜きエリアだな……)


いよいよ探す気も失せ、別の惑星で探そうとUターンしたその時。


後ろで何かが動く気配と音がした。

この惑星のMOBはこれほど速く動かない。

プレイヤー、しかも敵意を持った人物であることに、誰よりも多くPKを仕掛けてきたスラストが気付かない筈もない。


PKK狙いか、それとも自分と同様のPKerか。

いずれにせよ、背後から襲いかかっているにも関わらず、地図にも視界にもばっちり映っていると

いうお粗末さなので命の危険はないだろう。


視界の端で捉えながらも、あえて気付かないふりをして次の手を待つ。

奇襲の衝撃は後ろからやって来た。

ガンナーのアルティメットスキルである対戦車砲を食らったようだ。

アルティメットスキルとは、時間経過でたまるゲージを消費することで使用できるスキルで、割合固定ダメージを与えることができる大技だ。


破裂音に似た爆発を伴い、着弾と同時にスラストのHPのバーが三割減る。空中高く放りだされるが、奇襲を仕掛けてきた相手がいつまで続けるのか見極めるため、まだ何のアクションも起こさないことにした。

空中から地面に叩きつけられ、ノックダウン状態でハンドガンの弾を受け続けている。しかし、全くHPバーに変化は見られない。

レベル差がある上、相手の命中力がスラストの回避率よりも低いのだ。


スラストは、こうしていても埒があかないと判断した。

大の字になった状態からゆっくりと立ち上がると、相手の目の前まで縮地で移動。キャッチスキルで手首を掴み、捻り上げながら宙吊りになるように持ち上げる。

襲撃者はじたばたと暴れるが、まるで意に介さずにスラストは様子を伺った。キャラ名「にゃんこあずき」似たような名前は溢れかえるほどあるが、この名前には見覚えがある。


(奇襲なら装備差を覆せるというのは正しい。まあこれほど開いてちゃ意味ないけどな)


襲撃者の正体は例のキャット・ピープルの少女だった。始めたばかりの初心者だろうに、復讐を実行しようとするとは。大した度胸だ。

にゃんこあずきをどうしようかと、スラストはぶら下げたまま考えた。

殺しては駄目だと言われても、反撃くらいは許されるだろう。まあ後で文句を言われても面倒臭いので、粗雑に地面へ投げ捨てることにした。


手首を掴んで地面に叩き込んだわけではなく、投げただけなので、少女のHPバーもそれほど減らなかった。持っていたハンドガンは瓦礫の山の中に蹴り込む。


背を向けて今度こそ立ち去ろうとするが、別のプレイヤーからの攻撃が飛んできてそれは叶わなかった。

次から次へと……よっぽど憎まれているらしい。


飛んできたのは弓矢だった。

とっさに盾で庇ったが、盾のゲージはやや削れていた。ブロック力の下方修正を実感して溜息を吐きながら、弓矢が飛んできた方向を確認……と、続けてもう一撃来る。瞬時に防御バフを焚くと、再び盾ではたき落として弓矢の方角へ体を向けた。


隠密スキルを使っているらしく、方向に間違いはないのだがどこにいるのかは掴めない。

弓矢、隠密スキルと来たら間違いない。相手は遠距離系アタッカーのフォレストガーディアンだろう。


飛ばされた弓矢はスラストと同じ、熟練者の証である青のエフェクトだった。

スラストは格下狩りとは違う高揚感を覚え、体勢を立て直す。


はっきり言って、盾職のロイヤルナイトと隠密系弓使いのフォレストガーディアンの相性は最悪だ。

ロイヤルナイトには隠密スキルを看破することができず、加えて遠距離攻撃の手段もない。さらに悪いことに、突撃槍と盾の組み合わせは攻撃速度が遅いためジリ貧になりやすかった。


スラストは次の攻撃が来る間に突撃槍を消し、ロングソードに持ち替えた。

頭の中で受けた攻撃のエフェクトをすばやく再生する。


まず初撃、デッドリーショット。CT三十秒。

そして二撃、精霊の一矢。CT十五秒。

どちらも起点に使われるスキルだ。

初撃が来てからスラストの感覚で約十秒。

まだ初撃のCT中だろう。

次の起点スキルはおそらく【テンペストアロー】を使ってくる。

ガード不可かつ硬直付きの強力な技だが、相手に近づき、上空に姿を表すモーションが使いづらい。狙うならそのタイミングだ。


このまま相手が待ちの姿勢を取り続けるという可能性はほぼない。

隠密スキルも永遠に隠れ続けられるわけではなく、おおよその場所が把握されている場合は効果時間が切れると無防備な状態になる。いつ切れるのかはわからないが、初撃のCTが明けるまでには必ず仕掛けてくるだろう。


盾を投げつける【シールドバッシュ】を発動することを決めた。射程は短いが、テンペストアローが発動する直前なら当てられる距離だ。


来た。

読み通り、テンペストアローを発動しようとしているな。

瓦礫の山から跳び上がり、こちらに弓矢の先をまっすぐに向けている。

跳躍から自由落下に入った。弓の弦を引き絞り、今まさに矢を放とうとした。


今だ。

左手で盾を思い切り投げつける。


シビアなタイミングだったため、弓使いは避ける姿勢すらとれず、まともに盾を食らって地面に叩きつけられた。

スラストは間髪入れずにシールドバッシュ起点のコンボを食らわせ、相手のHPバーが見えるか見えないかというところまで削った。

が、約束を思い出して止めは刺さない。


相手の情報を確認する。

種族は植物系のドライアド、名前はパインキラーか。ペインキラーではなく。

髪形は毛先を切り揃えたダークグリーンのボブカットで、幼児体型のかわいらしいキャラクターだった。頭にはドライアドの特徴である大輪の花が咲き、手足も木のような見た目をしている。得物であろう長弓は、スラストの武器より数値は低いものの、第一線で戦える等級のものだ。防具はシンプルな若草色のワンピースで、これも遠距離職の一部には人気がある装備だ。


相手の装備を見極めたところでロングソードを首に当て、昏倒させて帰ろうかなどと考えていると、フォレストガーディアンがVCで喋った。キャラは女だが、スラストより僅かに高い男の声だ。


「あなたがフォーラムで有名なスラストさんですね。この前『ようこそ』なんてかっこつけてたらしいですけど、弱い者いじめしかできないんでしょう? こんなことやっている暇があったら、もう少し有意義なゲームをした方がいいんじゃあないですかあ?」

地面に這いつくばったまま、饒舌に罵倒の言葉を捲し立てるドライアド。

ああ、このパターンね。


(こんなことやっている暇って、お前が先に仕掛けてきたんじゃないか)

何を言っても負け犬の遠吠えくらいにしか聞こえない。スラストもVCを繋げて対抗する。


「長え。三行以上読ませる気かよ。つうか、なんで言った内容まで知ってるわけ? 彼女か何か?」

「彼女なわけあるか!にゃんこあずきちゃんは……配信者だ」

スラストはにゃんこあずきを投げ捨てた地点をちらりと見たが、配信者だというキャットピープルは既にいなかった。


「それで俺を殺りに来たのかよ。返り討ちに遭ってますけど」

「リアル終わってる奴に負けても全然悔しくないんだが?」

「なんで顔真っ赤にしてるんだよ。悔しく無いかどうかなんて聞いてねえし」

煽り合いの応酬は続く。


痺れを切らし、やっぱりこいつを殺そうと剣に力を込めた。しかし、何かキラキラとしたものが目の前に現れたので動きを止めた。


首を斬り落とす前にかわいらしいフェアリーが二人の間に割って入ったらしい。

ストロベリィ・ピンクだ。


「個人チャットの返事がないけど中身はいそうだなぁって思ったら、こんなところで戦ってたのね。それで、アタッカーの人は見つかったの?」

「こいつに邪魔されてたんだよ。仕掛けたのは俺じゃない。今日は誰も殺してないから」

パインキラーを指差して告げる。俺が先に仕掛けたと思われては大変だ。四対四のチーム戦に出られなくなるんだから。

ストロベリィ・ピンクは小さな腕を腰に当て、そうなのねと返した。信じてくれてるのか、信じられていないのか。


「ストロベリィちゃんだ……かわいい……っていうかこいつとフレンドなのかよ」

一方、足元に転がっているパインキラーは、ストロベリィ・ピンクのSNSか何かを見ているようで、配信者のキャットピープルに対するのと似た感情が伺える。要するに、本物の女性だと信じ込んでいるのだ。


(中身はおっさんなんだがなあ……)

過去の自分を見ているようでスラストの胸が痛んだ。

ストロベリィ・ピンクは甲高い声でパインキラーに説教し始めたようだった。


「たしかにPKerは悪い人だけど、煽っちゃったらおんなじところまで落ちちゃいます! 気にしないのが一番ですよ〜」

憧れの人からの正論に、パインキラーは何も言い返せないようだ。

スラストは、自分が説教を受けたら間違いなくこの羽虫を叩き潰すだろうなと思いながら、そっぽを向いて押し黙った。



校長先生の話のように長々とした説教が終わり、パインキラーは装備を直すためにかどこかへと立ち去った。自分も何か言われるかと身構えていると、中年の妖精は意外にも褒めてくる。


「大人になったね」

「なにが」

「殺さなかったところ」

「……ただ、戦いたいだけだ」

実際、ストロベリィ・ピンクが来るのがあと一秒遅ければもう殺していただろうしな。敢えて口には出さなかったが。


スラストはバイクを召喚し、いつものパブに帰ることにした。星を行き来するための宇宙船の発着地点まで移動する。大型のバイクに跨り、頭の上にストロベリィ・ピンクを乗せながら風を切るスラストは、信じられない言葉を聞くことになった。


「そういえば、あのパインキラーって子、アタッカーで入ってもらうことになったから」

「はあ!?」

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