第五話 食べさせ合いっこ
ピロンッ
ユイのスマホから着信音が鳴った。
「あ、ちょっとごめん」
ユイはスマホを取り出し、チャットアプリを開いた。
カオルからのメッセージだ。そこには
『あーんして、食べさせ合いっこしなさい♡』
と、いう内容が記載されていた。
「いや絶対無理―――っ!」
ユイは思わず立ち上がり、発狂してしまった。
「え?どした?」
ユイははっと我に返り、顔を下ろすとミツキが驚いた表情で仰け反っていた。
周りを見ると他の客やウェイトレスの視線が自分の方に集まっている。
「えっとあの・・・ごめんなさい」
ユイはその場で軽く会釈をしながら座った。
それからミツキが顔を近付けて、小声で話し掛けてきた。
「なんかあった?」
「ごめん何でもない気にしないで」
「なんかさっきから鳴ってばっかだよな。まさか彼氏とかか?」
ミツキは眉を顰めて、手に持っているメニュー表から覗き込んできた。
「違う違う、友達からだよ」
「だとしても多くねえか?もうどんだけ構ってほしんだよっつーくらいだし、気味悪くね?」
「そ、そんなことないよ。きっと用事があるから連絡しているんだと思うよ」
「・・・・そうか?あ、俺グラタンにするわ」
ミツキはメニュー表をユイに見せ、こんがり焼けたグラタンの写真に指差した。
「うん、じゃあわたしはオムライスで」
そう言うとユイは呼び鈴のボタンを押した。
ウェイトレスが来たところで、ユイはメニュー表に書かれているグラタンとオムレツの正式名を片言で読み上げ注文をした。
最後にウェイトレスが正式名をスラスラと読み上げると、その場から立ち去った。
そして、ユイはチャットに文字を入力して送信した。
『何考えてんの!?無理に決まってんじゃん』
するとすぐに返信が返ってきて、
『いいじゃん!なんやかんやでうまくいってんだしダイジョブじゃね』
ユイは周りをキョロキョロと見回し、ある一組の客に目が止まる。
明らかにこちらに軽く手を振ってニヤニヤしている客二人。
間違いなく、カオルとマルコだ。
ユイは二人に睨みつけた後で、再びチャットに文字を入力した。
『大丈夫なわけ無いでしょ!今までのはまだしも、というか恥ずかしかったけど、流石にムリ!』
『大丈夫!君ならできる!・・・・・・・・なんつって』
『ムリ!』
『ムリ!じゃない!てか、やれ』
もう命令ですか!?
ユイはスマホを持ったまま、顔を両手で押さえた。
それからしばらくやり取りしているうちに、ウェイトレスがオムライスを乗っけた鉄製のお盆を持ってやって来た。
オムレツの正式名を噛むことなく坦々と暗証をしながら、皿とスプーンをユイの方へ置き立ち去った。
最早、スタンバイオーケーの状態。
ユイはケチャップのかかったオムレツを、じっと睨みつけながら黙り混んでしまう。
「どした?食わないのか?」
「ミツキ・・・・」
ユイはスプーンを持ち、オムライスの一片を掬い上げた。
そしてそれをミツキの方へ差し出す。
「あ・・・あーーーん」
ユイは恥ずかしさと緊張で頭の中はパニック状態になっていた。
顔は真っ赤で手は震えている。
手汗なんて滝のように出ている。
「・・・・・・なんつーか、こんなテンパった状態であーんしてくる人初めてだわ」
「い・・・・い、いいから早く食べて」
「でもお前、俺がそれ食ったらそのスプーンで食うってことになるよな?それって間接キスじゃね?」
その直後、ユイの頭は勢いよく爆発し、ヘニャヘニャとその場に崩れ落ちてしまう。
「か・・・・・かかかかかか間接」
動揺して、滑舌が回らなくなっている。
「ユイ、大丈夫か?」
いや、大丈夫な訳あるか!
さっきまでそのワードを頭の中に出さないように堪えてきたのに、それをあっさり言われたものだから、平常心を保てる訳がないだろ!
それでもユイはなんとか冷静に保とうと、深呼吸、というより腹式呼吸をして落ち着かせた。
そして、手に持っているスプーンの先を、ミツキの口元にロックオン。
「大丈夫よ、なんとかね。さあ続きを・・・・・」
「おまたせしました」
とウェイトレスがグラタンの乗ったお盆を持ってきた。
直後、ユイは電光石火の如く、スプーンをミツキの口の中に突っ込み、オムライスが盛られた皿をミツキの方に押し付けると、お盆に乗ったグラタンの器とスプーンを取り上げた。
そしてそのままガツガツと口の中に頬張っていく。
ミツキとウェイトレスはその場で固まって、呆然としてしまった。
するとウェイトレスのほうが先に口を開いて、
「え・・・・・・ではごゆっくり」
と足早に去っていった。
ミツキは口にくわえたスプーンを抜き取り話しだす。
「あの・・・・・それ俺のグラタンなんですけど・・・・・・」
「ごめん、おいしそうだったからつい」
ユイはスプーンをくわえながらボソボソと呟く。
「いや、だったら同じやつ頼めばよかったんじゃ・・・・」
「うるさい」
ユイはプイッとそっぽを向いた。
その向いた先で、カオルとマルコはつまらなそうな顔でこちらの様子を見ていたが、逆に睨み返してやった。
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