第十話 ご立腹なスイーツ少女

 時島ユイの登下校ルートには、途中おしゃれな喫茶店がある。

 何か個人的な記念日の時、または特別機嫌が良い時によくそこに立ち寄っている。

 好きなスイーツを頼める分だけ頼み、好きなだけ食べる。

 それが彼女にとって、唯一の至福の時間だ。



 だが、今日はそうではなかった。

 なぜなら、ユイは今頗る機嫌が悪いのだ。

 テーブルに置かれたショートケーキ、イチゴパフェ等を手に取っては、口の中に放ばっていく。

 味を嗜むことなく、リスみたいに頬を膨らませて、ゴクリと飲み込んでいく。



 その豪快な食べ方をする彼女を見て、カオルとマルコは少し引いていた。


「・・・・・・えっと、なんかあったの?」


 カオルがそう聞くと、ユイは口に入ったパンケーキをモゴモゴと噛みながら答えた。


「別にモゴモゴちょっとモゴモゴ嫌なことがモゴモゴあっただけモゴモゴモゴ」

「食べるか話すか、どっちかにしなさいよ・・・・・・」


 注意されるが、ユイは返事をせず、無言でキンキンに冷えた冷水を口の中に流し込んだ。


「喧嘩?」


 今度はマルコが聞いてきた。


「まあ、そんなところ」

「やけ食いするのはいいけど、頼みすぎじゃない?カロリーとか大丈夫?」

「わたし太りにくい体質だし気にしない」

「はは、そりゃ羨ましいことで・・・・・・」


 苦笑いを浮かべながら、二人はジュースをストローで啜る。



 するとカオルが、


「・・・・・えっと、良かったら相談に乗るけど」


 と、聞いてきた。

 そう言われてユイは少し考えると、相談してみることにした。

 もちろん、魔物のことは伏せた上で。


「えっと、詳しいことは話せないけどね。良かれと思ってその人の力になりたいって言ったら、なぜか怒られちゃって、自分もカッとなって殴っちゃったというか・・・・・・とにかく、それからどう接したらいいか分からなくなってさ・・・・・・」


 漠然とした内容だが、頑張って説明したつもりである。

 内容を詳しく追及される不安もあったが、誰にも相談できずにモヤモヤするよりましだった。

 できれば、今の説明で理解してほしい。

 ユイは恐る恐る二人の表情を伺う。



 すると、小さな唸るとそれぞれの返答が返ってきた。


「あんたが殴るって、よっぽど酷いこと言ったのね、そいつ」

「あの温厚で、暴力とは無縁のあんたが、ね?」


 二人は自分が暴力を振るったことに意外性を感じているらしい。

 一体、彼女たちの中で自分はどう映っているのだろうか。



「そんなに?」

「うん。嫌な顔とか表情に出るけど、手は出さないし。だから、弄りやすいのよね・・・・・・」

「何か言った?」

「いえ!何でもないでございます!」


 カオルは敬礼のポーズを執って誤魔化した。

 要するにそういうことらしい。


 バッチリ聞こえてるっつーの!



「というか、なぜかってことは、怒った理由は聞いてないってことだよね?」

「うん。その時にはもう手遅れみたいな状態で・・・・・・」

「ああ・・・・・・」


 状況はある程度察してくれたようだ。



「難しいところね。そいつが悪いと決めつけるにしても、怒った理由が分からないんじゃ、はっきり断定できないし・・・・・・」

「てか、あんたどんな頼み方をしたの?」

「それは誠心誠意を持って真面目に頼んだよ!自分の意志もちゃんと伝えたし、ふざけた態度は一切取ってないわ!」

「一体何に協力しようとしていたの?」


 と、マルコにそう聞かれたので、ユイは口を閉じて黙り込む。


「いや、何で急に無口になるの?もしかすると、そいつの逆鱗に触れた理由が予想できるかもしれないじゃん」


 確かにマルコの言う通り一理あるが、これ以上は話せない内容だ。

 取り敢えず、誤魔化しておこう。



「ソコハキンソクジコウデス!」

「何で片言?」

「キンソクジコウデス」

「いや、相談してんのあんただよね?」

「キ・ン・ソ・ク・ジ・コ・ウ!」


 頑なに黙秘を押し通す。


「・・・・・・分かったわ。あんたにも話せない事情があるのね。これ以上の詮索はしないわ」

「アリガトウ」

「だから、その喋り方止めて、調子狂うから!」


 マルコにそう言われたので、ここから普通に話すことにした。



「まあ、とにかく殴ったことに関しては、最初に誤った方が良いと思うよ。そいつ暴力とか振るってる?」

「いや、手を出したのはわたしだけ・・・・・・」

「なら、最初にすることは謝罪することなんじゃない?」

「それは、尤もな意見です」


 淡々と語ると、マルコはストローでジュースを啜った。

 そして入れ替わるように、カオルが発言を切り出す。



「謝るのはいいとしてさ。その後はどうすんの?流石に殴ってごめんなさいだけで終わる気はないんでしょ?」

「え、うん、出来れば怒った理由も聞きたいし、彼の力になりたいっていう気持ちも変わってないよ」

「フムフム、成程ね・・・・・・」


 カオルは頭を上下に動かして、何度も相槌を打つ。



「ちょっと聞きたいんだけど、何でそこまでしてそいつに拘ろうとするの?力になりたいって、なんかそいつに恩でもあったりするの?」

「ああ確かに、言われてみれば。どうしてなの?」


 ここで再びマルコが話に加わり、同様に質問する。


「どうしてって、まあその・・・・・・」


 ユイは少し迷ったが、ここは正直に答えることにした。


「あの時、悲しそうな顔をしてたから」

「「?」」


 それは今朝、ミツキに話した内容とは違う理由だ。


  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


 これは二人には話していない_____というか、話す必要がなかったから話さなかった_____ことだ。

 あれは中学入学する一週間前。

 つまり、ユイが初めてミツキと会った話である。



 母の友人の死がきっかけで孤児になってしまい、母はそんな彼を居候として引き取ることにした。

 身寄りのない子供を養う金はどこにあるのか疑問に思ったこともあったが、特に嫌でもなかったので、温かく歓迎しよう期待に胸を膨らませていた。

 しかし、実際に会った時、その気持ちは反転し憐れみを感じるようになってしまった。



 彼の目は死んでいた。

 生きているはずなのに、死人のような顔で瞳の奥に光りすら感じない。

 父親の死が原因であることは自ずと推測できたが、それでも重傷だった。

 その内、自殺でも図りそうな気がして、これからの生活が不安でしかなかった。



 最初の頃は会話すらなく、ほとんど部屋に籠りっきりだった。

 学校が始まってから普通に登校しているものの、誰とも話すことなく、外の景色を見ているだけ。

 話しかけられても素っ気ない態度ばかり取り、次第に誰からも声を掛けられなくなった。



 正直、傍から見ていた自分でさえ不安に感じてしまう程、彼は人との関わりを拒絶していたのだ。

 最早、家でも学校でも空気になりつつある彼。

 ユイはとうとう放っておくことが出来なくなった。



 何より彼の目は、初めて合ったその日から全く光が灯っていなかった。

 どこまでも深い闇色に染まり、未来に希望すら見出していない。

 自分の人生なんて、どうなったっていい。

 そんな悲しいことを常に言っているように見えた。



 ミツキの友だちになりたい。



 いつ頃かは忘れたが、その日を境にユイは積極的に彼に声を掛けるようになった。

 家でも、学校でも所構わず話し掛け、酷くあしらわれても屈することはなかった。

 買い物や勉強に誘ったり、自分が所属している陸上部に勧誘したり。

 強引な手段を使って怒られることもあったが、それでも以前よりかは会話が増えるようになった。

 それがどうしても嬉しかった。



 それが原因で彼と交際しているという噂が広まり、少し控えることはあったものの、最初に比べて少し表情が明るくなった。

 曇っていた瞳も僅かだが光が見えるようになったような気がした。

 だから、この先少しずつでいいから彼と仲良くなって、家族の死から立ち直ってほしい。

 そう願っていた。



 それなのに_____。


  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


「今日のことが原因で仲が悪くなったら、振り出しに戻ったらと思うと辛くて・・・・・・」


 話していると少しは気が楽になるかと思ったが、余計に自分の不安を煽る結果になってしまった。


「・・・・・・怖い」


 最悪のイメージが脳裏を過り、全身の震えが止まらなくなってしまう。



「いや、まだ何も起きてないんだし、そんなに怯える必要ないって」

「そうそう、意外とそいつも負い目感じてたりするかもよ。あの時怒鳴ったりしてごめ~ん・・・・・・みたいな」


 落ち込むユイを励まそうとする二人。

 しかし。


「それでも・・・・・・それでも、やっぱり怖いよ。そうしたいって強く願っても、あっさり拒絶されたりすることだってあるし、現に喧嘩した時もそうだったから」



 マルコの言う通り、そんな期待_____ミツキはそんな軽いテンションで謝罪することはないと思うが_____もしたい。

 だが、果たしてもう一度自分の意志を主張して、聞き入れてくれるだろうか。

 和解しても、最終的に戦う意志を受け入れてもらわないと意味がない。

 正直、全ての要求が通るかは絶望的だ。



 そうなってしまったらもう、彼の力になれなくなってしまう。

 あんな凶暴な怪物と戦っている事実を知っていながら、指を加えることしかできなくってしまう。

 あの時あの場で誰かが殺される様子を見ていることしかできない立場のまま。

 彼が傷付いても、辛い思いをしても、殺されても、自分は救えない。

 涙を流し、後悔することだけしかできない。


 そんなこと、絶対嫌だ!


 ユイは下唇を噛み締め、未だ状況を打破する方法が思いつかない自分に苛立ちを感じ始める。



 カオルやマルコもあれから何も話さなくなっている。

 俯いてて表情は見えないが、多分鬱な気持ちになっているに違いない。

 段々申し訳なくなってしまった。


「・・・・・・ごめん。嫌な思いさせちゃって、本当にごめん」


 頭を下げ、何度も謝罪の言葉を口にする。


 友達まで巻き込んだ上に不快にさせるなんて、最低だ。


 心の底から自負していると、唸り声のような音が聞こえてくるのに気が付く。

 何?と異変を感じ、顔を上げようとする瞬間だった。



「ああもう!面倒くさい!そうやってウジウジしてるから、いつまで経っても仲直りしないんでしょ!」

「もういろいろ小細工しようなんて考えるの止めた!てか、こんな所でケーキ喰ってないで、家帰って言いたいこと言えばいいでしょ!」


 二人は罵声と共に立ち上がると、鬼のような形相で詰め寄ってきた。

 先程まで落ち着いた態度とは一変し、鼻息を荒くして興奮状態になっている。

 ユイは文字通り目を丸くし、迫力のあまりあらゆる負の感情が吹き飛ばされてしまった。


「あ・・・・・・えっと・・・・・・・・はい」


 畏縮し、半泣きで答える。



「あんたそいつと仲良くなりたくてずっと喰いついてきたんでしょ?何回拒絶されても、諦めないで声を掛けて、それで少しずつ会話もするようになったって。ならその時みたいに、意地でも自分の意志伝え続ければいいじゃん!」


 カオルはソファに座ると、若干落ち着いた口調で意見を述べた。


「相手がどうこうよりも、自分がどうしたいかなんじゃない?そいつがどういう心境だったのかは知らないけど、そんなの二の次よ!ぶつからないとちゃんと伝わらないことだってあるんだから、一回失敗したからって落ち込まない!」


 同じくマルコも座り、ずっと悩んでいた答えをあっさり返答してしまう。

 それはもう、悩んでいた時間が無駄に感じてしまう程に。



 二人の迫力に呆気に取られてしまったが、徐々に思考が回るようになり、状況を理解する。


 あ、そういえばこの二人、考え過ぎると頭がパンクして、最後適当になるんだった。


 そのことを思い出し、ユイも落ち着きを取り戻すが、加えて呆れかえってしまった。

 しかし、言い分に関しては的を射抜いていることには間違いなかった。

 珍しく。


「何というか、二人に相談しておいて良かったと思う・・・・・・うん」

「言ってることと表情が全く一致しないのはなぜ?」


 マルコが怪訝そうに答える。



「まあそういう訳だから、あんたのやりたいようにやった方がいいんじゃない?その方が伝わりやすいっていうかさ」


 カオルはそう言うと、残り少ないジュースを一気に吸い込んだ。


「やりたいようにやる・・・・・・か」


 二人の言葉を思い起こす・・・・・・ことはなく、すぐに笑顔で答える。


「そうだね!カオルやマルコの言う通りだね!」


 ユイは考えるのを止めた。



「そうそう、もう当たって砕けろよ!思いっきりぶつかって来い!」

「オー!」

「罵られようが、嫌われようが、喰いついていけ!」

「オー!」

「最悪ダメな時は、既成事実を作っちゃえ!」

「オー・・・・って、それはダメ!」


 テンションが上がって思わず賛同しかけたが否定した。

 まあ、その前にもツッコミを入れる所はあったが、それよりも三つ目の内容の方が気になった。



「いやいや、何でそうなるの?既成事実って、そこまでする必要ないでしょ!不潔!変態!」

「でも合理的じゃない?そうした上で要件を呑ませた方が楽っしょ」


 割と本気で答えるカオル。


「最低だ・・・・、これまで聞いた中で一番最低なアドバイスだよ!」

「もうあんたらデキちゃえばいいんじゃない?満更でもないでしょ?ミツキ君と」


 今度はマルコまで肩入れし始めた。


「今は関係ないでしょ!・・・・・・てか、今ミツキ君って言ったよね?いつから気が付いたのよ?」

「昔話している所らへん。途中からミツキミツキ言ってたよ」

「隠しきれてなかった~~~っ!」



 それからウェイトレスに止められるまで、このやり取りは続いた。

 出禁になったのも言うまでもない。

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