第四話 初めてのショッピング

 みらいフォレストパーク。

 未来市の観光スポットランキングベスト3に入る、人気のあるこの場所は、毎年多くの観光客や地元の人達で賑わっている。



 衣類、インテリ家具、電化製品、書籍といった豊富な品揃えで、さらに有名な飲食店も数多く構えている。

 また展望台に関しては、デートスポットとしても取り上げられている。



 そして、俺はそんな万能ショッピングモールの入り口近くの時計台前で待ち合わせをしていた。

 左手首に巻かれている腕時計を確認すると、九時五十三分を指していた。

 もうそろそろ来てもいい時間帯だと思い、辺りを見回す。



 土日休みというのもあって、結構人が多い。

 ここから特定の人物を見つけ出すのは、非常に厳しいものがある。

 そうなってくると、ユイもこの人混みの中、俺を見つけるのに苦労しているだろう。



 俺は十五分前にここに到着している。

 それもユイが準備に遅れそうだから、先に出ているように言われたからである。

 まったく、高々買い物でなぜそこまで張り切る必要があるのだろうか。

 女というのは分からないものだ。



「おーい、ミツキー!」


 人混みの中から、聞き覚えのある甲高い声が聞こえた。

 声のした方に視線を向けると、歩いている人をスイスイと避けながら、ユイが小走りで近付いてきた。

 どうやら心配はいらなかったらしい。


「ごめん、待った?」

「いや、そんなに」

「よかったー。こう人が混んでいると見つけるの大変だから、場所決めといて正解だったね」

「・・・・まあ、そうだな」



 前日、俺とユイは夕食を食べながら、詳しい待ち合わせ場所を決めていた。

 ほとんどの段取りを決めていたのはユイで、俺はただそれを了承するだけの話となっていた。

 話している最中、買いたいものが決まっていなかったり、妙に計画的な部分もあったりと気になる点はいくつかあったが、あまり気にしていない。



「それにしても、ちゃんとおしゃれしてきたんだね」


 ユイは俺の着ている服装を上から順に眺めながらそう言った。


「ああまあ、ハハ」


 俺は苦笑いを浮かべた。



 昨夜、詳しい待ち合わせ場所等を決めている最中に、ユイから


「折角二人で買い物に行くんだから、おしゃれしてきてよね」


 と念押しされた。


 買い物に行くのになんでそこまで気合いを入れる必要があるのか?


 聞いてみたが、詳しいことは教えてくれず、仕方なくそれっぽいものを自分の部屋で探してみることにした。

 すると以前小母さん、つまりユイの母親に買ってもらった服が、タンスの中やクローゼットにあったので、それを着ていくことにした。



 そして今、グレーのシャツの上にネイビーのチェスターコートを羽織り、スキニーパンツを履いている。


「お前も似合っていると思うぞ、その格好」

「そ、そうかな、えへへ」


 ユイは少し頬を朱色に染めて、ニヤニヤし出した。

 服装はグレーブルゾンに、カーキスカートといったコーデだ。



「で、どこに行くんだ?ぶっちゃけ付き添いみたいなもんだから、昨日話した内容覚えてないけど」

「あ、うん、だと思った。ちょっとさっきあれからバタバタ決めたんだけど・・・・」


 ユイは取り出したスマホの画面をスワイプしながら、俺に見せた。


「ここに売ってある服が少し気になってね」

「へー、いろいろ種類あるんだなぁ」



 俺は感心しながら、スマホの画面に覗き込んだ。


「うん、じゃあ行こ」


 そう言うとユイは入口の方へ歩き出した。


「ああ」


 そして俺もユイの後を追い、建物の中に入った。


  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


 入口を抜けると、華やかなガーデンが広がっていた。

 道に沿って、季節の花が植えられていて、小さな小川も端から端まで流れている。

 そして中央には大きな池があり、噴水が一つのアートを作り上げている。

 俺はこの美しい光景にいつの間にか魅入られていた。

 木や草に囲まれた寺に住んでいたことがあり、どこか懐かしく感じた。。



「ミツキー、こっちこっち」


 ふと自分を呼ぶ声に反応し振り向くと、ユイが両手を振っていた。


「あ、悪い悪い」


 軽く謝罪の言葉を述べ、彼女のいるファッションショップの方へ駆け出した。



 店の中に入ると、奥が見えない程さまざまな種類の衣類が種類ごとに並んでいた。

 土日ということもあって、結構客の数も多くごった返している。


「へー結構広いなぁ」


 感心している俺を見て、ユイはクスッと笑いながら、


「何初めて来たみたいな言い方してんの?」


 と、からかってきた。


「いや・・・・てか、そもそもこういう店に来るの初めてなんだよな」

「え!?そうなの?」

「そうだけど」

「いや、マジで?えー」


 ユイは目を丸くした。



 俺が外出するのは、基本的に近所の本屋とレンタルビデオ屋のみ。

 服に関しては、たまにネット通販で自分のサイズに合った物を購入している。

 コーディネートとか一切考えず、無作為にポチるだけだ。

 ジャージ、パーカー、無地のTシャツ等、同じような物が色違いでタンスの中に押し込まれている。



「・・・・・・わかったわ。確かここってメンズものの服もあるから、何か一着選んであげる」

「え!?いやいいよ」


 流石に悪いと思った俺は、両手を振って遠慮した。


「でもまともなのってそれ一着しかないでしょ?流石にそれはどうかと思うんだけど」

「別に、友達と出掛けることなんて絶対ないし、必要」


 ないと言いかけたところで、ユイが頬を膨らませて睨んできた。


「・・・・・・・じゃあ、よろしく頼むわ」


 すると、ユイはニコリと微笑んでうんうんと頷いた。



「まあまずは、わたしの服からね。いろいろ選んじゃおっと・・・・あ!あの服可愛い!」


 ユイは右方向にある服の棚に指差し、スキップながら駆け出した。


「おーい、店で走るなよー」



 それからユイは店内を隅から隅まで回っては、気に入った服を手に取り、俺の持っている籠に入れていった。

 気が付けば、服やスカートで山ができていた。


「ちょっと・・・ユイ・・・・もう限界、腕千切れそう」


 流石の俺も限界になり、ギブアップコールをした。

 手汗が滲め、腕には血管が浮かび上がっていた。


「・・・・・そうね、ちょっと調子に乗りすぎたかも」


 ユイも山積みの籠を見て、若干引き攣った表情を浮かべた。


「・・・・えっと、一つ持とうか?」

「いやこれ、結構重てーぞ」


 と言ったのも束の間、ユイは左手に持っている籠を持とうとした。

 だが、彼女の細い腕では無理であり、そのまま床にドスンと置いてしまう。


「え、何これ!?重た!」

「な、重てぇだろ?何着か戻した方がいいって?」

「・・・・・うん、これじゃ試着室まで持っていけない」


 こうして何着かを元の場所に戻した後で、試着室に向かった。



 試着室は奥から向かい合わせで、八つ設置されている。

 ユイはその手前の左側の方に、服を持って入っていった。



 カーテンが閉まると、俺は近くの立方体型のソファにドスンと腰を下ろした。


「はぁ、疲れたぁ。まだ始まったばかりなのにくたびれちまったよ」


 荷物のせいなのか、将又普通に自分に体力がないのか、もう既に草臥れてしまった。

 同時にこの調子でユイの買い物に付き合えるか不安に感じ、溜息を付いてしまう。



 その直後、俺は電光石火の如く振り返った。

 何か視線を感じたからである。

 ところが、誰もいなかった。


「っかしいなあ、誰かいたような気がしたけど、気のせいか?」


 俺は後頭部を掻きながら、誰もいないその場所をしばらく見ていた。



「おまたせー」


 声とともにカーテンがシャーと開いた。

 振り返ると、そこには水玉模様のワンピース姿のユイが、ポーズを決めて立っていた。


「どうかな?」


 ユイは頬を朱色にして、上目遣いで聞いてきた。


「いやまあ、似合うと思うぞ・・・・・・てか、まだそれ着るには時期的に早くねえか?」

「まあそうだけど、今のうちに買っときたかったからさ・・・・他にも見せてあげる」


 そう言うとユイはまたカーテンを閉めた。



 それからユイは自分の選んだ服を片っ端から着て見せていった。

 その度に俺は「似合ってるぞ」とワンパターンな回答をしていった。

 すると、うんざりしながら、


「さっきから同じコメントじゃない?」


 と、呆れ顔でそう言ってきた。


「んなこと言われても、俺こういうの詳しくねえしさ」

「にしても他になんかあるでしょ?例えばその・・・・・・じゃあ、今度はミツキ着てみてよ!」


 ユイは半ギレ気味になりながら、側に置いてある籠を漁り始めった。

 そして、メンズもののネイビーのジャケットとジーンズを取り出して見せた。



「ちょうどさっき選んだやつあるから、それでわたしがコメントするからさ」

「お、おおわかった・・・・てか、何でキレてんだよ」



 それから入れ替わって更衣室の中に入ると、渡された服に着替えた。

 サイズもピッタリで、着心地も良い。

 正直それだけ分かれば、後は特に何も考えていなかったが、このようなジャンルの服となるとそういう訳にはいかないようだ。

 一応鏡で確認してみたが、似合っているかどうかわからなかった。



 カーテンを開くと、ユイがソファに座ってスマホを操作していた。

 生憎夢中になっていて気付いていない様子だ。

 何やら少し困ったような表情を浮かべている。

 少し気になりはしたが、着替え終わったので声を掛けてみることにした。


「おーい、着替えたぞー」


 すると顔を上げて、


「え、あ、うん。似合ってると思うよ」


 ユイは慌ててスマホをしまい、安直な感想を述べた。


「何だよ、お前も人のこと言えねぇじゃん」

「え、えっと・・・・・・ううぅぅ」


 と素直に落ち込む。



 いや、ガチで凹むなよ!?

 そんなふうに言われると、逆にこっちが悪い気分になってしまうだろうが!


 そして、その場の空気はどんより重くなった。



「・・・・・・さ、さあお会計しに行こっかなー」

「お、おう」


 返事をして、俺はカーテンを閉めた。



 レジ待ち中、俺は先程気になったことをユイに聞いてみた。


「ところで、さっきスマホ見て浮かない顔してたけど、どうかしたのか?」

「あ、いや、気にしないで」

「?」

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