第十四話 新たな刺客
違和感がした。
つい先程、いかにもやばそうな雰囲気の女性に、火の玉のようなものを投げつけられた。
燃え上がるような痛みが身体を蝕み、全焼する_____はずだった。
今感じている感覚は痛覚というより、身体に重い圧が掛かったようだったのだ。
ユイは今の自分の状況を知ろうと、ゆっくり瞼を開いた。
すると、目の前にあの女性の顔があった。
不気味な笑みは消え、目を見開いてどこか焦っているような表情を浮かべている。
視線を下に向け、首筋から肩、背中のラインまで見えたところで、今自分が女性に押し倒されていることに気が付いた。
「・・・・・・・・あ・・・え?」
それが恐怖なのかそれとも驚愕なのか、将又その両方なのかもしれない。
ユイは声を出すことが出来なかった。
いったいなんでこんなことになっているの?
状況が読めず、混乱するユイ。
すると、女性は密着している身体の前面を離し、四つん這いになると落ち着きのない口調で話し掛けてきた。
「大丈夫?怪我とかしてない?」
まるで命の危機に直面したような表情で、別人のように感じた。
「え?あ、はい」
ユイは考えるより先に口が動いていた。
女性は一瞬だけ口元に笑みを浮かべると傍らに退いた。
そして、横に振り返り、視線の先を睨み付ける。
ユイも上半身を起こし、女性が見ている方向を目で追った。
七メートルくらい離れた位置。
夕日をバックに蠍のようなシルエットが、目前にいた。
胴体から短い脚が左右に五本ずつ生えており、そのうちの手前側には鋭い巨大な鋏が備えられている。
そして何より特徴的なのは、全長十メートルくらいの長さの細長い尻尾だ。
その先端には鋭い針が尖っており、刺されれば間違いなく即死は確実であろう。
ユイは以前の出来事から、その蠍の正体をなんとなく察することができた。
「・・・・・・魔物」
そう、今魔物が目の前にいる。
みらいショッピングモールで大量殺戮を行ったあの怪物と同じ存在がまた再び自分の前に姿を現したのだ。
「よりにもよってこのタイミングで来ますか」
女性は左手でユイを庇いながら、舌打ちをした。
巨大サソリは細長い尻尾をウネウネと動かし、先端の針をチラつかせる。
そして、八本の節足を器用にゆっくりと動かしながら、こちらに近付いてくる。
それに釣られて、ユイの中の恐怖心も徐々に膨れ上がっていた。
今真横にいる女性に感じたものとは違う、はっきりと認識できるほどの『死』の恐怖。
鼓動が早くなり、喉が渇くほどの過呼吸で吐き気すらする。
全身に流れていた血が一気に引き、目眩や寒気がする。
今面と向かい合ったことで、確かにそれを実感できる。
怖い。
ただ、それだけの一言で、ユイの感情を説明できる程だった。
両肩に触れられなければ、確実に発狂していただろう。
はっと我に返ると、女性は顔を覗き込んでいた。
「ここで時間を稼ぐから、あなたは早く逃げなさい」
「え?」
「早く!」
そう言われると、ユイは慌てて立ち上がり、振り返って走り出した。
巨大蠍は背中を見せたユイに対して、勢いよく尻尾を伸ばし、鋭い針を突き刺してきた。
しかし、女性が間一髪のところで出現させた魔力壁によって阻まれる。
金属音が鳴り響き、激しい火花が散る。
「行かせない」
女性が巨大蠍の前に立ちはだかる。
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