第十三話 神出鬼没な蜥蜴
人気のないアーケード街。
先程までサラリーマンや学生でごった返していたその場所は、物一つ聞こえない静かな空間へと化していた。
ただ、二つの影が存在しているだけである。
互いに睨み合っており、今にも戦いが始まろうとしている。
俺は首にぶら下がったクリスタルを握り、いつでも魔装できる態勢を取りつつ、動きを観察している。
蜥蜴のような見た目の魔物は細長く尖った爪を擦り合わせ、低い唸り声を上げている。
その爪や疎らに生えた牙が、主要武器である可能性が高いだろう。
もしかすると、それ以外の武器を備えていることも否定できない。
つまり、戦わない限り分からないということだ。
次に右左に視線を向け、周囲にある障害物や建物を確認した。
その一つ一つを把握しておかないと、戦闘中に状況判断に遅れが生じ、隙を作ってしまう危険性がある。
特にそれらは俺にとって、即席の武器になるのだから。
俺は蜥蜴人間に視線を戻した。
相変わらず、不気味な赤眼が鈍く光っており、異様なプレッシャーを放っている。
そして、周囲の空気に緊張感が走る。
「きしゃぁ」
先に動き出したのは蜥蜴人間の方だった。
奇声を上げ、鋭い爪を突き立ててくる。
「ヘルメス!」
俺もすかさず魔装を纏い、周囲にある金属から二本の剣を生成した。
素早く防御態勢に入り、剣で攻撃を防ぐ。
剣と爪が擦りあい、バチバチと火花が散る。
「こいつ結構バカ力だな・・・・」
力技では勝ち目がないと判断した俺は剣を振り上げ、攻撃を仕掛ける。
しかし、蜥蜴人間は当たる寸前で空高く跳躍し、避けられてしまった。
「うおっ」
俺は振り上げた勢いで態勢が崩れてしまう。
なんとか足で踏ん張ることはできたが、少々反応が遅かった。
上空を見上げると、蜥蜴人間は大きな口を開けて火の粉を散らしていたのだ。
「やべっ!」
俺は蜥蜴人間のその行動から危険を察知し、右に飛び込んだ。
直後、蜥蜴人間の口から勢いよく炎が噴き出される。
飛び込んだ勢いで転がってしまったが、すぐに飛び跳ね立ち上がった。
見ると、自分が先程まで立っていた足場は、黒く焼けた跡が残っている。
あの火炎放射攻撃をまともに喰らっていたらどうなっていたことか、想像するだけでゾッとしそうだ。
そして蜥蜴人間はというと、見当たらなくなっていた。
周囲を見渡してもどこにも姿が確認できない。
まさか逃げたのか?いや、魔物に限ってそんなことはあるのか?
いずれにせよ、魔物の体質どころかどういう存在なのか分からないので考えるだけ無駄である。
俺はさらに注意を払い、周囲をくまなく探した。
だがどこを見回しても、人一人もいない店くらいしか目に映らない。
どこだ、どこにいる!
それからしばらく周囲を見回していると、背後から気配を感じ振り向いた。
「しゃあぁ」
突如、蜥蜴人間が襲ってきたのだ。
俺は咄嗟に結晶の壁を生成し、攻撃を防いだ。
蜥蜴人間の腕が振り落とされた直後、結晶の壁に深い爪痕が付き粉々に砕け散ってしまう。
俺は宙で散乱する結晶を薙ぎ払いながら剣を振った。
しかし、刀身に結晶がぶつかる感覚はするのだが、肉を切り裂く時の手応えがなかった。
「またかよ!」
どうやら避けられたらしく、また見逃してしまったらしい。
「今度はどこから・・・・・・」
俺は周囲に何か動くものがないか、しらみつぶしに探し回った。
物陰や路地といった、あの巨体が隠れられそうな場所に目を向けていく。
しかし、どこを見てもそれらしきものは何も見当たらない。
「いったいあいつは何処に行ったんだ・・・・・・」
俺は足を止め、周辺を見回す。
すると、突然真横から蜥蜴人間が現れた。
俺は咄嗟に後方に下がり、前髪が掠っただけでなんとか避けることができた。
すぐに蜥蜴人間が着地したであろう場所を振り向く。
が、既にその姿は確認できなくなっていた。
それから蜥蜴人間は、姿を消しては何処からともなく姿を現し、鋭い爪で攻撃を仕掛けてきた。
俺はアーケード街を走り回りながら、直感を頼りに辛うじて剣でガードし、咄嗟に作った結晶壁で攻撃を凌いでいく。
しかし、それがいつまで続くか_____。
人間の魔力にも体力同様限界がある。
それが尽きてしまったら、魔装が解けて魔法が使えなくなってしまう。
つまり、早くけりをつけなければ、やられるということになる。
「早いところ何とかしねぇと・・・・」
攻撃に耐えながら、動きが予測できない強敵に苛立ちを感じながらも、なんとか冷静を保とうとした。
脳をフル回転させ、今までの出来事から蜥蜴人間の戦術を予想していく。
そして、それが三通り浮かんだ。
一つ目は、瞬間移動、あるいはその類の転移魔法を使った戦法。
二つ目は、単純な高速移動を用いた戦法。
三つ目は、自分の姿を透明化して攻撃する戦法。
俺を撹乱させ奇襲を仕掛けているこの状況下で、有力な情報はこれくらいしか浮かばなかった。
しかし、その中のどれかに該当していたとして、どう対策すべきか。
せめて俺にもそんな能力があれば・・・・・・・。
俺は自分が習得している能力の乏しさに落胆した。
蜥蜴人間の猛攻が続き、体力も剣の耐久値も限界に近付いていく。
腕も痺れ始め、後数発くらいしか攻撃を凌ぐことができないだろう。
せめて、何かしらの奇跡が起きれば逆転することが出来るのだが_____。
鋭い刃が電光石火のごとく一閃を斬り、頬を掠る。
「っ、この!」
俺は怒りに任せて、剣を振り落とした。
すると、今回は当たり所が良かったようで、剣の刃先が蜥蜴人間のしっぽの根元を捉えた。
肉が切り離され、黒い血飛沫を噴射する様子はグロさを感じさせる。
蜥蜴人間はしっぽを切り離されたことで短い絶叫を発したが、また姿を晦ました。
切り落とされたしっぽを残して_____。
まるで陸に挙げられた魚のように跳ね、命の灯を燃やし続ける。
そしてピタリと動きが止まると、そのまま地面に密着した。
その光景はまさしく、そのしっぽが『死んだ』と表現するのに相応しい光景だった。
これが魔物ではなく、ただの生き物なら弔ってやりたいものだが、生憎そんな余裕は今の俺にはない。
急いで次の奇襲に備えようと振り向きかけた瞬間、目を疑うような出来事が起きた。
なんと蜥蜴人間のしっぽが縮んだのだ。
俺はその一部始終を見て、脳に稲妻が走った。
全ての答えを導き出すことができたのだ。
謎が解けた喜びは、俺の闘志に火を点け、今にも飛び跳ねたくなる程の興奮状態になる。
俺はそれを加速源にし、再び脳をフル回転させる。
今度はさっきよりも調子が良く、すぐに蜥蜴人間攻略の手順がまとめ上がった。
「よし!」
俺は掛け声と共に、地面を蹴って走り出した。
この策が上手くいけば、間違いなく奴を仕留められる。
そう確信して_____。
俺は通り過ぎる一つ一つの建物に目も暮れず、ただ只管前を見て走った。
そして、目的の場所に辿り着くと、地面を突き刺す勢いで急ブレーキを掛けた。
その目的地というのは、先程まで今日一日の鬱憤を晴らそうとしていた場所、ゲームセンターだ。
ただ重要なのはそこではない。
ゲームセンターの前に置いてある段ボール箱。
恐らく、そこから蜥蜴人間が現れるに違いない。
なぜそう言い切れるかって?
何せ、唯一奴が隠れられる場所がそこのみだからだ。
奴の特性は体を伸縮自在に変えられることで、その能力を利用して物陰に隠れながら奇襲攻撃を仕掛けていたのだろう。
それと元のサイズは普通の蜥蜴くらいの大きさで、巨大化していられるのはほんの僅かな時間だけ。
ここまで予想して、俺は一番隠れる場所が少ないゲームセンター前に誘き出す作戦に出たのだ。
俺は蜥蜴人間が出現すると予想される段ボール箱に意識を集中させ、反撃の態勢を取った。
しーんと静まり返るアーケード街の一角。
先程しっぽを切り落とされたこともあってか、なかなか姿を現そうとしない。
ここに来てまさか作戦失敗!?と、不安になりかけた・・・・次の瞬間。
「しゃあぁ」
蜥蜴人間が鬼のような形相で飛び掛かってきたのだ。
まさにそれは、獲物に喰らいつこうとする肉食動物そのものだった。
俺からしてみれば、それが罠だとは知らずに飛び込む哀れな獲物にしか見えない。
横に移動し、振り下ろされた腕を流れるように受け流す。
そしてすかさず二本の剣を擦り合わせると、一回り大きい重量感のある大剣の形状へと合体した。
俺は左足を軸にその場で回転し、大剣を振り回した。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」
二回転し、蜥蜴人間に目掛けて大剣を振り翳した。
刀身は見事、蜥蜴人間の鼻先に当たりめり込んだ。
回転による加速と剣の遠心力により威力が強化された斬撃は、蜥蜴人間の頭蓋骨を貫通し、首から背中へと伝わっていく。
斬り進めるごとに飛び散る黒い血の飛沫を浴び、青白い魔装を黒く染まっていく。
骨を砕き、肉を切り裂く感覚がグリップを返して両手にビリビリ伝わってくる。
「ぅぅうあああぁああ!」
俺は絶叫し、更にグリップを強く握り締める。
脊髄やあばら骨を貫いていくと、先程までしっぽと繋がっていた根元部分に達し、そこから一気に切り抜いた。
まだ振り回す勢いが残っていたため、大剣を空高く振り上げてしまった。
黒い血の粒を大気中に撒き散らし、大量に顔面に浴びてしまう。
俺はバランスを崩し、その場に倒れ込んだ。
それからしばらく、立ち上がることが出来なくなった。
勝った・・・・・・のか?
なんとか頭だけ横にし、蜥蜴人間の方に視線を向けた。
左右に一刀両断された蜥蜴人間は夥しい量の血液を断面から噴き出し、身体を細かく震わせている。
しばらくして、蜥蜴人間の身体は空気の抜けた風船のように縮み、普通の蜥蜴と同じくらいの大きさになった。
そして黒く腐食し、塵となって大気中に散っていった。
それは蜥蜴人間の『死』を意味している。
俺はその様子を見てほっと溜息を付くと、両手を広げ大の字になった。
二度目の魔物との交戦による緊張感からの解放と、先程からずっと走り回っていた疲労が一気に来たようで、身体が云うことを聞かない。
過呼吸でなかなか酸素が脳に回らず、まともに思考回路が働かない。
それに加えて、睡魔も襲い出す。
このままだとここで深い眠りについてしまいそうだ。
俺は何度も眠りそうになるのを必死に耐えようとしたが、とうとう限界が来てしまい意識がなくなった。
それからどれくらいの時間が経っていただろうか。
いや、もうそんなことどうでもいい。
後始末は上の連中がやってくれるだろうから、気が付いたらベッドの上で毛布にくるまっているというオチなのだろう。
そう思っていた。
「あらあら、どうやらお疲れのようですわね」
と、突然頭上の方から声が聞こえた。
俺はビクッと体を震わせ驚き、一瞬で現実の世界に引き戻された。
呼吸が正常にできており、体も動けるようになっていることを確認すると、起き上がって声のした方に振り向いた。
そこには少女がいた。
お嬢様学校のような制服を着ており、この殺伐とした空間では群を抜いて目立って見えた。
「お仕事ご苦労様です」
少女はニコリと微笑みながら、顔を覗き込んできた。
しかし、俺は突然現れた少女に警戒心を抱き、身構えた。
「なんだ、お前?」
俺は少女を睨みつけた。
「そう警戒することはありませんことよ」
少女はそう言うと軽く会釈をし、自己紹介をし始めた。
「初めまして・・・・・・と言っても今朝お会いしていますから、初めてでは相応しくありませんわね。まあいいでしょう。わたくしは魔術協会未来支部最高主任、早乙女エリです。以後お見知りおきを」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます