第3話

「あのね琉花ちゃん、後出しになっちゃって申し訳ないんだけど……」

「なに~?」

 琉花ちゃんとお付き合いが始まって一ヶ月。

 これまでも漫画、珍しいキッチンアイテム、海外のお菓子などを餌に何度か家に招き、のほほんとした時間でたくさんの幸せを味わってきたけど……今日は一味違う。

「あのね、今日、自治会の集まりがあって……親が帰ってくるの、遅いんだ」

「ふーん。ご挨拶したかったけどそれなら仕方ないね~」

 ……。

 えっ?

 結構なカミングアウトだったんだけど?

 あれ、琉花ちゃん? なんで普通な感じで漫画の続巻に手を伸ばしたの?

「これさ、リアクションはかなりコメディチックだけど、レシピとか調理方法はガチだから読んでて為になるんだよねぇ。話も普通に面白いし」

「あっ、うん」

 えっえっ、なんで普通に漫画の続き読んでるの? 嘘でしょ……この人もしかして……。

「? なに? ジッと見て」

 言ってる意味が伝わってない!? そんなことある!? 親がいないタイミングで恋人の部屋に招かれてるんだよ!? やばい状況じゃん! 危機感持ちなよ! いや無いなら無いで私はいいんだけどね!

「わっ……。ふふ、宮部ってほんと、私に抱きつくの好きだよね~」

「……」

 私の抱きつき癖もあり、リアクションもすっかり手慣れたものになってしまった。ああ、付き合いたての頃、ちょっとボディタッチをしただけで顔を真赤にしてた琉花ちゃんにもう一度会いたくなってきた……。

「ねぇ宮部はどのキャラが好き?」

 こんなに密着しても無邪気に漫画を読んでる琉花ちゃん……可愛いけど……可愛いけど!

 全然……意識されてないみたいだし……やるか。

「宮部? ひゃっ! 急に何するの!?」

「首を、舐めました」

 ビクンと体を跳ねさせ、訝しげにこちらを見た琉花ちゃんへ正直に答える。

「なんでよ!」

「琉花ちゃんのうなじ……ずっとえっちだなって思ってたので」

「えっちって……。と、とにかく変なことしないで。もうっ」

 再び漫画へ視線を落とした琉花ちゃん。まだ私がイタズラをしただけとでも思っているのだろう。

 ……ふふ、そうですか、そっちがそうくるなら……。

「ひゃあっ!」

 さっきよりも長く、広く、時間を掛けて舌を這わす。

 琉花ちゃんは反射的に私から距離を取ろうとしているみたいだけど、後ろからがっちり抱きしめているのでそんなことは許さない。

「や、やめてよ宮部っ」

「嫌なの?」

「嫌じゃ、ない……けど、なんかぞわぞわする」

「!!!!」

 はい、私の理性終了のお知らせ。

「ちょ、ちょっと!」

 琉花ちゃんの手から漫画を取り上げテーブルへ。細くて軽い体を抱き上げベッドへ。

「なに、変だよ宮部。どうしたの?」

「どうしたもこうしたも……全部琉花ちゃんのせいでしょ?」

「んっ……やっ……!」

 両手の指を絡めて押し倒し首を重点的に責めると、普段では絶対に聞けない琉花ちゃんの甘い声が部屋に響く。

 あーどうしよう。完全にブレーキが壊れてしまった。だけど……たとえ行き先が地獄でも、私は決して止まらない。

「琉花ちゃん……可愛い、ごめんね、もう我慢とか、無理」

「声、声出ちゃうから、お願い、やめて、ね? 宮部」

「たっっっくさん出して。いっぱい聞かせて」

「でも……家族の人とかに……あっ」

 ようやく気付いたらしい琉花ちゃんは、今までに見たことがないくらい頬を紅く染め上げ、はぐらかすように少し笑う。

「えっ、嘘だよね?」

「何が?」

「だって女同士だよ? その……えっちなこととか、できないよね?」

「んー?」

「ほら、先週キスしたでしょ? 今日も、ね、キスなら「じゃあ」

 私の下でなんとかこの先を回避しようとする琉花ちゃん。その行動が、私の理性をますます破壊していることも知らずに。

「試してみよっか」

「へっ?」

 手を離して琉花ちゃんの頭をホールド。そのまま唇を重ね――

「ぷはっ。んっ……宮部……ベロ、入れないでぇ」

 ――欲望に身を任せる。

「琉花ちゃんは何もしなくていいよ。私、頑張るから」


×


「あったねぇ、そんなことも」

「あったねぇって。私の初体験、半分無理やりしたことについて謝罪はないの?」

 受けたくない大学の授業。参加したくないディベートサークル。面倒くさい塾のアルバイト。

 その全てで受けたストレスが、こうして琉花ちゃんと晩御飯を食べながら思い出話をしているだけで浄化されていく。

「半分の時点でねぇ。というか琉花ちゃんだって後半ノリノリだったじゃん」

「あっ! それ加害者が絶対言うやつ!」

「じゃあ償いはベッドの上で、ね」

 高校時代から磨かれ続けた琉花ちゃん料理スキルは留まることを知らず、こうして無料で食べていることに申し訳無さすら感じる。

 早く就職して養いてぇ……早く琉花ちゃんにバイト辞めてほしいぃ……。

「あっ、今週末さ、バイトの送別会行くことになった」

「絶対許しませんけど!?!?!?!?」

 ご飯を食べ終えて二人で食器を洗っている途中、琉花ちゃんが爆弾発言をしてきたせいでお気に入りのお皿を落とすところだった。

「言ったよね、私が同伴しないお酒の席は参加させないって」

「飲まないで帰ってくるよ」

「周りの人が酔ったら手ぇ出してくるに決まってるでしょ! 自分の可愛さちゃんと理解して!」

「でも……」

 先に自分の分を終えた琉花ちゃんが、そそくさとソファの方へと逃げていった。

「どうしたの急に。そういうのいつも不参加だったじゃん」

 すかさず追いかけて隣に座り問い質す。

「……今回辞める人、私が入った時から二年間もお世話になった人なんだ。一次会だけでも参加して……ちゃんとお礼言いたいの。お願い、宮部」

「むぐぅ……」

 上目遣いで……袖をちょこんで掴んできよる……前言撤回……この人絶対自分の可愛さ自覚してる……武器にしてる……!!

「でもそんな……琉花ちゃんがお礼なんか言ったら……絶対惚れられちゃう……」

「その人主婦だから。もうお子さんも三人いるし」

「主婦もフリーターも関係あるかい! 琉花ちゃんの魅力は老若男女万国共通なんじゃい!」

「宮部……」

 うぅ……私のバカ……なんで笑顔で『いってらっしゃい。あっこれでお花包んであげてよ』とか言って万札を渡すくらいのことができないの?

 これから先こんな度量じゃ……琉花ちゃんに見捨てられちゃう……!

「じゃあ……」

 いつの間にか俯いていた私の頬に琉花ちゃんの白くて、細くて、冷たい手が触れて、ゆっくりと持ち上げられる。

「……今日は……私がシてあげる」

「!!!?!???!?!?」

 次の瞬間には琉花ちゃんの美しすぎるご尊顔が迫っていて――あっという間に、綿雪よりも柔らかくて優しいキスに――思考回路がまともに働かなくなる。

「上手く出来なくても……怒らないでね」

 固まっている私をソファに押し倒し、ぎこちなく服を剥いでいく琉花ちゃん。

 えっちょっと待って何この光景。私死んだの?

「る、琉花ちゃ……んっ……ふぁ……」

 おずおずと、定まらない力加減でお腹に何度も唇が押し当てられ、思わず全身の力が抜ける。

 これ……やばい……まさか……こんな日が来るなんて……。

「宮部は何もしなくていいよ。私、頑張るから」


 ×


 次の日。ソファで二回、そしてベッドに移動してからも三回の天国を見たあと意識を完全に飛ばした私は、幸せの余韻を味わいながら目覚める。

「……」

「昨日言ったこと、忘れてないよね?」

 そして自分も大概ちょろいことに恥ずかしくなって布団を頭までかぶせた。

「~~~っ! 琉花ちゃんの意地悪。お酒飲んじゃダメだからね。一次会終わったらすぐ帰ってきてね」

「はいはい。心配してくれてありがとね、宮部」

 あぁ……忘れていたならどんなに良かったことか……!

 私が意識を飛ばす前、最後に放ったセリフは……『送別会行ってもいいから、もう許して』。

 たぶん、今の私は極限に照れてる時の琉花ちゃんよりも顔が真っ赤になっているだろう。

 しかも全然許してくれなかったから結局意識飛んだっていうね。

 うぅ~こんなに可愛い猫ちゃんにしてやられるとは……! 一生の不覚……!

 でも……その………………ほんと…………最高でした…………!!

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