第2話

「ねぇ、宮部ってモテるよね」

 私と琉花ちゃんしかいない、放課後の調理室。

 二人で手分けして料理を作り、美味しいご飯を食べて、運動部の喧騒を聞きながら食後のお茶を飲んでいると、正面に座る彼女がおずおずと口を開いた。

「えっと……どう、だろう……」

 この質問の先にどのようなやり取りが続くのか想像できず、変に濁してしまった。

「いやモテるでしょ、今までの二年間で三十人以上から告白されたって聞いてるけど」

「そんなにはないよ! たぶん十人くらいじゃないかな!」

「ほらっ。めっちゃモテるじゃん」

「うぐっ……」

 どうして……琉花ちゃんとこんな会話をしなくちゃいけないんだろう。

 私は……私にはそんな人達関係なくて、ただ、琉花ちゃんと二人で……。

「あのね、相談があるんだけど」

「……うん」

 とても、確信に近い嫌な予感がして――

「昨日、告白されたんだ」

「っ……」

 次の瞬間、的中した。

「ほら、サッカー部の飛田っているでしょ、あいつに」

「……」

 さっきまであんなに楽しい空間だったのに、今は心臓を締め付けるように苦しい。

「冬休み入る前に、二人で豚汁作って運動部に差し入れしたじゃん、あの時から意識されてたらしくて……」

「……」

「そんで、昨日、まぁ……って聞いてる? 宮部」

「……聞いてるよ。相談ってことは……返事、悩んでるんだ」

 ああ、私きっと今酷い顔してる。嫉妬とか、羨望とかで。

 どこか浮世離れした雰囲気を持っている琉花ちゃんは、そんななんとか部のなんとかとかいう奴からの告白、にべもなく断ってくれると祈っていた。

 だけど、そっか、悩む余地があるなら……それって、少しでも前向きに受け取れる余地があるってこと……だもんね……。

「ううん、そこはもう終わってる」

「えっ?」

「フラれたんだよね、私」

「えぇ!?」

 話の流れが全然読めない!

 琉花ちゃん告白されたんだよね!? それで返事に悩んでるじゃないの!?

「私さぁ……」

「うん……!」

 ぐでーっと、机に伸びた琉花ちゃん。考え事に詰まったときや面倒事が重なった時に彼女が見せる癖だ。猫みたいで可愛い。可愛すぎる。

「……ヒモに、なりたいんだよね」

「………………紐?」

「そう、ヒモ」

 ああ、ヒモ。あの働かずに女の人に頼って生きてる男の人の……こと?

「……琉花ちゃん、男の人になりたかったの?」

「違う! そっちじゃなくて!」

 んばっと顔を持ち上げた琉花ちゃんは、少し頬を染めていて……可愛さに一匙の色っぽさも付け加えられている。食べちゃいたい。

「働きたくないの! バイトで散々な思いしたし! 家事もしたくない! 洗濯物たたむだけもめんどくさい! ただ好きな料理作って、それ食べて、今度は何作ろうかなーって想像するだけの生活を送りたいの!」

「……ふむ」

「それを言ったら……『世の中そんな上手くいくと思うなよ』って『ちょっと可愛いからって調子に乗ってんじゃないか』って……『悪いけど君とは付き合えない』って……ちょっと怒られ気味にフラれまして……」

 まぁ確かに、世間一般からしたらそう言われてしまうのも仕方ないかもしれないけど――

「私……そんなにダメなこと考えてるかなぁ。私の願望は一生叶わないのかなぁって……何人もの男を手玉てだまに取ってる宮部に聞きたかったの」

 ――琉花ちゃんが『可愛い』、だと? そのなんとか部のなんとかって奴、眼球の代わりにボールでも詰まってるんじゃないの!?

 というか、これ、まさか……!

「琉花ちゃん!」

「ひゃっ、な、なに? わかった、わかったから怒らないで……! もうバカなこと言わないから……!」

「私のヒモになってください!」

 めっちゃチャンスじゃん!!

「………………へ?」

 入試の日、雪で滑って大転びしていた私へと、貴女が笑顔で手を差し伸べてくれたあの瞬間から――ずっと好きだった。

 でも琉花ちゃんは恋愛とか興味なさそうだし、そもそも同性同士だし……想いを伝えるかすごく悩んでいたけど……!

 高校最後の一年を! もやもやしたまま過ごして、後悔なんて絶対にしたくない!

 言うなら今だ! 今しかない!

「えっと……宮部、言っている意味わかってる? 私、ヒモに……」

「だから、私が養うよ。今すぐには難しいけど、ちゃんとした会社に入って、琉花ちゃんが料理のことだけを考えられるような生活を……私が提供する!」

 目の前にあった琉花ちゃんの手を握りしめて力説。もとから赤みがかっていた頬が、更に広がり、強くなっている。

「その……宮部って、私のこと、えと……そういう意味で、好き、なの?」

「そういう意味で大好きです!」

「料理下手なのに料理同好会入ったのも……?」

「琉花ちゃんと一緒にいたかったからです!」

「……そう、だったんだ」

 問答はこれにて終了し、引くに引けないところまで来た。

 ややうろたえ気味の琉花ちゃんを見つめ続けること一分、彼女はようやく、私の手を握り返して、口を開いてくれた。

「じゃあその……いいよ」

「!!!」

 返ってきた答えが嬉しすぎて飛び跳ねそうになる衝動を抑えながら、さらなる悦びが欲しくて追及してしまう。

「いいよって……言うのは?」

「だから――」

 私の意地悪を見通したのか、琉花ちゃんは少し拗ねたように、伏し目がちにちらちらと私の目を見て、小声で、それでも言葉にしてくれた。

「――付き合おうよ。私、相手が宮部なら……彼女になってもいい」

「~~! 絶対幸せにしますっ!」

「うわっ、ちょ、宮部、キャラ変わりすぎ……」

 たまらず抱きしめると、今まで私を幸せにしてくれていた香りが一層濃く感じられた。

 っていうか細! やわらか! あったか! なにこの生き物! 生物学的には猫なのでは!?

「苦しいし……鼻息荒いよ……」

「ご、ごめんね……」

 聞いたことのない琉花ちゃんの苦悶の声にハッとして、名残惜しくも離れる。うぅ……バイバイ猫ちゃん……。

「…………引いた?」

「……別に。宮部なら……いいって言ったじゃん」

「琉花ちゃんっ!」

 そんなこと言われたら離れる理由ないじゃん!


 ×


「何ニヤニヤしてんの?」

「ん~? ちょっと思い出し笑い」

「どうせ宮部のことだから、私達が付き合い始めた時のこととか思い出してんでしょ?」

「えっ! なんでわかったの!? ご褒美あげちゃう!」

「ちょ、もう体力限界だから……」

 琉花ちゃんをいただいて、お酒とおつまみを堪能し、自然な流れで二回戦突入を試みるも、あっさり阻まれて抱きかかえられてしまった。

 まぁ……これはこれで幸せだから……いっか。ちょっと……密着していると高ぶってくるけど。……たぶん、あとで暴発するけど。


 はぁ~。本当にね、あの時勇気出して全部言った高校三年生の私! あんたにゃ頭があがらないよ。

 そして! もう姿も形も思い出せないなんとか部のなんとか君! 君が真面目だったおかげで私達こんなに幸せです! 本当にありがとう! 君も真面目な人と幸せになってね!

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