第三話 週末の約束
夕日に照らされた住宅街。
あまり人のいないこの場所で、時島ユイは悩んでいた。
別に野菜や卵の入ったビニール袋が重いからという理由ではない。
まあ重いのは事実だが。
今朝、マルコとカオルの提案によって、明日ミツキとデートに行くことになってしまった。
無論、まだそのことについて彼にはまだ話していない。
いや、誘ったところで断られるに違いない。
でも、約束したからには何がなんでもやらなければならない。
一応、デートということは伏せて買い物と称するつもりだが、果たして乗っかってくれるのだろうか。
「あーもーどうしたらいいの」
ユイは大きな溜息を付いた。
ただでさえ、中学時代に彼との間で散々な目に遭っているだから、今更そんなことをして何になるのだろう。
彼と仲良くなることなんて、もう無理だと諦めたはずなのに。
「本当、バカみたい」
ユイは一休みしようと立ち止まり、一旦手荷物をその場に置いた。
両腕の筋肉が締め付けるように張っており、赤くなった掌をパタパタと振る。
蓄積されたストレスを吐息と共に吐き出し、束の間の休息をとる。
顔を上げると、真ん丸な夕日が空を赤く染めていた。
そのあまりの眩しさに目を細め、右手で顔を隠した。
「でも・・・・もし、本当にまだちゃんとやり直せるのなら、やり直したいな」
直後、後ろからベルを鳴らしながら、自転車が通り過ぎていった。
ユイははっと我に返ると顔を赤くし、俯いて早歩きし出した。
人気のない住宅街で盛大に独り言を言っているのだから、恥ずかしいに決まっている。
深呼吸をし、今まで考えていたことを一旦きれいに忘れさろうとする。
よし、取り敢えず誘ってみよう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ただいま」
俺は聞こえるか聞こえないかくらいの声で、自分の帰宅を誰かに伝えてみた。
「・・・・・・」
返事がない。
誰もまだ帰っていないらしい。
靴箱の上に置かれているデジタル時計に、視線を向けてみる。
四時四十三分、遅くも速くもない、至って普通の時間だ。
スニーカーを脱ぎ丁寧に揃えた後、自分の部屋のあるニ階へと階段を上った。
部屋の前に着くと、ドアノブを捻りドアを開けた。
中に入り俺は手に持っている学生鞄を机の上に置くと、そのままベッドに倒れ込んだ。
「はー、疲れたー」
顔を横に向け、今まで溜まっていたストレスを一気に吐き出していく。
「・・・・なんか、退屈すぎてつまんねぇな」
そう言うと、シーツをクシャクシャにして顔を押し付ける。
その理由はなんとなくわかっている。
学校で誰かと話す訳もなく、授業を聞いているだけの時間。
そりゃあ、退屈になるのも当然だ。
ただ改善する気がないから、どうしようもない。
このポッカリと穴の空いた気分は治すことはできないのだ。
俺はまた溜息を付いてしまう。
「・・・・友達なんて・・・・・・・いらない」
そう呟くとベッドに踞り、そのまま眠りについた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「・・・・・・ツキ、ミツキ!」
ふと目が覚めると、俺の身体を揺さぶられていた。
起き上がって目を擦ると、そいつの顔をじっくりと観察する。
白い肌に、サラッとした艶のある白銀の髪。
そんな女の子、俺が知る中じゃ一人しかいない。
ユイだ。
「やっと起きた。まったくいくら呼んでも起きないんだから、いつも夜更かしするからだよ」
と、今朝ツバサに言ったこととほぼ同じことを言う。
俺は机の上に置かれているデジタル時計に視線を向けた。
十七時三十分、どうやら三十分くらい眠っていたらしい。
「ああまあ・・・・じゃないって!勝手に人の部屋に入っといて説教すんなよ!いつも言ってんだろ?部屋に入る時はノックしろって」
「したけど返事なかったもん。こっちだって用事済ませたかったし。それとも何?見られちゃまずい物でもあったりするの?」
「いや、ねぇけど・・・・・・つか、用事って?」
「うん、えっとね、実は明日一緒に買い物に行かないかな、って?」
「え、嫌だメンドイ」
何か言い訳をすることなく、本音を伝えた。
すると。
「お願い、そこを何とか!ね、一生のお願い!今回だけ、今回だけだから!でないと後が怖いよ」
と、シーツの上で両手をバタつかせながら、駄々をこね始めた。
「お、おい止めろって、埃が舞うだろ!てか、断ったら何か痛い目見るの?何か怖いんだけど。てか、買い物なんて友達と行けばい」
「それだと意味がないの!」
最後まで言い切る前に、ユイが言葉を遮った。
ズイッと顔を目と鼻の先まで近付け、眉間に皺を寄せる。
俺はその迫力に圧倒されて、つい仰け反ってしまった。
この時、ユイは怒っていたためか、それとも違う理由でなのかはわからないが、顔がいつもより赤く、息も少し荒かった。
それから俺は後頭部を掻きながら、しばらく考えてから溜息混じりに答える。
「ああもう、わかったよ。敢えて事情は聞かないけど、まあ一応住まわせてもらっている身だし、買い物付き合うよ」
「え、いいの?」
ユイは満面の笑みを浮かべて聞き返してきた。
「ああ、いいよ」
いくら他人との関わりを避けていても、一応自分は住まわせている身。
少しくらい手伝わないと失礼に値する。
だから同居人と仲が悪いのは、いろいろまずいのだ。
「・・・・えっと、じゃあ明日の十時にみらいフォレストパークで」
「え?いや、普通に一緒に行った方が」
良くねえか?と言いかけたところで、ユイは不機嫌そうな顔でこちらを見つけてきた。
察するに、これ以上何も言わないで、ということなのだろう。
「はあ、わかった。十時な」
了承すると、ユイはほっと安堵して何も言わずに部屋から出って行った。
その一部始終の動向を最後まで見届けた後、後頭部に手を組んで寝転んだ。
「そういえば、あいつとどこか出掛けるのっていつ以来だっけ?てか、行ったことあったっけ?」
それからしばらく、思い出そうとしてみたが、途中で睡魔が襲ってきてしまい、再び眠ってしまった。
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