Outer Space Fortress
久守 龍司
1.機巧星系の無法者
未来系VRMMORPG「Outer Space Fortress」
プレイヤー達は宇宙船で宇宙空間を巡り、惑星を開拓したりMOBを狩ったりと思い思いに過ごすことができるゲームだ。
最新技術を駆使した美麗なグラフィックと秀逸なキャラデザインも相まって、世界中で人気を博していた。
中でもその醍醐味はPvPだ。
宇宙船同士で撃ち合いをするもよし、集団の大乱戦もよし、はたまた生身で一対一をするもよし。
このゲームのプレイヤーはもっぱらPvPのために装備を集め、レベルを上げ、金を集めるのだった。
数多く実装されている惑星のうちのひとつ。
戦闘禁止である街の外、ほぼ全域を占める対人可能エリア。
好戦的なMOBが闊歩してはいるが、初心者から中級者が多いこの惑星は、ボスと呼ばれる強力なMOBやレアなアイテムがほとんど出現しないためかベテランや廃人は少ない。よって、所属する星系の他の惑星に比べればまだ平和な様相を呈していた。
砂で覆われたその惑星の、いくつか存在する代わり映えのしない砂漠の中央で、動物のような耳と尻尾を持つ種族、キャットピープルの少女が膝をついていた。
初心者用のハンドガンを取り落とし、露出の多い衣服はところどころ破けている。
バフ欄にはデバフが積み重なり、頭上のHPバーは半分を切っていたが、回復のスクロールの再使用時間ごとに少しずつバーが戻っていく。
彼女はMOBに攻撃を受けたわけではない。
では一体、誰が。
答えはすぐ目の前にあった。
相手の回復を待っているかのように、キャットピープルの少女の前に立ちはだかる人物がいた。
スラリとした長身に機械製の長い耳が特徴的な、サイバネティック・エルフと呼ばれる種族の女だ。
水色のロングヘアを三つ編みのポニーテールにし、身体にフィットした白いパイロットスーツに鎧のパーツを装着して巨大な突撃槍とライオットシールドを構えている。
職業は盾役であるタンク、突撃槍と盾を同時に装備することができる上級職のロイヤルナイトだ。
ボロボロの少女とは対照的に、そのHPバーは満タンで、バフ欄にはデバフの代わりにバフが並んでいた。
ロイヤルナイトの女の全身から高ランク装備の証である青い光がオーラのように漂っているのを認めると、キャットピープルの少女は覚悟を決めるとともに絶望する。
装備差は歴然だ。おそらくはレベル差も。
高火力、驚異的な射程を持つが発動の遅さから移動スキルコンボの初動的扱いをされている突撃スキル【ランスチャージ】の発動エフェクトを確認した。明らかに舐められている。
少女は身を捩ってランスチャージの射線から逃れようとするが、移動速度低下のデバフで体が重く、重力が何倍にも増えたかのように指一本動かせない。
苦肉の策として即時発動の防御スキルを発動させ、ランスチャージの衝撃に備えた。
光を放つエフェクトの勢いが一層強くなり、ついにランスチャージが発動する。死にスキルなどと言われてはいるが、発動さえしてしまえば回避は困難だ。
突撃槍を中心に、猛スピードで突進するロイヤルナイトのランスチャージは、キャットピープルの少女へ襲いかかる。
スキルの炸裂音が辺り一面に鳴り響き、エフェクトが華やかに空中へと散る。
決着は呆気なくついた。
防御ゲージは一瞬で割れて突撃槍の勢いに吹き飛ばされる。
せっかく回復したHPのバーが溶けるように消え、キャットピープルの少女は死んだ。
倒れ伏したプレイヤーを見て、下手人は満足げに目を細めながらゆっくりと近付く。
サイバネティック・エルフの女はくぐもった男の声でキャットピープルの少女を見下ろし、嗤った。
「ようこそ『Outer Space Fortress』へ」
リスポーンのために消えた少女を一瞥すると、突撃槍と盾を手に持ったまま次の獲物を探してどこかに去っていった。
彼女、いや彼の名前はスラスト。
自らを奈落の闇騎士と称する、プレイヤーキラーと言われる犯罪者ロールプレイのプレイヤーである。
砂漠の惑星と同じ星系の、少し恒星から離れた惑星。
夜の時間帯が続くこの街の特徴は、世界観設定上治安の悪い繁華街であることだ。ガラの悪いNPCがうろついている。
そんな街を拠点として暮らすプレイヤーの民度も同様に低いと、悪い意味で評判の星だ。
その反面、煌びやかな街並みには洒落た装備が売られているブティックやナイトクラブも立ち並ぶために人気の観光地にもなっており、訪れるプレイヤーの数は多い。
華やかな区画からはやや離れ、スラム街の付近の特に治安の悪い区域の一角にその店はあった。
派手なBGMがかかる薄暗いパブの色とりどりのネオンに照らされるのは、種族の異なる二人の女性キャラクターの顔。
「初心者狩りなんて、相変わらずスラストくんは悪趣味なんだから。もっとのんびりしようよ」
ボイスチェンジャー越しの甘ったるく高い声で諫めるのは、ホログラムで空中に映し出された翅を持つ、フェアリーという非常に小柄な種族。
強くカールのかかった所謂縦ロールのツインテール、フリルとレースたっぷりのピンク色のドレスと可愛らしさを詰め込んだようなキャラメイクだ。
名はストロベリィ・ピンク、自らを姫と称する愛らしい乙女……のふりをした中間管理職の中年男性。
「ただの洗礼だ。俺がやらなくても誰かが殺ってた。耐えられないようならこのゲームに向いてないね」
若者のニヒルさでストロベリィ・ピンクの言葉をまるで聞き入れず、鼻で笑って流すもう一人は、先程キャットピープルの少女をキルしたサイバネティック・エルフの女──スラスト。
今は例の突撃槍と盾は持たず、長い脚を組んでカウンター側に背をもたれさせている。
リアルでは父と息子ほどに歳の離れた二人だったが、ゲームの世界では側から見ると年齢がわかりにくい。
そこへさらに一人現れた。
スペースノイド──まあつまるところ普通の人間だが──の男だった。黒髪青眼の中肉中背、詰襟の軍服に軍帽を被った軍人風装備をしている。
先客の二人は振り向いて知り合いであることを確認すると、手を上げて挨拶し、後から来た男も同じように挨拶を返した。
スラストは自身の隣のカウンター席を足でぞんざいに指す。
男は足で指された席に腰掛けると、帽子を脱いでカウンターの上に置き、肘をついた。
スラストが男に訊ねた。
「敗北者。今週のメンテはどうだ。俺には三行以上の文は難易度が高すぎた」
「俺の名前は革命的敗北主義者だって何回言えばわかるんだよ。メンテ内容はクソだった。それだけは最初に言っておく」
革命的敗北主義者の要領を得ない答えに、スラストは椅子を男の方に回して身を乗り出す。
「クソって、要するにどうだったんだよ。リークではロイヤルナイトの魔導防御力上方修正だったよな?」
革命的敗北主義者は疲れたように答えた。
「それは来た。盾のブロック力の大幅低下と引き換えにな。残念ながらスラスト、お前のご自慢の盾は飾りになるな。大剣か戦斧にでも持ち替えることをお勧めするよ」
空中に低下した数値の表を貼り付けると、スラストの動きが止まった。
その代わりに、遠くで何やら暴れている音と悪態をつく声が聞こえてくる。
スラストが突撃槍と盾の組み合わせをこよなく愛し、ことあるごとに装備自慢していることを良く知る革命的敗北主義者とストロベリィ・ピンクは、スラストを哀れに思いながらも落ち着くまで無視することにした。
革命的敗北主義者はカウンターの上で浮かんでいる見た目だけならかわいらしいフェアリーに話しかけた。
「喜べ、ピンクのおっさん。SS勢には良アプデだったぞ。エモートが三種類追加、スクリーンショットモードのフィルターもいくつか追加されてる」
ストロベリィ・ピンクは素早くエモートのウインドウを開いて追加エモートを確認すると、新しく追加された指ハートを披露した。
「やったぁ! 早速SS撮ろうっと」
くるくると革命的敗北主義者の周りを飛び回って喜ぶ、ピンクのおっさんことストロベリィ・ピンク。
暴れていたスラストは寝てしまったらしく、微かに寝息が聞こえてきた。
あ、そうそうと革命的敗北主義者がアップデート情報の続きを読み上げる。
「もうほとんどの奴忘れてるだろってイベントだが、闘技大会やるぞ」
ストロベリィ・ピンクの動きがぴたりと止まる。
闘技大会……それは、運営が二年前に発表して以降音沙汰がなかったイベントだ。一週間に渡ってタイマン、四対四の三回勝負、大人数戦などPvP
運営が風呂敷を広げ過ぎた黒歴史とまで言われていた。それの追加情報が二年越しに出たのだ。
しかもエントリー締め切りは二週間後、開催は一ヶ月後だという。
「もし本当に開催されるならタイマンはやらないけど、集団戦は出るかなあ」
スラストと革命的敗北主義者は格闘ゲームやシューティングゲームを昔から嗜み、その延長戦上としてMMOを始めた人間だった。二人とも出られるのなら全て出たいと思っているだろう。
一方のストロベリィ・ピンクは元々グラフィックに惹かれたタイプだった。メインコンテンツであるPvPも多少はやるが、それも話題作りの一環としてだ。無理して出るほどではない、所謂ライト勢だ。
「四対四はどうする」
四対四はタンクとヒーラーがそれぞれ一人、アタッカーが二人必要だ。
もし出るのならスラストがタンク、ストロベリィ・ピンクがヒーラー、革命的敗北主義者がアタッカーだとして、アタッカーがもう一人。
「んー、三人だと出られないし、今回は見送るのもありかも」
「いいのか? 二年間も寝かせてたイベントなんて、次いつあんのかわからねえぞ」
「出たいなら出たいって素直に言ったらいいのに。で、あと一人に当てはあったりするの」
「無い」
「探すしかないかもね」
「男限定だな。あの引きこもりのガキは女に耐性がない。すぐ脳みそが下半身にいってしまうぞ」
スラストは女がいるとまともに話せない、そう語る革命的敗北主義者もあまり免疫がなかった。
「SNSとかフォーラムに書こっか? 男の人いっぱい集まると思うよ」
性格が捻くれている革命的敗北主義者やアカウントに鍵をかけているスラストに比べて、ストロベリィ・ピンクはSS勢としてそこそこ有名だ。呼び掛ければ来る人も多いだろう。
「俺は構わないが、本当にVCしてもいいのか?」
「………………」
問題点はそれだった。ボイスチェンジャーを使って声を高くしているとはいえ、どこか不自然さは残る。出会ったばかりのスラストはそれでも騙されていたが、そんな人間ばかりではないだろう。
結局四対四に出場するかどうかは、エントリー締め切りまでにあと一人のアタッカーが集まるかどうかで判断することになった。
闘技大会まで、あと一ヶ月。
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