第九話 正義と嫉妬
保健室。
俺はベッドの上に腰を下ろしていた。
もう一つ隣のベッドで、同じく座っているユイと向い合せになっている。
俺がここにいるのは、別に体調が悪くなったからでも、怪我をしたからでもない。
彼女に呼び出されたからである。
お互い黙ったままで、時間だけが過ぎていく。
正直、結構気まずい。
「・・・・・・・・えっと、話って何?」
俺はこの重い空気に耐えられなくなり、こちらから話し掛けてみることにした。
すると、ユイは軽く咳払いをし、険しい顔で話をし始める。
「単刀直入に聞くけどさ。この前の土曜のことなんだけど・・・・」
「・・・・あ・・・ああ、あの事件な。ほんと災難だったな」
この時、嫌な予感がしていた。
でも、そんなはずはないと思っていた。
いや、あるはずがないと思いたかったのだ。
「あれ、ガス爆発が原因じゃなくて、その・・・・・魔物?のせいなんだよね?」
どうやら嫌な予感が的中してしまったようだ。
「・・・・え?は、魔物って何言ってんだ、お前?」
俺は即座に誤魔化そうとした。
しかし、予想外のことで冷静に対応ができず、驚きのあまり慌てふためいてしまう。
なぜなら、彼女は覚えていたからである。
その様子を見たユイは見逃すはずもなく、さらに問い詰める。
「その様子だとやっぱりそうなのね。なんで隠すの?」
「何で覚えてんだよ?」
「正直、自分でも分からないのよ。だから、実際に魔物と戦っていたミツキなら何か知ってるかなって、だから」
「わざわざこんな誰もいない保健室に呼び出して、二人きりで話がしたかった、と?」
「言い方はあれだけど、そう。この時間のここなら、先生も用事でいないし、ゆっくり話せるかなって」
なるほどなるほど。
何度も頷くが、何一つ理解していない。
一見冷静さを装っているように見えるが、リアクションができないくらい動揺している。
多分、今一番パニックになっているのは俺だろう。
「それで?その事実確認がしたかっただけなのか?」
「ううん、他にも用事があるわ。寧ろそっちの方が一番大事なことよ」
そう言うと、ユイは一呼吸おいて言葉を続けた。
「ねえ、ミツキ。わたしも・・・・・・ミツキみたいに戦えるようになりたいの」
それは混乱する俺に、止めを刺すような発言だった。
「お前・・・・・・何言って・・・・・・」
狼狽える俺だが、ユイは淡々と話を続けていた。
「あの時、怖かったのよね。何が起きているのか、全然分からなくて、パニックになって、もう死ぬんじゃないかって思ってさ」
ユイはその時の記憶を思い出しながら、どこか遣る瀬無いような、そんな表情を浮かべていた。
「でも、それよりも、何もできなかったこと方が一番辛かったかな。近くに友達がいたのに、自分の手で助けることが出来なくて、本当に悔しかった」
そう言うと、俺の手を取り、真っ直ぐ瞳を見つめてきた。
「だから、お願い!わたしを・・・・・・みんなを守れるような正義の味方にして!」
その綺麗な目から、紛れもない『覚悟』を感じた。
彼女は本気だ。
単純にヒーローごっこをしたいだけの、生半可なものではない。
純粋に正義を全うしたい者の強い願いだった。
それはもう、自分とは全く異なる形で__________。
「・・・・・・」
「ごめん、急にそんなこと言って、困るよね。でもわたし、本気だから!もう後悔したくないから!」
「!?」
この瞬間、俺の脳内である記憶がフラッシュバックされた。
忘れたくても忘れられない残酷な光景。
魔物共の奇妙な笑い声に囲まれながら、父の死の瞬間を目の当たりにした過去。
変えることのできない現実に苦しめられ、後悔しか残らなかったこの三年間の人生。
未来に希望を持てず、絶望しかなかった。
だから、希望を語る奴がどうしても気に入らなかった。
「・・・・・・うるせぇよ。クソ白けるんだよ。何が俺みたいに戦いたいだ、みんなを守りたいだ、正義の味方だ」
「ミ・・・・ミツキ、どうし」
「喧しいんだよ!耳障りなんだよ!一生絶望してろよ!」
俺は常軌を逸したように、罵声を上げた。
「だいたい、あの時一番怯えていたのは誰だよ。そんな奴がまともに戦えるわけねぇだろうが!」
「そ、それは・・・・」
「それにお前勘違いしてねえか?魔術師は正義のヒーローじゃねぇんだよ。ロクに知りもしねぇでそんなことほざく」
バシッ
直後、俺の右頬に痛みを感じた。
これにより、込み上がっていた怒りの憎悪が完全に途絶え、落ち着きを取り戻した。
俺は恐る恐るユイの方に視線を戻していく。
見ると、瞳に涙を浮かべてこちらを睨んでいた。
「知らないから聞こうとしてたんでしょ?何で急にキレたりするの?」
「・・・・・・」
俺は何も答えることが出来ず、カーテンを閉めてしまった。
やっちまった。
俺はカーテンの向こうで啜り泣くユイの声を聞いて、罪悪感がした。
でも、これで良いと思っている所もある。
もうユイは俺に関わろうとしなくなるだろう。
やっと、一人になれる。
やっと、やっと__________。
「これでいいんだ」
直後、チャイムが鳴った。
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